103.いざ、救出イベントへ
俺も早足で神殿へ向かったはずだけど、モーングレイの方が一足先に神殿の前で待っていた。
「ハル!」
「モーングレイさん!」
モーングレイは特に様子も変わらないけど、本人曰くこの恰好でいいらしい。
確かに、家の人ならどんな格好でもモーングレイだって分かるだろうしな。
「いつもは違うルートで人間界へ行くんやけど……今回はアビスヘイヴンから行かせてもらうわ。その方が時間短縮になるし、その許可も得てる」
「みんな仕事ができる人たちばっかりで……俺は何もしてなくて申し訳ないくらいです」
「そんなことないやろ。ハルは精霊たち全員と俺ら人間の心も動かしたんやからな。それは、誰でもできることやない」
「ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいです。」
俺たちは話しながら神殿の奥を目指す。
そして、俺が祈りを捧げるとあっという間に場面が切り替わった。
「へえ、見た目は変わらないけどこっちの神殿が人間界って訳やな」
「そうです。でも、アビスヘイブンから指定の場所までどうやって移動するのですか?」
「それなら問題ない。アビスヘイヴンに秘密兵器を運ぶように言っておいたから……おお、いたいた」
モーングレイが俺を連れて行ったところには、紫色の馬車がすでに待っていてくれた。
御者の人がモーングレイに気付くと、モーングレイに対して丁寧に頭を下げる。
「そういうのは省略! さあ、さっさと移動するで! 奮発した改造馬車や。ちょっと揺れるかもしれんけど、堪忍な」
「は、はあ……よろしくお願いします」
御者の人に軽く頭を下げて、押し込まれるように馬車へと乗り込む。
内装はシンプルだけど向かい合って座るような席が用意されている小さめの馬車みたいだ。
「最速で頼むで」
「はい、かしこまりましたご主人様」
モーングレイがやり取りをすると、馬車は動き出した。
アビスヘイヴンは地面がガタついているところも多いから、馬車は言葉通り本当に揺れる。
正直酔いそうだけど、そんなことも言ってられない。
「こりゃ、尻も痛くなりそうやな。ハル、すまんが速さ重視でいくで」
「うぅ……はい。頑張ります」
俺は気持ち悪さと尻の痛さに耐えながら、モーングレイの指定する場所まで急いだ。
+++
馬車の乗り心地は最悪だったけど、俺は何とか耐え抜いた。
中で吐いたりしないで良かった……。降りたときの空気のおいしさときたら!
俺らの住んでる世界って便利なんだなと改めて思い知らされる。
馬車で飛ばしたとはいえ、辺りの陽は落ちて暗くなっていた。
だと言うのに、明かりの合図だけで待機場所が分かるのはすごいなと思う。
「さすがにしんどかったな。でも、時間には間に合った。明日の早朝、この道を妹さんの馬車が通りがかるはずや。そこに立ち塞がって妹さんを助ける算段になっとる」
「分かりました。俺も頑張ります」
「妹さんを助けるのはハルの仕事や。俺らは周りの護衛やらをうまく止めるから、その隙に頼むで」
「はい!」
ここは森の中だ。
馬車は森の中の一本道を抜けて、嫁入り先の土地へ向かうらしい。
この森を抜けてしまうと相手の領土になってしまうから、その前に妹を助けたいという作戦だ。
この場にはフィッツロス家から派遣された騎士たちもいる。
みんな強そうな感じだけど、何故か美形揃いなのは乙女ゲーム補正だろうか?
俺を見てもにこやかにお任せくださいと言ってくれた。
「グレイ坊ちゃんが家へ来られた時は何事かと思いましたが……ご友人の為だとは思いませんでした」
「坊ちゃん言うなや。家にも得なことしかないやろ? 兄貴の縁談はまとまる、辺境伯として悪事を暴く。儲けものとはこういうことや」
「さすがは坊ちゃん。家を出ても常にフィッツロス家のことを考えてくださっているとは……」
「いちいち余計なことは言わんでええ」
モーングレイは家の人たちにも好かれてるみたいだな。騎士の人たちにとっては商人になろうが坊ちゃんは坊ちゃんだろうし。
やり取りを見て和んでいると、急に口へパンを突っ込まれた。
「もごごっ!」
「ハルは腹ごしらえでもしといてや。いいか、このことは内緒やからな」
俺は笑いながら頷いて、ありがたくパンをかじりながら時が来るのを待った。




