第3話 サナギの光
翌朝、玄関には出会った時の姿のサナギが立っていた。
昨日とは異なり表情が明るく、つぶらな瞳でリアムをじっと見つめている。
「加路くん色々ありがとう。おかげで助かったよ。でも、荷物置き場みたいに使うこ とになっちゃうけど迷惑じゃない?」
心配そうに首を傾げる仕草にリアムの心は簡単に射抜かれてしまう。
「いいよいいよそんなに気にしなくて。分田があまりにも困ってそうだったからさ。 なんなら通販の配送先もうちにしちゃってもいいよ。」
湧き立つ心ををおくびにも出さないように笑いながら言った。
しかしサナギはどこか不満気で、明るかった表情にも陰りが見える。
「分田じゃあんまり可愛くないからさ、サナギって呼んでよ」
口を尖らせて少し照れくさそうに文句を言うサナギ。
そのあまりの可愛さに思わず目を逸らしてしまう。
「じゃ、じゃあ俺のこともリアムって呼べよ」
気恥ずかしさのあまり、そう呟くことしかリアムにはできない。
「ん、ありがとリアム。それじゃあそろそろ帰るね」
自分から提案したのにも関わらず、ドギマギして口がうまく開かない。
「お、おう。頑張れ!サナギ。」
声を震わせながら無理矢理そう言うと、サナギに再び笑顔が戻った。
ギイっと開かれた扉からやわらかな光が差し込み輝いて見えた。
バタンと光が閉ざされ、もとの暗い玄関に戻ってしまう。
残されたリアムはついさっきまでサナギと寝ていたまだ体温の残るベッドで、泥のように眠りこけた。
翌日いつもより早く目が覚めたリアムは教室で手持ち無沙汰に机に突っ伏している。
教室にも廊下にも人気はほとんどない。
遠くから朝練をする生徒たちの声がかすかに響くのみだ。
一昨日のまるで夢のような出来事がリアムの頭の中に、次々とシャボン玉のようにキラキラと浮かんでは消えていく。
ギュッと抱きつくサナギの温かさが、いまだに残っているような気がする。
リアムが悶々としていると次第に教室や廊下から、ざわざわとした物音が聞こえてくる。
どうやら他の生徒たちも登校してきたらしい。
それでもサナギのことが頭から離れることはなかった。
不意に背中に手を置かれる。
びくりと驚いて振り返るとそこにはサナギの姿があった。
「リアム、一昨日は相談に乗ってくれてありがとね。」
「へっ?あっあー、どういたしまして。いいっていいってあれくらい」
焦って声が上擦り早口になる。
直前まで考えていたことを思い出し、頬がリンゴのように赤く染まる。
「大丈夫?顔赤いよ、熱あるんじゃない?」
憂を帯びたサナギの顔がズイッとリアムの顔に近づいてくる。
まっすぐと見つめてくるサナギの瞳から、また目を逸らしてしまう。
今にもくっつきそうな距離に心臓がバクバクと早鐘を打ち、頬が炎のように更に赤く染まる。
あまりの近さに息が止まり、指先一つ動かすことができない。
コツンと2人の額がぶつかった。
少しひんやりとした感覚が肌に伝わってくる。
「うーん?やっぱりちょっと熱いよ。」
サナギの吐く少し湿った空気がリアムの顔にかかる。
サナギの息遣いが直接肌で感じられた。
「おーい、大丈夫?」
固まったままのリアムからサナギの顔が少し離れて、肩がゆさゆさと揺すられる。
止まっていたリアムの時間が動き出した。
「だっ大丈夫大丈夫。ビックリして顔赤いだけだから」
サナギの呼吸に思わず鼻息荒くなってしまいそうだったことを誤魔化すように答える。
「そう?ならいいんだけど…それじゃあ今日、この前提案してくれたことやってもいいかな?」
この前の提案はサナギの女装セットをリアムの部屋に置くことだろう。
「うん、放課後サナギの家に行って運ぶかんじでいいか?」
「ねーえサナギちゃん、俺らも家行っていーい?」
突然軽い調子の明るい声が会話に割り込んでくる。
リアムは声の主を視界に収めると、あまり話したことのないクラスメイトの名前を思い出した。
こいつは確か西野だったか。
その後ろには雀部と青木の姿もあった。
「だーめ、リアムにひみつの相談して手伝ってもらえることになったんだから。」
「えーおせーてよおせてーよー」 西野が笑顔でサナギの肩を揺する。
雀部も青木もサナギの表情も明るい。
一方でリアムは顔を顰めないようにするので精一杯だった。
西野たちがサナギを姫扱いして過剰なスキンシップをとるのはいつものことだ。
普段はリアムと関わりなく行われているそれが気に触ったことはなかったが、今日は違う。
おとといベッドの中で抱きついてきたのは、スキンシップの激しいサナギにとって、なんら特別なことではないと思い知らされる。
普段明るく周りを照らすようなサナギからのひみつの共有に高鳴っていた心が、一気に沈み込む。
自分なんかではなくもっと仲の良い彼らにあっさりひみつを告白してしまうのではないかと思うと、リアムの心は闇に閉ざされた。
「だーめ、おしえなーい」
サナギはそう答えると、西野を振り解きリアムの肩に手を置く。
「リアム、絶対言っちゃダメだよ」
笑いかけながらそう言うとスタスタと廊下に出ていった。
暗く沈んでいたリアムの心に、眩いばかりの光が差し込んだ。
「なあ教えてくれよ」
雀部がリアムに問いかける。
到底本気で聞き出そうとは思っていないふざけた調子だ。
「絶対やだ」
それでも頑として断る。
理性とは反して口角が容易に上がっていく。
リアムの心は嫉妬など忘れたかのように簡単に満たされた。