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 先日の一件で私は目覚めた。


 お兄様に直接アプローチできずとも、まずはお兄様の暮らしの環境を整えてあげるのが一番だ。そのことに気づいてからは、人一倍侍女の仕事に力を入れた。普通の行儀見習い令嬢ではしないような掃除の仕事も、懸命にこなした。



 生前公爵令嬢だった私は、使用人の仕事をこなせるか初めは不安を感じていた。しかし実際やってみれば、そんな心配は杞憂だった。

 前世の私は、学生の傍らいくつものアルバイトをこなすワーキングガールだった。それもこれも大好きなゲームに課金するためだ。いろいろな仕事をこなしてきた私は、仕事に対する気力も体力もばっちりあった。

 そして、この体の持ち主の子爵令嬢もまた、屋敷の仕事に慣れているようだった。体に残された数少ない記憶を思い出してみると、この令嬢の家は少し貧乏なようで、小さな屋敷の管理も家族皆でこなしていたようだ。兄妹が多く家族仲はとても良い。長女として生まれたシャルルは、率先して掃除や食事の準備など家事をこなしていたようだ。公爵家に行儀見習いに来たのも家のためだろう。



 まともな恰好をして慣れた手つきで仕事をこなしていく私を見て、侍女長からは「ようやく目覚めてくれて……」とお褒めの言葉をもらうほどになった。



 そうして真面目に仕事をしていると、ある日侍女長から新しい仕事を頼まれた。明日のお兄様へのお茶の給仕係を代わってほしいというのだ。

 いつもお茶をいれる担当の者が明日は休みらしい。いつもはその代役を侍女長がするが、明日は来客があるらしく侍女長はその応対をするため、私に白羽の矢が立ったらしい。



「喜んで!」


 思わず前世の居酒屋バイト風の返事を繰り出してしまった私は、再び侍女長から不思議な生き物を見るかのような視線を向けられることとなった。




 その夜、ベッドに横になりながら、お兄様に出すお茶のことを考える。

 生前もお兄様にお茶を入れる機会はそれなりにあった。お兄様は私が入れたお茶をどれも「おいしい」と喜んで飲んでくれていたが、お兄様のお気に入りのお茶というのは存在しているのだろうか。お茶を優雅に飲むお兄様の姿を思い浮かべ、うんうんと悩んでいるうちに朝になってしまった。






*****

 翌日。朝からお兄様の執務室の隅で、お茶を入れる機会を待つ。

 黙々と執務を進めるお兄様は、いつも以上に疲れた様子だ。仕事を入れ過ぎじゃないだろうか。体を壊さないか心配だ。


 だいぶ時間が経ち、ようやく一息入れるタイミングで、お茶を頼まれる。茶葉を選ぼうと棚を見渡していると、一つの茶葉の瓶が目に入った。



(これは……私がお兄様に初めて入れたお茶だわ。)



 あれはお兄様が学園に通って初めての帰省の時のことだ。慣れない学園生活に疲れているお兄様に、必死に練習したこのお茶を入れて出したのだ。


 その時のお兄様の表情を思い出す。

 その茶葉の瓶をそっと取り出し、選んだ茶器に丁寧に入れていく。


 ソファに腰掛け、仕事の書類を読み続けるお兄様にそれをそっと渡すと、一口飲んだお兄様が書類を読む手を止める。


「このお茶は……」


「レモンバームティーでございます。」

 気に入らなかっただろうか。恐る恐る茶葉の種類を答える。


「ああそうだ、これは……。」

 お兄様も何かを思い出しているようだ。


「おいしいな。またこのお茶を入れてほしい。」

 そう言って微笑んだお兄様の表情を見て、思わずドキッとしてしまう。なぜか顔が火照ってくる……。



(本当にお兄様はお顔がいいから……)


 妹をドキドキさせないでほしい。でもお兄様がこのお茶を気に入ってくれているようでよかった。




 その後も、シャルルはお茶の給仕を代わる機会があるとこのお茶を入れ、それを飲んで微笑むアルベルトの姿を見て、喜びの感情と謎の胸の高鳴りに苛まれるのであった――――


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