自らの体重を限界まで自己加重して
「自らの体重を限界まで自己加重して、炉心溶融を起して結界に穴を開けるぞ!!」
「そんなの無理だ!?」
「グダグダ言うな!! どうせ死ぬんだ!! 最後にあの真備に一泡吹かせてやろうぜ。結界の陣芯は俺に任せろ!!」
「わかった!! 確かに、お前の位置が適任か。やってやろうぜ!!」
「「おおっ!!」」 「「うん!!」」
四人の声を受け、俺は印を組む。
「反重力制御!! 加重!!!!」
俺が使える唯一の陰陽道の陣の呪符と同時に、たたら神の加護、反重力場の印で自らの体重を無限重力に加重して、自らの体重を無限大にする。
俺たち温羅一族は備前地方でタタラ製鉄を営む渡来民族だった。
昔年の間、たたら製鉄と鍛冶を営むうちに、温羅一族はタタラ神から加護を賜ったのだ。
タタラ製鉄は粘土で作った箱の形をした低い炉に原料の砂鉄と炭を入れて火を起し、炉の下から風を送りこむために、天井の天秤棒から紐を吊るし、その紐にぶら下がって、全体重を使って踏板を踏み込んで風を送る(踏みふいご)という仕組みで鉄を精製するのだ。(わからなければもののけ姫を見てくれ)
俺たちはその踏みふいごを、一旦火が入れば二四時間以上踏み続けていることさえある。修行という名目の限界を超えた反復行動に惹かれやって来たタタラ神が、踏み子たちに宿ることが在るのだ。
たたら神が宿ると自分の体にかかる重力を自在にコントロールできるようになる。今風に言うとUFOの飛行原理である反重力装置を体内に持ち、一定方向の重力を遮断したり、重力加速度を爆上げしたりして、UFOと同じ動きを自分の物にする身体能力の加護を得るのだ。
そのことによって効率的にタタラを踏むことができるようになるのだが、この重力制御は応用範囲が広い。
万有引力を遮断し、飛び上がる方向に加重すればその加速により一〇メートル以上飛び上がることもできるし、体の一部、例えば拳に掛かる重力を倍化すればその破壊力はスクエア(二乗)やテリオス(三乗)だ。(今ならブーメ〇ンフックと命名するところだ)
ただ、弱点もある。まず自分以外を反重力場でコントロールできない。そして、これが一番問題なのだが、生身でこんな事をすれば筋肉や骨は限界を超えた加重にひき肉のようにバラバラになる。そのダメージを人型の呪符(俺たちは形代と呼んでいる)を身代わりにする陰陽道の呪術を習得した者のだけが、たたら神の加護を受ける資格を得るのだ。
現在、温羅一族にこの加護を使えるものは一握り、そのうちの五人が陰陽道の陰陽結界を張れる陣に偶然に立っている奇跡。
空間を歪め捻じ曲げる重力によるメルトダウン!!
真備が張った結界が軋みだした。空間が歪み、少し体が動くようになった。
体に噛みついている餓鬼を張り手一発で引きはがしていく。今の俺の体重は相撲取りの数十倍になっている。その張り手が餓鬼を粉砕していく。
「がんばれ!! あと少しで結界が瓦解するぞ!!」
「任せとけ!! みんな脱出するぞ!!」
「さっさとやりなさいよ!!」
みんなの声は震えていて、形代無しの加重に肉体は限界に近いが……。
「はははっ!! 驚いた。ここまでやるとは……。ならば、陰陽道の奥義で礼を尽くさねばならんな」
そう宣言した真備の顔は笑っていなかった。怒りに震える手から呪符が繰り出された。
俺は真備がやろうとしている呪術を理解して狼狽した。が、この呪術を返すには……。
「「六芒星、累!!」」
真備の呪文と俺の呪文が重なった。
陰陽道の奥義には結界を張る三角形の陣。そして究極奥義とはその三角形を二つ造り、陰の陣△と陽の陣▽をかさねる累の陣、籠の目となり結界封印に閉じ込める六芒星の完成だ。
ほぼ同時に張られた六芒星だったが、俺たちの方が一瞬早かった。
真備がやろうとしたことは、現世(この世)に創り出した結界内の魂を常世(あの世)の餓鬼道に転移封印するものだった。肉体は現世で滅び、魂は餓鬼道に封印され永遠の時を苦しむという陰陽術式だった。
それに対して、自らの六芒星で餓鬼道を逃れた俺たちが落ちた転移封印先は、残念ながら六道のうち人道と同じ三善道のうちの少しズレた修羅道だった。
仏教では天道、人道、修羅道を三善道、餓鬼道、畜生道、地獄道を三悪道と言い、修羅道は人道と同じグループらしいが、実際の修羅道の世界は地獄に引けをとらないとんでもない世界だ。
修羅道は人々がお互いを憎み殺し合う戦場さながらの暴力の世界……。さらに、勝ち上がれば鬼神にさえ戦いを挑んでいく修羅の道。俺たちが常世(あの世)に存在するということは、現世での肉体は滅んだということだろう。
修羅道から逃れて人道に生まれ変わるためには、欲や執着そして猜疑を捨てれば良いと聞くが……。
一族を裏切り餓鬼道に落とした吉備真備への恨みは、怒髪天を衝き忘れることなどできない。ならば、この修羅の世界を勝ち上がり、修羅道を統括する三十三天を倒し、この恨みを持ったまま人道に生まれ変わることを認めさせるのみ。
俺は後ろで驚愕の表情をしている炎、水、光そして影に向かって言った。
「悪い。ちょっと行先がズレて、修羅道に落ちちまった。でも、てっぺん目指して、再び生き返るんだろ?!常世(あの世)じゃ体がバラバラになっても死なないらしいから」
「当たり前でしょ!!」 炎が叫び、
「ああっ、あの屈辱、一族のためにも忘れるわけにはいかない」水が拳同士を打ち付け、
「腕が鳴るわね」光が腕をポキポキ鳴らし、
「遅れるなよ!! 全員同じ時代に生まれ変わるんだ!!」 影が檄を飛ばす。
「「おう!!」」「「ええっ!!」」
五人は目の前の戦場へ駆け出していった。
◇ ◇ ◇