9.遅めの朝からのお手伝い
遠くから声が聞こえる気がする。
その声の聴き心地は良かったけど、俺の側で聞こえている。
身体を軽く揺すられるような感覚で、徐々に意識が覚醒してくる。
「ハル……起きてる?」
「ん……うわ!」
目の前に美形がいて思わず声をあげた。
慌てて飛び起きて、尻でズリズリと距離を取る。
俺が失礼な態度を取ったであろうにも関わらず、そいつは気にした様子もない。ある意味助かる。
「この子が呼びに来たから、様子を見に来た。具合が悪くないならいいけど兄さんも心配するから」
「ええと……風の精霊……さま?」
「オレはウィンドライ。ホントに忘れてるんだ。まあ、別にいいけど。今日は休んでいてもいいって言ってたよ」
「それは……どうも」
なんやかんやで疲れてしまっていたらしい。
風呂から出て部屋に置いてある本でも読んでヒントを探そうと思ったのに、本を開いてからの記憶がない。
どうやら、また寝落ちしてしまったみたいだ。
俺は朝ご飯も食べずにずっと眠ったままだったから、心配した下級精霊が主人の精霊を呼びに行ったらしい。
ウィンドライ……ウィンって呼ばれてた精霊か。
この子って言ってるのは青い鳥だ。鳥も下級精霊の一種なのだろうか?
目の前にいる風の精霊は、親しすぎず緊張感もなくて喋りやすい感じがする。
ウィンは俺の様子をパッと確認すると、おやすみと言ってさっさと行ってしまった。
「ずいぶんあっさりとしてるんだな」
拍子抜けしたが、あまり休んでいる訳にもいかない。相手は何せ主人公だ。
アイツより育成が遅れると、俺はどうなるか分からない。
育成に勝ったからといって戻れる保証はどこにもないけど、何となく勝っておいた方がいい気がする。
「ただでさえ好感度低そうだったしな。精霊たちに好かれてる感じがしない」
昨日の態度を見れば、嫌でも分かる。
元々ライバルだから好感度の設定が最低値なのかもしれないが、それにしてもひどかった。
俺は眠気をこらえて気を取り直すと、準備されている朝ごはんをいただくことにした。
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着替えて外に出てみると、陽の高さはだいぶ高かった。
時間はよく分からないが、昼は過ぎてしまったのかもしれない。
ゲームとは違って実際に行動力がどれくらいと数値化されている訳じゃないから分からないが、日が暮れたら育成のための作業はできなくなりそうだ。
夜になると強制的に部屋へ戻されるシステムだったから、この世界でも行動の時間制限はある気がする。
俺は精霊に力を借りることはせず、元々道具の力を借りるつもりだった。
この世界にはメインの精霊たちの他に、アイテムを売ってくれるアイテム屋と精霊たちのお世話や話し相手になる下級精霊がいる。
下級精霊のお願い事を聞くとアイテム屋で使える金貨をくれるシステムがあり、俺はもらえる金貨で育成のためのアイテムを買うつもりだ。
好感度をあげる気はないけど、まずは行きやすそうな水の精霊の居場所へ行ってみることにした。
そこにいるはずの下級精霊のお願い事を聞く。つまり精霊のためにバイトをして、お金を稼ぐみたいな感じだ。
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「あれ、休んでなくて大丈夫?」
「はい。大丈夫です。何か手伝えることはありませんか?」
ここは水の精霊の住処に近い湖だ。
水面がキラキラと輝いていて、実際に目にすると凄くキレイで癒される。
俺が話しかけたのは、水の下級精霊のユニコーンの子どもだ。
子どもだからって幻想的な見た目は下級っぽくない気がするけど……乙女ゲーだからツッコんでも仕方ない。
「お手伝いに来てくれたのか。じゃあ、湖の水を汲んでお花に水をあげてよ。今日はリバイアリス様がおでかけだからボクが任されたんだけど……君が手伝ってくれたら早く終わりそうだ」
「分かりました。では、そのじょうろをお借りします」
俺はユニコーンの足元に置いてあった鉄のじょうろを手に取り、身体を屈めて湖の水を汲む。
ユニコーンも同じく角にバケツを引っかけて、器用に水汲みをする。
ユニコーンがバケツを傾けると水がキラキラと光り、湖のほとりに咲いている花たちに降り注がれていく。




