52話 あんたなんかの言いなりにならない!
「金はあの団長から搾り取るだけとったら解放してやる。まあタダで放してはやらんがな」
ねっとりした視線を浴びる。
「瑕疵つきであの団長に返してやる」
「!」
「大丈夫すよ! 薬使うんで!」
体調不良にさせて動けないところを手籠めにする気? 残念だけど私に魔法薬は効かない。
「お前を盾に侯爵家の資産全て奪って、お前は俺の手つき。あの団長とは婚約破棄だな」
高爵位家門は婚前の瑕疵を許さないのが大半だからと笑う。
「仕事も当然できなくなるからお前は路頭に迷う。自業自得だ」
私が全て悪いと言わんばかりだ。人を拉致監禁した挙げ句、強姦の宣言までしている。そして国を混乱に陥れた魔法薬と詐欺の主犯であることも暴露した。
「罪を償うのはそっちでしょ」
「そうなる前に逃げるんすよ」
「できるわけない」
「あの団長が助けにくると思ってるのか?」
再び笑われる。
「考えてもみてください。自分とヴァレデラがこうも簡単にキルカス王国に入り込めた時点で逆も簡単ってことですよ」
「ネカルタス以外はどこもゆるいからな。警備もザルだ」
こうなったら自力で脱出しないと。
ヨハンネスがいるということは、彼の管轄の王都端の物流用の倉庫群、区画としては北よりのはずだ。倉庫群は二つほど通りを越えないと人が多いところまで出ない。
大きくても倉庫の造り上、一階建てで出口は一ヶ所だ。建築許可関係の資料で見てるから間違いない。この倉庫も二人の背後にある扉一つ、鍵をかけて入ってきてないから越えれば建物から脱出は可能のはず。
『全体バランス5! ただし下半身は7』
『全体バランス5! ただし上半身は6.5』
ペッタ・ヴィルタネン騎士は前もステータスを見たけど下半身だけやたら強い。ヨハンネスは上半身が強い。
ドゥエツ王国のループト公爵令嬢が騎士団員の指導をした時を思い出す。あの時ヨハンネスみたいな上半身だけ強い騎士は「下半身を鍛えて下さい。上半身ばかりだと殴る時に腕に足が持ってかれるし足元も掬いやすい」と言われていた。ヴィルタネン騎士はその逆。
たぶんここに勝機がある。
「お前は昔から身の程をわきまえないな。まあ今回ので目が覚めるだろ? 泥水啜りながら必死に働くんだな」
ヨハンネスが座り込む私の髪を雑に掴み引っ張りあげられる。痛みは多少あるけど耐えられない程じゃない。
ヴィルタネン騎士も近づいた。今しかない。
「娼館で働くんなら一度ぐらい買ってやってもいいぞ?」
「はは、えぐいすね~」
「っ!」
ヨハンネスが少し屈んだところに彼の右足に飛び付いた。抱きつくように上半身で抱えてお腹に力をいれて持ち上げる。
「え?」
少し持ち上がったところで、すぐに片足をついて起き上がると同時に後ろにヨハンネスを倒す。片足だけでは支えられず後ろにバランスを崩した。さすが下半身だけ筋肉レベル低いだけある。
「え、ちょ?!」
ヨハンネスの真後ろにいたヴィルタネン騎士はヨハンネスを支える。さすが下半身が強くて崩れない。けど、そこは倒れたヨハンネスの胸を全力で押してヴィルタネン騎士の向こう脛を思い切り蹴ることでバランスを崩した。いくら下半身が強くても上半身を攻めすぎれば支えられないし、下半身は片足で踏ん張るには無理があり、ヨハンネスが邪魔して動かすことはできない。
「ぐっ」
「いてっ」
二人を飛び越えて扉へ走る。ヨハンネスを押した時に走りやすいよう態勢を前のめりにしてたから駆け出し早く扉へ到着し勢いよく開けた。外は倉庫が並ぶ王都の端っこ。予想通りだ。
人がいるところまで早く逃げないと。
「っ?!」
駆け出そうというところで足が動かなくて転ぶ。痛みが走り、足首の方を見ると這いつくばったヨハンネスが私の足を掴んでいた。
「っのやろう!」
「!」
より足首を掴む手に力をこめられ痛みに顔が歪む。
ずりっと這いずる音がした。
ヨハンネスが倉庫に再び引きずり込もうとしている。
「つく、づく、生意気だな!」
「ぐっ……」
抵抗で地面に伏せても力の差で少しずつ引き寄せられてしまう。このままじゃだめ。けど最初の一手はヨハンネスたちが油断していたからできたことだ。二度目は通じるか分からない。
「はは! 面白いすね!」
倉庫の中で座るとこまで態勢を立て直したヴィルタネン騎士が私たちの様子を見て笑っていた。
「笑ってないで手伝え!」
「えー?」
ヨハンネスが態勢を整えて身体を起こす。
その浮かせた顔を掴まれていない足で蹴った。
「ぐっ?!」
「離して!」
「んのやろう!」
足首がミシミシ言う程握られ痛みに耐えながらも叫んだ。
「あんたなんかの言いなりにならない!」
たくさんの小説の中からお読み頂きありがとうございます。
もっと蹴ってやれ!と思いながら書きました(笑)。ミナの魔眼と女性の割に珍しい割れた腹筋のおかげで倉庫脱出ができました。