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 まず私は一つの作戦を思いついた。



「シャルル嬢……あなたその頭はなんですか。」

 朝から侍女長は私の姿を見て、真っ赤な顔をして問いかけてきた。



(まずい。これは怒っているのを必死に抑えているときの表情だわ。)




 今朝の私は、昨日考え出した作戦を早速実行した。名付けて「可愛かった頃の妹の姿を思い出そう大作戦」だ。


 アルベルトお兄様はその見目の美しさと高い地位から、令嬢からの猛アタックを日々受けてきた。そのため年頃の女性にはだいぶ嫌悪感を持っている。


 そして今の私が生前のルシアを真似しようにも、髪の色や長さからとても「ルシア」にはなり得ない。普通の今時の令嬢に溶け込んでしまうだけだ。


 だからこそ今回私は、幼い頃のルシアの髪型を真似てみた。


 幼い頃のルシアは、髪を高めの位置にツインテールにし、お気に入りの青いリボンをいつも結んでいた。「ウサギみたいで可愛いね」と言って、お兄様はいつもルシアの頭をなでてくれた。お兄様はウサギも好きだったのかもしれない。

 しかし残念ながら公爵邸には動物はいない。ルシアが動物の毛アレルギーだったのだ。




(この髪型を見て、昔の心穏やかな頃を思い出してほしい!)


 その一心で、朝から必死に直立しそうなほどの高いツインテールを作りだしたのだ。しかし当然のことながら、侍女長にはお気に召さなかったらしい。



「すぐに髪を整え直してくるように!」


 厳重な注意(という名の説教)を受けてしまった。


 仕方なく、泣く泣くいつものハーフアップの髪の毛に整える。せめてもの抵抗に青いリボンを両サイドに結んだ。しかしどこから見ても、幾千の侍女にまぎれる完全なモブだ。




(まあ私のような下っ端侍女が、お兄様と顔を合わせる機会なんて早々にないわよね。)


 そう思うと、あの奇抜な髪型で屋敷をうろつかなくて良かったのかもしれない。屋敷の全使用人に奇怪な令嬢として認識されるところだった。



(そうすると次はどうしようかしら。)


 幾多の侍女の中で、お兄様の目に止まるなんてことは滅多にない。もっと間接的な方法はないか考える。


 そういえば、兄は私がつけている香水の香りを落ち着くといつも嗅いでいた。あの香水が手に入れば……。しかし、あの香水は王都の人気店で売っている高級品で、公爵令嬢のルシアだからこそ愛用できたものだ。今の下級侍女のシャルルではとても手に入らない。

 頭を悩ませていると、一つのことを思い出した。


 公爵邸の庭園の隅にはこじんまりとした薬草園がある。大抵は華やかな花々が咲いているエリアに目が惹かれるため、この薬草園には気付いていない者も多い。そこには地味な色合いの薬草ばかりが生えているのだが、そこに生えている一つの薬草の匂いが、ルシアの好きな香水の香りにとてもよく似ているのだ。


 過去にルシアは一人で庭園を散歩していると、こっそりとその薬草園に立ち寄り、よくその草の匂いを嗅いでいた。香水と似ているが、自然な青々とした匂いが混ざったその香りも、ルシアは特に気に入っていたのだ。



(あの薬草を使えば、香水と似た香りが生まれるかも。)


 善は急げと、仕事を終えてすぐに庭師のところへ行き、薬草をたっぷりと分けてもらった。そして自身の衣装箱の中に薬草を敷き詰め、そこに自身の侍女服を詰め込んだ。


(これで服に匂いがつくはずよ。これでさりげなくお兄様の近くを通れば、お兄様もこの匂いに気づくかも!)


 お兄様がこの匂いを嗅げば、あの頃の香りを思い出して、癒された気分になるかもしれない。



 その光景を想い、うきうきしながら布団に潜り込んで朝を待つ。


 しかし、次の朝待っていたのは、同室の侍女仲間と侍女長の怒りの顔だった。



「シャルルが部屋の衣装箱に薬草を詰め込んで、部屋が土と薬草の臭いだらけになりました。」

 同室の侍女が侍女長に訴えたのだ。


 しまった。仕事が終わって暗い中、薬草をもらいに行ったため、薬草についた土を払いきれずに部屋に運んでいたらしい。薬草自体は良い匂いだが、今は湿った土と草の青臭い匂いも負けじと主張を強くしている。それに加えて、衣装箱の周辺を中心に、部屋には土と薬草のかけらが散らばっている。衣装箱を開ければ、侍女服は土塗れになっている。


「シャルル嬢……あなたは公爵様からいただいている使用人の部屋と衣装をなんだと思っているのですか…?」

 真っ赤な顔をした侍女長の姿に、思わず震えあがる。



 薬草の匂いを消臭剤の代わりにしようとしたのだと、なんとか侍女長に説明しちょっとのお説教で勘弁してもらった。その日は仕方なく、予備の服を貸してもらった。





(また失敗だわ……)


 その日の仕事を終え、部屋に残された薬草を抱えて、泣く泣く裏庭でその処理を行う。

 このまま捨てるなんてことはできない。仕方なく、前世の知識を生かしてこの薬草でポプリを作るため、日陰に草を並べ乾燥させる。

 しょんぼりとその作業に集中していると、突然後ろから声を掛けられる。


 また侍女長ではと恐る恐る振り向けば、そこに居たのはアルベルトお兄様だった。



「それは……アングレムの草か?」

 私が干している薬草に興味があるらしい。私の顔は見ずに、お兄様の視線ははっきりとそちらを向いている。


「この薬草は相変わらず良い香りがするな。……作業の邪魔をした。すまない。」

 そう言って、お兄様はすぐその場を去って行った。



 突然の出来事に私は呆然としてしまった。


(……お兄様もこの薬草を知っていたのね。)


 この姿になって、初めてお兄様に直接お会いしたのに何も言えなかった。もっと話をするべきだった。去っていくお兄様の姿が見えなくなって、猛烈に後悔する。




(でもこの香りをお兄様が覚えていてくれたなら……)



 次の日ポプリにしたそれを侍女長に許可を取り、お兄様の執務室の前の廊下に飾る。ここを通るお兄様の心が少しでも癒されることを願って――――



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