45話 王都で流行りの結婚詐欺
もっともらしい理由をつけて熱弁する麗しい貴族の言いたいことはつまり、彼女の持つパライバトルマリンも欲しいということだけだ。
さすがにここまできたら私でも分かる。王都で流行っていると聞いていた令嬢を狙う詐欺だ。
「そうなの……」
「ああ、すまない。君には格好悪いところばかり見せて」
「そんなことありませんわ!」
するりとネックレスを外す。いやいやいやまって?
「……私にとっても思い入れのあるものですが、貴方との未来のためなら!」
「ありがとうオリヴィア! 今すぐ」
「待ったあああ!」
私の声に二人が揃ってこちらを見た。
すぐに私に気づいたライネ公爵令嬢が目を瞬かせながら「なんで貴方がここに」と囁く。
「ライネ公爵令嬢、これは詐欺です!」
「え?」
「……」
驚き戸惑うライネ公爵令嬢とは対照的に麗しい男性貴族の方は笑顔でだんまりだ。ネックレスはまだ彼女の首にかかっているから、男は寄り添う彼女から離れようとしない。
「令嬢を狙った詐欺が王都で横行しています」
結婚をちらつかせた末に金銭を搾取する詐欺だ。
ティアッカさんのまとめた資料には、高爵位もしくは資産を多く持つ中流階級の未婚女性をターゲットにしていると明記されていた。
令嬢に近づく手段は様々だけど、恋愛結婚を目指すも障害があり結婚するために資金援助をターゲット女性にお願いするという流れがセオリーだ。
「ライネ公爵令嬢、聞いてください」
融資の在り方から事業登録まですべて話した。通常詐欺師である男性が言う方法は使わない。余程この男性に瑕疵があり融資を受けられないなら話は別だけど、我が国にそこまでの事例はなかったはずだ。
となると、男の話は全部嘘というのがしっくりくる。
私の話にライネ公爵令嬢は驚きの表情を見せ震えていた。隣の男性は目つき鋭く私を睨む。
「そ、そんな」
「オリヴィア、騙されてはいけない。彼女は嘘をついている」
「嘘はそちらでしょう」
「ああオリヴィア、聞いてくれ。僕はそこの彼女に一方的に好かれ付き纏われているんだ。僕が君と婚姻しようとするのを妬んで嘘を並べている」
「はああ?」
僕の本命は君だけだ。だから僕を信じて。
そんな言葉にときめくライネ公爵令嬢もどうなの?
目をきらきらさせて完全に恋する女性だ。隣の詐欺師はとびきり甘い微笑みを向ける。
と、そこに聞き覚えのある声が響いた。
「あら、ヘイアストイン男爵令嬢。こちらにいらしたの」
「え、コルホネン公爵令嬢?」
「どこに向かって話をしているかと思ったら路地裏に何かありまして? ……ライネ公爵令嬢?」
「コルホネン公爵令嬢!」
「何故そのような暗い場所にいらっしゃるの? こちらに」
自分より身分の上の令嬢が現れ促されてしまったライネ公爵令嬢は、私たちのいる明るい通りに出てくる。
コルホネン公爵令嬢が私に視線を寄越すので「結婚詐欺です」と強く訴えた。
「詐欺、ねえ」
「コルホネン公爵令嬢、こちらの方はケットゥ侯爵家の令息なのです。庶子なのでお名前はご存知ないと思いますが、今実の父であるケットゥ侯爵に認めてもらう為に尽力なさっていて」
「ケットゥ侯爵?」
コルホネン公爵令嬢の表情が険しいものに変わった。
「私は先程、このサロンでケットゥ侯爵閣下にお会いしましたが、庶子の話はありませんでしたわ」
「当然でしょう。内密なものなのです」
と、結婚詐欺男が嘯く。
隣のコルホネン公爵令嬢の機嫌が急降下した。
「……貴方、口を慎みなさい」
「え?」
ふうと溜息を吐くコルホネン公爵令嬢は美しい。
「ケットゥ侯爵家は庶子を認めない家です」
「ぼ、僕は特別で」
「いいえ、例外はないのです。あの家は庶子と名乗る者に対し平等に命を奪います」
ちょ、その家、物騒すぎやしない?
話を聞くに、今までそう言って名乗り出る嘘つきが多く、また奥様一筋の現当主からしたら怒りしかわいてこないとかどうとか。
「貴方が庶子と名乗り出た時点で血が繋がっていようとなかろうと命を奪われているはずです。たとえそれで血が途絶え侯爵家が途絶えようとも、この部分に関しては厳しくご自身を律し遂行されている」
爵位の高い家わかんない。全然わかんないし物騒! 怖いよ!
「それで? あなたがまだケットゥ侯爵家の庶子だと主張するなら当主をこちらに呼び立てますが?」
それはもう死亡フラグだよ。死が目の前に迫ってくる。
怖いもの見たさはあるけど、目の前で人が死ぬのは見たくないかな。
「チッ」
そこで初めて結婚詐欺男の正体が現れた。
麗しい顔はひどく歪んでライネ公爵令嬢を突き飛ばす。
そのままこちらに手を伸ばしてくる、ところで視界が覆われた。
「グッ」
美しいバイヤージュブロンドのハイライトが目に映る。
大きな背中が目の前に立った。
「……オレン?」
たくさんの小説の中からお読み頂きありがとうございます。
物騒な家(笑)。ここでケットゥ侯爵を出して大乱闘へもっていってもそれはそれで面白かったかもしれないですね。