第52話 そこに残ったものは
俺とエリンが一緒に過ごせる最後の夜。部屋の明かりを消していつも通り俺がベッドに、エリンが布団に入って眠りにつく。
今は5月なのでエアコンをつける必要もなく、ぼんやりと月明かりが差し込む部屋に静寂が訪れる。
「マスター、もう寝ちゃいましたか?」
部屋が静かじゃなければ聞こえないような声で、エリンが俺の様子をうかがってくる。
俺がエリンの様子を確認するため視線を少し落とすと、エリンも俺を見ているようだった。明かりを消した部屋の中ではハッキリとは見えないけど、きっと目が合っている。
「いや、起きてるよ」
「マスター、今日はとっても楽しかったですね!」
「そうだな。二人で買い物して料理しただけなのに、なんであんなに楽しいんだろうな」
「もう、マスターはそんなことも分からないのですか? まったく、困ったマスターですねぇー」
まるでヤレヤレとでも言いたげな、ワザとらしく少し大げさなエリンの声。
そんなことは分かってるさ。「エリンと一緒だから」。これ以外の理由なんてあるだろうか。でも明日からのことを考えると、俺は言葉にできなかった。
「そうなんだよ。俺は困ったマスターだから分からないんだ。だからエリンが教えてくれないか?」
俺がそう言うとエリンの声が途切れた。まさかとは思うけど、このタイミングで寝落ちするという奇跡が起きたか?
「——ターと一緒だから、です……!」
ところがそんな心配はする必要なかった。きちんとエリンの返事があったからだ。だけど小声で最初が聞き取れなかった。
でも分かる。大体分かるけど、最初から全部聞きたい俺はもう一回同じことを聞いてみた。
「二人一緒だから、です……!」
「さっき言ったことと少し変えた? その前のも聞きたいな」
「うぅー、マスターの意地悪ぅ……!」
「なんだ、今ごろ気付いたのか? まったく、困ったダンジョンマスターだなー」
「うぅぅー、もう知りませんっ!」
言葉とは裏腹に、エリンは本気で怒ってるわけじゃないことくらい俺でも分かる。
「ねぇ、マスター?」
「どうした?」
「おやすみなさいっ!」
「ああ、おやすみ」
こうしていつも通りの、でも特別な夜が終わり、目覚めると朝になっていた。
今日も仕事は休み。奇跡的に連休だ。朝食はエリンの希望でカップラーメンになった。
確かエリンは最初、郷土料理だと勘違いしてたんだっけ。相変わらず綺麗な銀髪をかきわけて、少しずつ噛みちぎるかのように麺を食べるエリン。お土産でいくつか渡そうか?
そして本当にいつも通り過ごした後、今画面の向こうにはエバースさんとアナスタシアさんがいる。
「今日は本当にエリンが帰ることになるがミカゲ君、それでいいだろうか?」
「はい、俺はエリンがやりたいようにしてほしいと思ってますから」
「そうか、ありがとう。エリンが出会ったのがミカゲ君で本当に良かった。私からの最後の言葉になるが、今までエリンに優しくしてくれてありがとう。リーンベル家として、そして父としてお礼を言わせてもらうよ」
エバースさんが深々と頭を下げた。そして次にアナスタシアさんを見て、目で何かを促しているようだ。
するとアナスタシアさんは俺を見て口を開いた。
「ミカゲっ! 貴様には言いたいことが山ほどあるが——」
「アナスタシア! ミカゲ君を貴様呼ばわりだなんて失礼じゃないか」
「えっ? あっ、は、はい! 申し訳ございませんっ!」
剣聖様の弱点発見。
「ミカゲ! その、なんだ……。エリンが世話になった。やはり私もエリンが転移したのがここで本当に良かったと思ったよ。それに交流戦のこととか、全部まとめて言わせてもらう。本当にありがとう。貴方は恩人だ」
「いえ、そんな。俺も楽しかったですよ」
(主にくっころとか、くっころとか。まあそれは半分冗談だけど)
あとはエリンだけか。結局、手土産は渡していない。異世界の文明に影響を与えてしまうかもしれないと思ったからだ。
「マスター。私、ここでの時間、絶対に忘れません!」
エリンが俺の隣で力強い声を出す。
「俺もだ。絶対に忘れない」
「もし私が立派なダンジョンマスターになれたら、きっとまた会いに来ますね! だからお別れの言葉は決めてあるんです!」
エリンはそう言うと、エバースさんに「お願いします!」と合図をだした。
「分かった。それならエリン、こちらの世界のことを強く念じるんだ。そして体中の魔力を全て放出するんだ。たくさん練習したからできるはずだ」
「はいっ!」
エリンがぼんやりと光に包まれているように見える。もしかしてこれが魔力……?
「よし、こちらにエリンの魔力が届いた! あとは私が転移のスキルで使う魔力を流し込む」
エバースさんもエリンと同じ光に包まれた。多分だけど、成功したんだろう。
「よし! 準備はいいか?」
「はいっ!」
二人を包む光が輝きを増す。そんな中エリンを見ると、今までで一番の笑顔をしていた。
「マスター、いってきます!」
(そうか、別れの言葉にそれを選んだんだな)
だったら、俺も一番の笑顔でこう返そう。
「いってらっしゃい、エリン!」
俺がそう言うと、エリンの目から涙がこぼれた。でも最高の笑顔をしていたんだ。
そして隣にいた女の子はいなくなり、そこには何もない。宙に浮いた不思議な画面もない。あるのは少し殺風景な一人暮らしの男の部屋。
エリンが悲しい顔を見せなかったのは、俺に悲しい顔をさせないため。
(ちくしょう、分かってるじゃないか……!)
悲しいはずなのに俺は今、笑顔なんだ……!




