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2/18

 あの後、廊下の真ん中に佇んだままの私は侍女長に発見され、早速彼女の厳しいお叱りを受けることになった。慣れない説教にヘロヘロになりながらも、ようやく部屋へと辿り着き、今はもう隣のルームメイトは眠っている時間だ。


 私はこっそりと起き出し、机にわずかな光を点して一つのノートを取り出す。まだ白紙のそこに、次々と自分の前世の記憶を書き出していく。もちろん人に読まれてもばれないよう、日本語でだ。



 まずは前世の乙女ゲームの内容を詳しく思い出そう。

 このゲームは、大きくストーリーが二部に分けられていて、第一部は攻略対象と恋仲になり、悪役令嬢との婚約破棄を果たすことでエンディングを迎える。

 この世界では、ヒロインのマリーは第一王子であるカルロス殿下と結ばれたようだ。そうすると、悪役令嬢であるルシアは卒業パーティーで断罪。抵抗してヒロインを襲おうとするところを、攻略対象の一人であり騎士のジェイドによって剣で刺され絶命する。

 

 あの時のことを思い出してブルリと震える。公爵令嬢をその場で切り捨てるとは恐ろしい。ゲームに基づく世界だから許されているのか。



 そしてルシアの兄であるアルベルト。彼は第二部での悪役として登場する。といっても、彼が悪役として登場するのは物語の最後の最後だ。

 王家の転覆を企てる組織に、カルロス殿下の愛するマリーの情報を渡し、彼女を拉致する計画を裏で操る。当然ヒロインはカルロス殿下に助け出される。そしてアルベルトはこの事件の主犯として捕らえられ、さらに反王家の組織の幹部として処刑される。

 この事件で、反王家の組織は一網打尽にされ、ヒロインであるマリーとカルロス殿下は末永く幸せに暮らすのである。


 ちなみに他の攻略対象者を選んだ場合は、それぞれルシアとアルベルトの役が別の人に代わるだけだ。マリーがカルロス殿下を選ばなければ……と今更悔やんでも仕方がない。



 しかし、すでにこの世界の流れはゲーム通りではないはずだ。

 そもそも私はマリーをいじめてなどいない。というか関わってもいない。

 婚約者であるカルロス殿下とはあくまで政略的な婚約だったし、彼には幼い頃からなぜか疎まれていた。そんな元々親しくもない婚約者など、どこかのご令嬢とイチャイチャしていても、卒業までご自由にというスタンスだったのだ。


 つまりあれは冤罪だった。どこかで情報を操作した者がいるはずだ。


 そして、ゲームの中でお兄様は反王家組織の幹部として処刑されたが、少なくとも生前にお兄様の様子を見ている限り、そんな素振りは全くなかった。そして公爵家は代々中立派筆頭の貴族だ。反王家の組織を牛耳る意味が全くない。

 だからゲームの中では、お兄様は私の復讐のために反組織と手を組んだのだろう。それで幹部にまでされるのはどうかと思うが。


 とにかくまずはお兄様が反組織と関わる可能性をつぶさなければ。


(お兄様の復讐心を鎮めるのよ!)






*****

 お兄様に復讐を忘れさせる方法……。やっぱり癒しって大切よね。


(私も前世のイベントで、推しキャラを薄っぺらな理由で酷評する野郎がいたら、「お前も扱き下ろしたろうか……!」って復讐心が燃え上がったわ。でも手に入れた推しの限定イラストを目にした瞬間、一気に心が浄化されて、そんなことどうでも良くなったっけ。)


 あの時の晴れやかな心を思い出す。



(お兄様が好きなもの、癒されるものって何かしら?)


 思い返してみても、公爵家の仕事をする兄の姿ばかり思い浮かび、お兄様が自分から楽しんでいるものが浮かばない。


 そういえば、まだ当主を継ぐ前の時間があった頃は、お兄様は勉強の合間を縫って、私に必ず会いに来てくれた。私と過ごしていると癒されて時間を忘れられると言って。


(……あれ?お兄様の好きなものって私ってことかしら?大変だわ!じゃあ私を思い起こさせるようなものを用意すれば、それに時間を費やして、復讐の機会なんてなくなるのでは!?)



 かなり無理のある発想だが、興奮したルシアはそれに気づかない。

 

(やるわ、私!お兄様のために癒しの時間を必ず作ってみせるわ!)






*****

 生前は生粋の公爵令嬢だった私は、父や母、兄からの愛情や、使用人たちからの気遣いを受け取るのが当たり前だった。受け取った分、その感情を相手に返そうなんて考えたこともなかった。ただ淑女らしく、感情を表に出さず、穏やかに微笑んでいるのがいいと思っていた。


 でも前世の記憶を取り戻して変わったわ。

 受け取るだけなんて嫌。この私の心から溢れ出す感情を、彼らに伝えていきたい!お兄様には特に。お兄様を幸せにするためなら、なんだってしてあげたい。

 これが前世の私が言う「推しへの愛」ということなのかしら。これまで生きてきた中で最高のパワーを感じるわ。まあもう死んでるんだけど。


 前世の記憶を取り戻した今、私は生前の「ルシア」とは少し性格や考え方が変わってしまったらしい。

 ちなみにこの体の子爵令嬢の記憶は、まだあまり思い出せない。



(少しだけお体をお借りします。お兄様の幸せを見届けたいの。悪いことはしないからどうかお願いします。)


 そっとこの体の持ち主に祈る。




(とにかくこのチャンスを逃すことはできないわ。私にできることはどんどん実践していくわよ!)



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