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(そうよ!ブラウが何か文書を持っていたわ!)


 シャルルの記憶を思い出して気づいた。あの文書がルシアの冤罪事件の何かの証拠になるかもしれない。

 なんで今まで忘れていたのだろう。すぐに思い出さなかったのが悔しくて頭を抱える。


 卒業後ブラウは騎士団に入ったはずだ。しかもあのジェイド様の部下として。


(ハーバー男爵家に行けばなにか残っているかも……。)


 でも今はブラウも騎士団の寮に住んでいるはずだ。本人のいない屋敷に行く理由が思いつかない。どうしたらいいのか頭を悩ませる。


(一度ブラウのいる騎士団に行ってみようかしら。)


 騎士団の訓練は一般にも公開されている。騎士に用がある場合は、その際に直接会話をすることも可能なはずだ。次の休みは二日後にあったはず。その時にブラウのところに乗り込んで、あの時の話を聞き出そう。

 そう決心して布団に潜り込んだ。






*****

 今日は公爵邸での仕事が休みの日だ。簡素なドレスに身を包み、今の私は王宮近くにある第一騎士団の鍛錬所の門前に立っている。今日は大規模な演習があるようで、私の他にも多くの人々が騎士たちの姿を一目見ようと、この鍛錬所に集まっている。

 入口で見学者の名簿に名前を記入する。奥へ進むと、剣を打ち合う音がそこら中から鳴り響いている。もう訓練は始まっているようだ。


 人が多くてなかなかブラウの姿を見つけることができない。しばらくあちこち移動して、訓練が休憩に入ったところでようやく彼の姿を見つける。



「ブラウ!」

 隅で水を飲んでいるブラウの近くまで行き、声を掛ける。

 突然現れた私の姿にブラウは驚いた様子を見せたが、話したいことがあると伝えると、すぐに時間を取ってくれた。



 他の人の邪魔にならないよう、建物の影まで移動する。二人で向き合うと、ブラウはすぐに私に笑顔で話しかけてくれた。


「久しぶりだね、シャルル。君が騎士団に来るなんて驚いたよ。お互い働き始めてから全然連絡も取れなかったし。」


「そうね。私は今の状況に慣れるのに時間がかかったから……。でも今日はブラウの立派になった姿を見られて良かったわ。騎士団での生活はどう?」

 なんと話を切り出したらいいのかわからない。ひとまず世間話に逃げてしまった。


「少し慣れてきたよ。最初は体力がなくて、訓練にもなかなかついていけずにまいっていたけどね。」

 ブラウはそう言って、少し気まずそうに頬をかいた。




 ブラウのお父様のハーバー男爵様も元騎士である。男爵様は「息子も騎士団に」と幼い頃からブラウを鍛えていたけど、生まれつき細身で筋肉のつき辛いブラウは男爵様の鍛錬についていけずに、いつも泣きながら鍛錬から逃げ回っていた。その後も鍛錬は続けていたようだが、学園に入学してからもブラウの剣の腕が上がっている印象はなかった。


 それが騎士団の中でも特に名誉ある第一騎士団に入ったのだ。学園を卒業する前にお会いした時には、男爵様とご夫人もとても喜んでいたのをよく覚えている。




「第一騎士団に入団できるなんてすごく名誉なことだものね。おじさまもおばさまもとても喜んでいらしたわ。……いっしょに働いている方はどう?ブラウは元々第一騎士団に知り合いの方はいらしたかしら?」

 ジェイド様のことを意識して質問を投げかけてみる。するとあからさまにブラウは体を強張らせた。


「……みんなよくしてくれているよ。ほとんど騎士団に入ってからできた知り合いばかりだけどね。」

 そう答える瞳はあきらかに揺れている。


「あら。でも学園に通っていた頃、ブラウはマテオス侯爵家のジェイド様とも親しくされていたわよね。私卒業パーティー前の学園の庭園で、二人が話しているのを偶然見かけたのよ。」

 私が何食わぬ顔でそう言うと、ブラウは驚愕した顔を見せる。


「っ!あの時のこと見てたのか!?」


 これまで見たことがないブラウの威圧的な表情に少し怯んでしまう。しかしここで引くことはできない。


「たまたま通りかかって声を掛けようとしたら、ジェイド様といっしょにいるのを見かけたから。……ブラウ。あなた何かジェイド様から頼まれ事をされてなかった?」


 じっとブラウの目を見つめて問いかける。ブラウは顔を歪めてすぐに視線を逸らした。


「僕は何も知らない。」


「ブラウ。ジェイド様から何か文書も渡されていたでしょ。あなたあの時ルシア様のことを……」

「何も知らないって言ってるだろ!!」

 ブラウは怒鳴り声を上げ、そのまま背を向けて、急ぎ足でこちらを去ってしまう。


「待って、ブラウ……」


 後を追いかけようと足を踏み出したところで、前から別の人物が歩いてくる。



 ジェイド・マテオスだ。



 彼はいつものように無表情のまま、こちらに近づいてくる。

「ご令嬢、こんなところでどうされました?うちの騎士がこちらから走ってきましたが。」



 やはりこの人の顔を見るとダメだ。体が動かなくなる。

 ブラウとの話を聞かれただろうか。もしそうならすぐにこの場を立ち去ったほうがいい。



「……迷われたのでしたら私が案内しますよ。こちらに――――」


 そう言って彼が近づいてくる。

 恐くて仕方がない。逃げ出したいのに足が動かない。


(どうしよう……)

 目に涙が浮かんでくる。

 すると、ふいに後ろから肩を抱きしめられた。



「っ。彼女はうちの侍女だ。私に用事があってこちらに来たらしい。君の世話にはならないから、君はかまわず戻れ。」



 振り向いた先にいたのはアルベルト様だった。

 どうしてこんなところにいらっしゃるのだろう。急いでこちらに来たのか、息が上がっている。



 アルベルト様に声を掛けられたジェイド様は、しばらくこちらを鋭い目で見つめていた。しかし笛の音が聞こえると、そのまま鍛錬場へと戻っていく。





 ジェイド様の姿が見えなくなって、強張った体から力が抜ける。そのまま座り込んでしまいそうになるのを、後ろからアルベルト様が支えてくれる。


「シャルル嬢、大丈夫か!?」

 アルベルト様を見上げれば、その額には汗が浮かんでいる。心配そうな不安げな表情で、私を見つめている。


「申し訳ありません。緊張が解けて力が抜けてしまったようで……。すぐに立ち上がります。」

 

 いつまでもアルベルト様に支えていただいているわけにはいかない。慌てて立ち上がろうと、なんとか体に力を込めようとする。

 

「いや、そのまま体を預けて。」

 そう言うと、アルベルト様は軽々と私を横抱きにして歩き出す。


 突然のその行動に、今度は別の意味で慌ててしまう。


「アルベルト様おやめください!私重いです!アルベルト様にこのようなことをしていただくわけには……」


「全く重くないよ。このまま馬車まで運ぶ。暴れないで大人しくしてくれ。」

 そう言われて落ち着けるものではない。

 しかし私があたふたしている間に、あっという間に門の前に止まっていた公爵家の馬車に運び込まれてしまった。




「大丈夫かい、シャルル嬢?」

 馬車に出発の合図をしたアルベルト様は、私の顔を覗き込んでそう問いかける。


(全く大丈夫ではない。)

 ドキドキし過ぎて心臓が止まりそうな勢いだ。もちろんそんなことは言えないが。


「運んでくださりありがとうございます。もう大丈夫です。」

 顔が赤くならないよう努めながら、なんとか返事をする。


 私がそう答えると、アルベルト様は少しほっとした表情を見せる。しかしすぐに硬い表情に変わり私に問いかけてきた。

「君は今日はなぜ騎士団に?マテオス侯爵家の子息とは知り合いだったのか?」

 

 どうやら私がジェイド様といっしょにいたことに疑問を感じたらしい。慌てて事情を話す。

「いえ、今日は知り合いの騎士に用事がありまして。彼は数か月前から第一騎士団に配属になったんです。」

 そう答えると、アルベルト様の表情が少し険しくなる。


「……知り合いの騎士?親しい者なのか?」

 アルベルト様の声色が一段と低くなった。何かまずいことを言ってしまっただろうか。


「いえ、幼馴染なんです。会うのは久しぶりでしたが。以前から気になっていることがあって、今日は話を聞きに来たんです。」


「幼馴染か……」

 アルベルト様はあからさまに不機嫌な様子だ。どうして機嫌を損ねてしまったのかわからないが、ここでブラウの話をアルベルト様にも伝えておいた方がいいかもしれない。

 

 姿勢を正し、アルベルト様に話を切り出す。

「アルベルト様。実は私は、その幼馴染が卒業パーティーの前にジェイド様と内密な話をしていたところを見かけたことがあります。今日はその時の話を彼に聞くために、騎士団を尋ねました。」


「パーティー前にジェイドと……?」



 それから私は二人の会話の内容、ジェイド様がブラウに渡していた文書、そして今日話した時のブラウの様子などを詳細にアルベルト様に話した。


 その話を聞いたアルベルト様は、しばらく黙ったまま何かを考え込んでいる様子だ。


「……ブラウ・ハーバーのことはこちらでも調べていた。彼の家はマテオス家傘下の貴族だ。他にもルシアの冤罪事件に証言を出した生徒たちは皆、王家派の貴族の者ばかりだった。ただそれだけであの証言が偽りだと証明するものは何もない。でも君の話で物的証拠が残っている可能性も出てきたな。」


 ルシアの冤罪が証明できるかもしれないということか。思わず私も力が入る。


(さっきはダメだったけど、もう一度冷静に話せばブラウも理解してくれるかもしれない。ブラウは優しい心の持ち主よ。今回のことにも絶対に罪悪感を感じているはずだわ。)


「もう一度私がブラウに文書のことを聞きましょうか?」

 

 アルベルト様にそう提案する。もう一度話を聞けばブラウも話してくれるかもしれない。


「絶対ダメだ!君はこの件には関わらないようにと言っていただろう。」

 すぐさま却下されてしまう。

 確かにアルベルト様の言いつけを破ってしまった。でもなによりルシア自身のことだ。何かできるなら自分も役に立ちたい。


 私の納得していない様子を感じ取ったのか、アルベルト様は強い口調で話を続ける。


「ルシアの冤罪が事実なら、それにジェイドが関わっている可能性が高い。君は今日のことでジェイドに目をつけられた可能性もある。君が危険なことにすぐに首を突っ込むのはよくわかっている。それが君の正義感からくるものだということも。――――でも今回は安全なところにいてくれ。君に何かあったらと思うと私は……」


 アルベルト様の強い口調は、最後には弱々しい切なげなものに変わる。


 アルベルト様の揺れた瞳から目が離せない。そんな表情で私を心配する言葉を言われると、何か勘違いをしてしまいそうだ。



 互いに言葉も出ないまま見つめ合っていたが、やがて馬車は公爵邸に着いた。馬車が止まる音がすると、アルベルト様は視線を逸らしてもう一度硬い口調で私に告げる。


「君は絶対この件に関わらないように。しばらくの間、公爵邸から出ることは禁ずる。」

 有無を言わさないその口調に反論の余地はない。

 そのままアルベルト様に手を引かれ、公爵邸へと戻った。




 こうして私の公爵邸での軟禁生活が始まってしまった。


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