106.一時の別れ
リムは雰囲気こそか弱い乙女ではあるが、俺のような半端者とは違い芯の通った子だ。
兄としてどこへ出しても申し分のない妹だと自負している。
「わたくしのような者が、辺境伯様のお目に叶うかどうか分かりませんし……身に余るお話ですわ。ですが、許されるのであれば、わたくしをお側に置いてくださいませ。必ずやお役に立てるよう、努力いたします」
「そうか! それは助かるわー。勿論、兄貴に会った後でも気に食わなかったらこの話自体なかったことにしてくれてもかまへんからな。元々そのつもりで兄貴にもシャキッとせいやって言っといたんや」
モーングレイがニヤリと笑うと、リムも緊張が解けたらしく朗らかに笑う。
リムがこんな風に笑う日が来るとは……もう、あの家にいる必要もないのだから当然だな。
「それで、さっきの話を蒸し返してすまんが……あんたも家を出るってことでええんやな?」
「父上は俺が精霊使いとして成功したと思っているからな。時々手紙でも送り付ければ、家は安泰だとでも思うだろう」
「確かに。精霊界へ残ることを決めたというと驚くかもしれへんが……陛下がうまい事取り計らってくれるよう、家からも言っておくわ」
「何から何まですまないな。家のことで辺境伯にお世話になりっぱなしだ。この礼はいつか必ず」
俺とリムで頭を下げると、モーングレイは頭をあげてやと慌てて俺らの顔をあげさせた。
「いつものハルにも頼まれてるしな。ハルミリオンもいい顔をするようになったし、商人としてはこれからもご贔屓にしてもらうために張り切らんとあかんな。よっしゃ! これからのエヴァーグレイブ家のこともまかせとき!」
「そんな、そこまでしていただくわけには……」
「ええよ。どうせそっちのご当主も丸めこまんといけないしな。うまいこと辺境伯家で執り成しておく。だから、二人とも何の心配もいらへん」
ここまで良くしてもらうと怖いくらいだが、ハルが言うには甘えるということもたまにはするべきだと言う。
ならば、甘えさせてもらうとするか。
「リム、恩はこれから返していくとしよう。さて、それでは最後までよろしく頼む」
「そうやな。ここにいつまでもいてもしゃあないし。ちょうど家の馬車が着いたみたいや。リムちゃんは騎士たちと一緒に我が家へ。ハルと俺は戻らないとあかんな」
今回はリムを助けるという名目で人間界へ来たからな。名残惜しいが、妹に会えただけでもありがたい話だ。
ハルのヤツ……最初から俺と変わるつもりだったに違いない。
「お兄様……わたくしはお兄様のお役に立てるでしょうか……エヴァーグレイブ家の為に尽くさずとも良いのでしょうか?」
「大丈夫だ。全てうまくいく。一人で心細いかもしれないが、辺境伯家で息災に過ごせ。俺はいつでもお前を見守っている」
最後にリムを抱きしめ、迎えの馬車に乗せる。
長男殿は家でリムの到着を待っているらしい。屈強の騎士殿が一緒ならば、道中も全く問題ないだろう。
「ご当主様に直接ご挨拶もできないが……御礼申し上げていたと伝えてくれ」
「ええ。お兄様のお気持ちとわたくしのお気持ちは必ずお伝えいたします。では、モーングレイ様。本当にありがとうございました」
「こちらこそや。兄貴は見た目と違って気は優しい兄貴やから、驚かんと仲良うしてもらえたら助かる。両親も女の子は大歓迎やから、心配せんでええで」
「はい。お兄様もお元気で。それでは、失礼いたします」
リムは丁寧な別れの挨拶をすると、馬車に乗って去っていった。
さて、これで俺の出番も終わりでいいな。
「そろそろ俺も一休みすることにする。では、モーングレイさん。後のことはハルと頼む」
「あんたも忙しいな。心配せんでも、このことは俺たち関係者全員が胸の中に仕舞っておくことを約束する。安心してええよ」
「最後まで迷惑をかけてすまないな。では、失礼する」
俺は頭の中でスイッチと思い浮かべる。
ハルは言葉に出していたが、要は変わることを祈ればいいということだろう。
必ずしも、言葉に出さずともいいはずだ。
……どうやら、うまく交代できそうだ。ハル、後は頼んだぞ。




