37話 その婚約、破棄しましょう
この日、私はとことんマイナス思考だった。
「いきます!」
翌日。
再び薬を飲んだ。
「やっぱり治ってません!」
魔法大国ネカルタス特製の回復薬でも治らないってなんなの。
「ふむ……ループト公爵令嬢に手紙を出そう」
「お願いしますっ!」
一晩経っても治らなかった。
私の魔眼どうしちゃったの。
「そういえば昨日もミナと踊り損ねたな」
「あ、そうですね」
私としては目立つからなくてもよかったけど、こんなにもオレンが熱望していると一度ぐらいはと思ってしまう。最後の思い出作り的な意味もあるし、ダンスの基本姿勢を教えてくれたオレンのためにもと思うところで、だ。この際、私の私利私欲は見ないふりをする。
「ミナと踊る為なら面倒な社交界も頻繁に出席してもいいと思えるから不思議だ」
「またまた」
夢のような時間。憧れの片想いの男性のパートナーとして社交界に出て踊る。
その片想いの相手と二人きりで絵を描く時間とセットで失おうとしている。夢ばかりは見ていられない。
分かっている。今までが不相応だったということだ。
元に戻るだけ。
肖像画を描き切るまでは時間がある。それでいい。
「肖像画もまだ完成してないし、次の薬が来るまでは現状維持だな」
「はい」
肖像画は描き始めていて、それも終わりまでが見えてきた。
「ミナ、最近やたら騎士たちに話しかけられてないか?」
「そういえばそうですね」
「私も確認したんだが、ミナに筋肉を認められたら一人前みたいな話が出回っていた」
「ぶふっ」
魔眼がバレたわけじゃない。ステータスの存在も服を破くスキルも広まっていない。
けど何故か自分の筋肉はどうかと聞いてくる騎士が増えた。
ステータスのことがバレたんじゃと焦って適当に流してたけど、なんで私が筋肉の判定をすることになってるわけ?
「すてえたすやれべるのことは知られていないのに不思議だな」
「あはは」
もしかしてセモツ戦で治療してた時の会話?
あんなおざなりな会話だけでそうなるの? いい筋肉って言っただけなのに?
「治る見込みがある以上、魔眼のことは引き続き秘匿としておこう」
「はい」
魔眼が治ったら、肖像画を描ききったら……オレンとただの上司と部下に戻る。
最近私の頭の中はこればっかりで、とことん暗い考えしかでてこない。
二人きりの時間は静かで無言の時間も苦しくなく穏やかな会話がある。時折視線を合わせて微笑んでくれるあたたかいまなざしに胸が苦しくなると同時に表現しがたい充足感に満たされてばかりだ。
絵を描くことに寛容で、出来上がった作品をどれも褒めてくれた。
私の本音を引き出すのが上手で、筋肉を目の前にした暴走してる私を見ても引かないし、それすらもいいじゃないかと許してくれる。
とても好きで、手放したくない。
「ミナに話しかける輩が増えるのは正直妬ける」
「皆さん気を使ってくれてるだけですよ」
「心配いらない。私の婚約者だときちんと言い含めたからな」
まただ。勘違いしてしまいそうになるのをこらえる。
けどオレンが嘘をつかないことも知っていた。だから婚約も嘘じゃない。何度か軽く断っているけど、私が本気で嫌がっていないから、そのまま婚約を進めたのだろう。社交界でパートナーになったのは他の令嬢からのアプローチを断るためで、婚約も当然令嬢の虫よけのためだろう。
全ては見せかけで偽り。見せかけだ。
「ミナ?」
いざ私が本気で彼に応えても周囲は許さないだろう。侯爵家が名も知らない一介の男爵令嬢など認めるはずもない。せめて王家に仕える侍女とかなら作法もできててよかった。爵位が低くても作法を学んでいる令嬢だってどこにでもいる。
やっぱり私じゃだめ。
終わりが見えている今、先に終わらせていいことかもしれない。ダメージが少なくて済む。
「オレン」
目の前にいるのは優しい上司で私の魔眼を治すために一時的に協力してくれているだけだ。
名だたる侯爵家の人。私が隣に立つのは不相応だ。
「私たち婚約してるんですか?」
「私はそのつもりだ」
「ではその婚約、破棄しましょう」
たくさんの小説の中からお読み頂きありがとうございます。
本当にネガティブすぎる!情緒が不安定すぎるよ!と書いてて思いました。まあいろいろ安定して進んでいた時間や関係が崩れそうになったというところで不安になったのは分かりますが…にしてももうちょっとメンタルどうにかできたかなと思わなくもないです(が、これで進みます)。
これでも絵を褒められ、オタク気質を受け入れてもらっているので、少しはポジティブになっているんですが、恋愛苦手女子シリーズなだけにこじらせて最悪の選択をするわけです。無自覚恋愛苦手系……手ごわいですね。