33話 可愛いな、と
「団長」
私の声に反応しない。前を、ヨハンネスを見据えたままだ。
「医療物資を運んでくれて感謝する。だが次が来ているので早急にお引き取り願いたい」
「あ、は、い」
威圧感がすごい。
いつも穏やかで優しいから、こんなに殺気だっているのは戦場ど真ん中ぐらいな気がする。
「それと現場に従事している人間は何をしていても命がけだ。心身ともに疲弊している。しつこく付き纏い話しかけるのは今後控えるように」
「付き纏ってなんか!」
「貴殿の名と所属商会は? まだ付き纏うなら商会を通じて申し立てを行う」
「ひっ」
すみませんと急にへこへこ謝り倒して走るように去っていった。小さい男ね。
「すまない。もっと早くに気づくべきだった」
さっきの殺気はどこへやら、穏やかな団長が眉を下げてこちらを見下ろしている。
「いえ! 助かりました」
「彼は前に王都で会ったな? 確か旧友だと……まさかずっと付き纏われているんじゃないだろうな?」
「あ、大丈夫です。今回たまたま物資運んだだけみたいで。古い友人ですし、いつものあんな感じですし」
「古い友人でもあんな不遜な態度をとっていいものか。許せん」
「あはは……」
ヨハンネスはいつだって私を下に見てた。今もそう。
やっぱり縁切って正解だわ。
「今度彼が現れたら、すぐに私を呼ぶように」
「え、でも、」
「婚約者が他の男に絡まれていて助けないのはおかしいだろう」
「はは……」
婚約者設定有効なのね。
断っても本気で言ったと思われてないまま、周知の事実になっていく。オレンには虫よけ効果が出るから一時的に付き合いはするけど、勘違いせず思い出作り程度に思ってないとね。ダメージを少なくしていこっと。
「次に奴を目の前にしたら、私の婚約者に手を出すなとはっきり言ってやるか」
「そこまでしなくても」
「いいや」
オレンが屈む。一気に距離が近くなった。
胸の奥が弾む。
「ち、近っ」
逃げようにも腰に腕をまわされた。急になんで?!
「悪いがミナを誰にも譲る気はない」
「団長」
「名前」
こんなとこで!
プライベートじゃないのに。
というか、破壊力ありありの台詞は今じゃない。今は国がかかった大事な時だ。
「オレンさん」
「さんはいらない」
「……」
「……」
いつにもましてそう呼ばないと許されない雰囲気だった。
「…………オレン」
「ああ」
「離して」
「嫌だ」
さんづけやめたのに!
「オレン、は、女性苦手なんじゃないんですか?」
「どこからか聞いたのか?」
唸る私の声を肯定と捉えたらしい。オレンは続けた。
「確かに女性は苦手だ。だがミナは違う」
いつもひたむきに仕事に向かう様。
明るく声をかけて場を和ませる力。
なにより結婚目当ての令嬢とは違い媚びない姿勢。
好感を抱いて当然だと笑った。
「で、でもそれって、私がオレンにアプローチしたらだめなんじゃ」
「それが全く違う」
「え?」
「ミナにだけは触れてほしいしアプローチされたいと思う。実際抱きしめて不快感はない。他の令嬢だとエスコートで腕を貸すだけで吐きそうになった」
「えと、長年仕事で側にいたから慣れたとか……」
「だとしたらよりいいだろう。これから長く一緒にいても平気ということだ」
ミナは自覚した方がいい、と続く言葉に首を傾げる。ちょっと近い近い。
近い挙句、破壊力のある言葉が続くからもう色々限界ぽい。
恥ずかしさに爆発しそうだから勘弁して!
「私にとってミナは特別だ」
「え?」
あ、だめ。
ばっと顔を腕で隠す。
オレンに不機嫌の色合いが見えた。
「何故隠すんだ?」
「だ、だって」
「顔見せて」
「も、少し経ってからで!」
「どうして」
ああああもおおおお!
むんずと腕をつかまれどかされる。
見られてしまったなら仕方ない。ふてくされ気味に叫んだ。
「顔! 赤いから!」
「……」
「……」
ばっちり見られた。穴に入りたい。
と、すっとオレンが離れた。
「……これは、なかなか」
「え?」
口元を片手で覆うオレンの頬が赤かった。
「あ、オレン、」
「……可愛いな、と」
そこで再び顔を赤くした。
たくさんの小説の中からお読み頂きありがとうございます。
もう結婚しちゃおうよ\(^o^)/戦場でいちゃつくなよ!と言いたいことは山ほどあります。