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私も嘘を、ひとつだけ

作者: 長埜 恵

 本当に、アンタときたらロクでもない男だったわ。


 生まれた時から家が隣同士だったのが運の尽き。アンタったら、年上の私に遠慮一つせず毎日のように遊びに来たわね。いい迷惑だったわよ。私、ピアノも塾も行ってたのよ? 何度アンタの遊びの誘いに乗って、お母さんに怒られたかしれないわ。


 それどころか、アンタって人はいつも私を騙してばかり。私が大事にしていたお人形も、「もっとかわいくするから」って言って持っていったこともあった。どこの爆発に巻き込まれたんだってぐらいのアフロヘアになって帰ってきた時には号泣したわよ。何が「君とお揃いのゆるふわヘアにしたかった」よ。こうなったら人形にも私にも失礼でしょ。


 まだあるわ。「世界で一番美味しいクッキーをお返しするから」って言って私にバレンタインチョコを要求してきた中学生の時。ホワイトデーに炭の塊が入った箱を渡された時には、腰が抜けるほど驚いたわ。「ちゃんと砂糖は入ってる」って言ってたけど、だから何なのよ。炭の味しかしなかったわよ。


 ああ、こんなこともあった。高校生の時、野球部だったアンタが「絶対にホームランを打つから」って私を炎天下の球場に呼んだじゃない? 当日行って驚いたわ。まさか補欠だったとはね。「代走で出られたから」じゃないのよ。確かにめちゃくちゃ足は速かったけど、ホームランはどこにいったのよ。


 でも、正直大学にまでついてくるのは予想外。アンタ、あんまり勉強は得意じゃないって言ってたわね? 嘘つき。一年で偏差値20も上げるなんて、普通できるわけないでしょう。……え、苦手だったのは嘘じゃない? 確かにその頃は殆ど会わなかったけれど……。まあ、いいわ。


 だってアンタ、社会人になってからも私を騙してばっかりだったもの。ほんと呆れたわ。「なんでもないから。下心とかないから」って言って、夜に呼び出して。いきなりダイヤのネックレスを差し出して、「結婚を前提にお付き合いしてください!」って何よそれ。下心以前の問題じゃないの。私じゃなかったら、普通にドン引きされてSNSに晒される案件だからね? わかってる?


 そういえば、ウェディングドレスの試着をしていた時も大変だったわ。アンタ、どうしても外せない仕事で来られないはずだったでしょ。なのにギリギリになって息を切らせて飛び込んできて、「まだやってますか!?」って。居酒屋じゃないのよ。それで私のドレス見て、「全部綺麗で僕には決められない」って馬鹿じゃない? 結局私が決める羽目になったわね。


 けれど、結婚式の時の嘘は流石に見抜けたわ。私も伊達に長くアンタに付き合ってるわけじゃないもの。「男が結婚式で泣くわけない」なんて言ってたから、嫌な予感がしてたのよ。予想どおり、嗚咽漏らして泣いてたわね。両親への手紙を読み上げる私より、アンタのほうが会場の視線をかっさらってたっけ。花嫁より目立ってんじゃないわよ。


 ……ねぇ。


 ねぇ、まだ聞こえてる? この嘘つき男。アンタ私に二回目のプロポーズをする時、言ったでしょ。「君より先に死なない」って。あれも嘘にするつもり? だったら今度こそ本当に許さないわよ。

 私、一生かけてアンタに騙されてきた。下手な嘘も、案外上手な嘘も、全部ぜんぶ騙されてあげてきたわ。でも、これだけは許さない。私、本気で怒ってるのよ。


 だから私も一つだけ、アンタに嘘をついてもいいわよね。

 ね、ちゃんと聞きなさいね。


 大嫌いよ。アンタの嘘も、アンタのことも。今までもこれからも、ずっとずっと大嫌い。


 ……私の嘘はこれで終わり。うまくできてたかしら? 案外、楽しくないものね。アンタ、何が良くてこんなの繰り返してたのよ。

 でも、いいわ。

 いつかきっと、また会いましょうね。その時なら、ひとつふたつぐらい嘘に騙されてあげなくもないから。


 それまでどうか、よい旅を。

 さようなら、私の嘘つきなあなた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 最期の時までの期間をどう見るかで 捉え方も変わりそうですが 彼女の最後の台詞を見る限りは 幸せと思える時間を十分に過ごせたんでしょうね きっと仲の良い二人だったのでしょうね。 素敵な作品…
[良い点] せつねー [気になる点]  どうでもイイコトなのはわかってるんですけどね。 『私じゃなかったら、普通にドン引きされてSNSに晒される案件だからね?』 →SNSの発展はここ十数年の事です。…
[良い点] いい話だ! ヒロイン幸せな一生でしたね。
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