49話 声をあげてもいいって知っている
「おい」
「え?」
呼ばれて振り返るとヨハンネスが不機嫌そうに立っている。
「なんで」
会いたくないのにどうして現れるの。
「お前、絵が一枚売れて調子のってんな?」
会って早々その話題、わざわざ言うためにだけに話しかけてきたのね。
「なんでその話知ってるのよ」
「うちが運んだからだ」
祖父の代で芸術品を取り扱っていて伝手で話が来たらしい。到着後の中身の傷の確認をしてもらっている時に、絵に記した私のサインを見て気づいた。
「たまたま売れただけだろうが、調子に乗ってるだろうからな。お前の分相応を教えてやる」
「調子に乗ってないし、これ以上話すこともない」
踵を返し離れようとすると、手首を掴まれた。
「離して」
「そういうところが調子に乗ってんだよ」
「今仕事中なの。ヨハンネスと話す時間はないわ」
ぎり、と歯を噛む音がした。ヨハンネスを睨みつけると、怒りと一緒になにかに追われている色が見えた。
ヨハンネスはなにに焦ってるの?
「お前、あの騎士団長にフラれたんだろ」
「はあ?」
なんでここでオレンが出てくるわけ?
「海を渡った大陸のネカルタス王国の王女と結ばれるって聞いたぞ。残念だったな? 取り入る相手がいなくなったわけだ」
「そもそも取り入ってもないし、団長は私以外の人に平等に優しいわよ」
もういいでしょと手を振り払おうとしてもびくともしない。むしろ掴む手に力をいれてくる。
「あの騎士団長がだめだったから、次は絵を使って侯爵家に取り入ろうてしてんだろ? 相手はじいさんだ、若さと身体使えば余裕だろうし」
なんて失礼な奴。
絵の買い手には未だ会ってないけど、そこまで言うような相手じゃない。コルホネン公爵令嬢の知り合いなら尚更だ。
「自分より高い爵位の方への言動は慎んだ方がいいわ。不敬罪に問われるわよ」
「なんだよ。もう侯爵夫人のつもりか?」
調子に乗りやがってと何度も同じことを言われる。
「女が絵なんて描くもんじゃねえよ」
「描いちゃいけないなんて規制はないわ」
「お前自分の爵位分かってんのかよ」
「貴族だからとか平民だからとか肩書きで描く描かないが決まるわけじゃない」
「無駄金なんだよ。お前ん家金ねえだろ」
「余計なお世話。やりくりした上で描くし、自分のお金なんだからどう使おうと勝手でしょ」
なんだその生意気な態度、とあからさまに嫌な顔をされた。
「貴方の価値観を押し付けないで」
「はっ! あの団長んとこいたせいで勘違いしてるみたいだな?」
お前みたいなのが意見出来る立場じゃないと強く言われる。
なんでヨハンネスは毎回毎回私のことを否定するのだろう。
「勘違いで結構よ」
「お前、さてはフラれて自棄になってるな? 見苦しいぞ」
なんでそうなるわけ?
ヨハンネスといても嫌な気持ちになるだけだ。
「まあ子供みたく駄々こねてるお前の扱いなんて俺ぐらいしかできないだろ。どうしてもって言うなら、俺がお前を拾ってやってもいいぞ」
「……は?」
「俺は理解があるからな。結婚しても働かせてやる」
「は?」
なんで結婚なんて話に飛躍してるの。
「……ふざけないでよ」
「ああ?」
「あんたなんかと結婚するわけない」
「お前、分相応を考えろよ。俺が手を差しのべてやってんだ。感謝しながら受けるところだろう」
「絶対嫌」
気持ち悪さに吐き気がする。ここまで発言が飛んでいると頭も痛くなってきた。
「独り身でいるつもりかよ」
「あんたなんかと結婚するなら一生一人でいい」
もう、うんざりだ。
私は絵を描いていいって知っている。
声をあげてもいいって知っている。
「あの団長に唆されたんだな? 礼儀すら教えてもらえなかったのかよ」
「団長は関係ない。これは私とヨハンネスの間の話でしょ。いい加減にして」
「お前……教育が必要だな」
なにが教育だ。自分の思うままにしたいだけのくせに。
「ありえない。貴方こそ道徳や社交マナーから学び直したら?」
「なんだと?」
さっきから聞いてれば俺が折れてやってるのに、と相変わらず上から目線で物を言う。そしてその手が振りかざされた。
今度は言葉でなく純粋な力で従わせようとするなんて本当にクズね。
「わきまえろよ!」
殴られる、と思ったところでぬっと背後から腕が伸びてきた。ヨハンネスの殴ろうとする手を掴むと微動だにしない。
「その言葉は貴殿にそのまま返そう」
「…………オレン」
たくさんの小説の中からお読み頂きありがとうございます。
モラ男マジ滅びろ\(^o^)/ってぐらい活躍してますねモラ男!なんでもいいから私も一発殴りたい(笑)。