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あの後、ブラウにもう一度会えないかと公爵邸からの脱出を何度か目論んだが、それは公爵家の騎士たちに見事に阻まれた。
あれから公爵家の警備はさらに厳重になっている。
私の脱出を警戒してのことではない。外部からの敵に備えるような体制だ。私以外の使用人も必要最低限の外出しか許されていない。邸宅の空気も少しピリピリとしている。
嘆いても仕方がないので、いつものように屋敷の仕事に精を出す。
あの日からアルベルト様の姿を邸宅で見かけることもなくなってしまった。どうやら朝から晩まで外出の予定が詰まっているようだ。そのまま外泊される日も多い。
(体を壊されないか心配だわ……)
いつものように、アルベルト様のベッドの枕元にポプリを飾る。アルベルト様がこの部屋に帰ってこない日もその習慣は変わらない。
そっとそのポプリの香りを嗅ぐ。やはり今でもこの香りは好きだ。でも以前とは違って、今はこの香りがアルベルト様との想い出として私の胸に刻まれてしまっている。
(アルベルト様……どうしているのかしら……)
彼の名前を心の中でつぶやくだけで、胸が締め付けられる。
公爵邸の空気がピリピリしているのは、単に外出が制限されているからだけではない。
近々第一王子のカルロス殿下と子爵令嬢のマリー様の婚約が正式に発表されることになったのだ。
公爵家の大切なお嬢様であったルシアを蔑ろにし処罰したカルロス殿下に、当たり前だが公爵家の人間は敵対心を持っている。婚約の噂が王都に流れてから、使用人たちの間でカルロス殿下やマリー様に対する不満話を耳にする機会も増えた。
(ゲームではそろそろあの事件が起きる頃だわ……)
アルベルトが処刑されるきっかけとなる事件。ゲームのヒロインであるマリーが反王家の組織に誘拐される事件だ。
今のアルベルト様がそういった組織と関わっている形跡はない……と思いたい。でも使用人である私が、公爵家当主のアルベルト様の行動を逐一把握することなんて不可能だ。
(どうか何も起きませんように……)
毎日そう祈ることしかできない。
何も出来ない歯痒さとアルベルト様に会えない寂しさが、どんどん増していく日々を送っていた。
ある日、屋敷の廊下を掃除していると、侍女長が他の侍女となにやら困り顔で話し込んでいるのを見かける。
「侍女長どうされました?」
二人に声を掛ける。何か問題が起きたのだろうか。声を掛けるとすぐに侍女長はこちらに振り返った。
「ああ、シャルルね。……実は今度の夜会のために、商団に必要な服飾品を届けてもらうように頼んでいたのよ。その馬車が門前まで来ているのだけれど、他の荷物と混ざっているようで公爵家のものと関係のないものがあるみたいで……。見分けがつく侍女に確認に行ってもらおうと思ったんだけど、人手が足りないのよ。」
数日前、他の侍女たちと選んだアルベルト様の服飾品のことだろうか。
「私が行きます。アルベルト様のご衣裳に関係するものですよね。」
「そうよ。この間いっしょに注文したものだから、あなたはすぐにわかると思うわ。私も行きたいのだけれど、アルベルト様の従者が外出先から書類を取りに来ると連絡があって、すぐにその準備をしないといけないのよ。人手が必要なようなら、門前にいる騎士の方に手を貸してもらって。」
「わかりました。すぐに向かいます。」
アルベルト様の服飾品なら、私だけでもすぐにわかるだろう。急いで掃除用具を片付け、すぐに門前へと向かう。
門の前には大きな馬車が止まっている。近くにいるのが商団の人たちだろうか。何人かが騎士と話をしているようだ。
「すいません。品物の確認に参りました。」
彼らに声を掛ける。するとすぐに、騎士と話をしていたうちの一人が前に出てきた。
「ああ助かります。いっしょに確認をお願いします。後ろに荷物を積んでいますので。」
そのまま馬車の後ろへと案内してくれる。荷台のドアを開けると、そこには箱に詰まった荷物が大量に積まれているようだ。
「どれから確認しま……」
――――ドンッ!
荷物の中を見ようと荷台を覗き込んだところで、突然後ろから背中を押された。そのまま荷台の中に押し込まれる。
声を出そうとしたが、いっしょに乗り込んできた男に何かで口を塞がれる。すると一気に意識が遠くなっていく。
馬車の外も騒がしい。怒号や剣を打ち合う音が聞こえる。
(逃げないとダメだわ……)
そう思ったが、体は動かず、すぐに意識を失ってしまった。




