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プロローグ

「ルシア・ロレーヌ!貴様との婚約は破棄させてもらう――――!」


 煌びやかな学園の卒業パーティー。

 その真っただ中で、この国の第一王子であるカルロスはそう高らかに宣言した。その腕は、学園に入学してからずっと懇意にしていた子爵令嬢の肩をしっかりと抱いている。庶子として平民から貴族への仲間入りを果たしたその少女は、貴族令嬢らしからぬ無邪気な言動と可憐なその笑顔で、数々の貴族令息を虜にしていた。



 ホールの中央に立たされ、突然そのようなことを言われた王子の婚約者は困惑を隠せない。



「……殿下、婚約破棄とはどういうことでしょうか?」


 それでも毅然とした態度を崩さないよう、震える手を握り締め、王子に問う。


「貴様は、ここにいる私の愛しいマリーに数々の嫌がらせをするだけでなく、彼女を悪漢に襲わせる犯罪計画まで立てていたことは、すでに調べがついている。」

 彼らの横に居る王子の側近が、長々と彼女の罪状が書かれた文書をこちらに見せてくる。


「計画に加担した者たちはすでに捕らえており、奴らから証言も取れている。他にもお前の学園での嫌がらせに対し、生徒から目撃情報が多々上げられている。貴様はこの国の貴族にふさわしくない!婚約破棄の上、身分をはく奪し、お前を牢につなぐ。」

 突然の横暴な断罪に、令嬢は驚きを隠せない。


「私はどれも全く身に覚えがありません!」

 罪を突き付けられた令嬢は、思わず前のめりになり、そう訴える。


「うるさい!もう調べはついているんだ!お前が抵抗するなら、公爵家にまで沙汰を広げてもいいんだぞ。それが嫌なら大人しく従え!」


 そう言われ、唇を強く噛む。数年前に両親が亡くなり、兄が当主となって必死に守ってきた公爵家にまで罪を着せる行為は許されない。


「殿下。もう一度きちんと調査をお願いします。それを約束していただけなければ、私は殿下の要求に応じることはできません。」

 それでも自ら矜持を折ることはできない。冷静にもう一度調査を要求する。


「捕まった者たちや、嫌がらせの目撃者も含め、関係者全員にもう一度、詳細な取り調べをお願いいたします。そしてその時間の私の行動も。妃教育のために、私のスケジュールは分単位で王家に管理されていたはずです。」

 これが誰かの策略であることを令嬢は確信していた。

 カルロス王子と子爵令嬢の目を真っすぐ見据え、もう一度公平な調査をするよう言い募る。



「カルロス様!ルシア様が私のことを……こわいです!」

 公爵令嬢に視線を向けられ、王子の腕にしがみ付いていた可憐な少女は、大げさに恐がるさまを見せる。

「ルシア!マリーにそのような視線を向けるとは……!」


 彼女に惚れ込んでいる王子は、公爵令嬢の申し出を無視して、腕に抱く恋人の言うことしか耳に入れない。


 それでも家のためになんとしてもこの状況を打破しなければ。令嬢がそう思い、一歩前に出て、もう一度話をしようと口を開いた瞬間。




 グサッ!


 突然彼女は後ろから剣で刺された。



 会場が悲鳴に包まれる。

 刺された令嬢はその場に倒れこむ。頭上を見上げれば、いつも王子と子爵令嬢に付き添っている騎士が、血に濡れた剣を持ったまま、こちらを睨みつけている。




「ルシア!」

 悲鳴で騒がしくなった観衆をかき分けて、一人の青年が令嬢に駆けよる。そのまま血に濡れた床に膝をつき、彼女の体を抱き寄せる。


 彼女の兄であり、ロレーヌ公爵家当主のアルベルトだ。


「なぜ……なぜ妹を刺したのですか!?」

 怒りと悲しみに満ちた瞳で、騎士を問い詰める。


「……彼女が殿下とマリーに危害を加えると判断したためです。」

 騎士は淡々とその問いに答える。


「妹は何の凶器も持ち合わせていない。そんな彼女がどうやって二人に危害を加えるんだ!?」

 アルベルトは怒りに身を任せて、騎士を怒鳴りつける。



「ロレーヌ公爵、落ち着くんだ。ルシアはそれだけの罪を犯したんだ。いずれ処罰される運命だった。パーティーがこんなことになり不本意ではあるが、仕方がない。ロレーヌ公爵も家を守りたければ、これ以上の醜態は晒さないことだ。」

 それは純然たる脅しだった。アルベルトは血が流れるほど強く唇を噛む。


(絶対にこいつらを許さない。必ずこの手で地獄に送ってやる……!)


 この時、アルベルトの心に復讐の炎が燃え上がったのだ――――






*****

 断罪された令嬢は思い出した。


 騎士に剣で刺され、絶命するというそのさ中、この世界が前世でプレイしていた乙女ゲームの世界だということを――――





(えっ?私、あの乙女ゲームの悪役令嬢に転生してたの?なんでこんな最後の最後に思い出すのよ!もう死ぬしかないじゃない!)



 薄れゆく視界には、涙を流して、自分を抱きしめる兄の姿が見える。



(アルベルトだわ……)



 このゲームに出てくる悪役令嬢の兄、アルベルトは、私の前世の人生の中で最大最高の「推し」だった。

 その彼が妹の死に涙を流している。




(アルベルト……どうかあなたは幸せになって……)



 薄れゆく意識の中で、彼の幸せを強く願った。


 そしてルシアは今世の人生を終えた――――






*****

 自分も来世は心安らかな人生を――――そう望んでいたが、目が覚めたらなぜかまだ乙女ゲームの世界の中だった。

 そして見知らぬ令嬢に憑依していた。ゲームには出てこない全くのモブだ。




 シャルル・ベリー子爵令嬢。それが、私が憑依した令嬢だった。平凡な茶色の瞳と髪。スレンダーではあるが、いわゆる出るところが出た官能的なスタイルの令嬢では全くない。

 美しいブロンドと碧眼の瞳を持った生前の公爵令嬢とは似ても似つかないが、前世を思い出したルシアとしては、子爵令嬢のこの姿も好感が持てる。


 朝起きて、鏡を見た私は自分の姿に驚愕した。そして窓を開けると、死ぬ前と何も変わらない王都の景色にさらに驚愕した。

 自分が何者かわからぬまま、慌てた様子の家族に支度を施されると、気が付けば私は見慣れた公爵邸のホールに佇んでいた。そばには私と同じように大きな荷物を持った少女たちと、死ぬ直前まで屋敷でいっしょに過ごしていた公爵家の侍女長が立っている。


 混乱した頭で彼女たちの話を聞いていると、どうやら私たちは、今日からこの公爵邸で行儀見習いをする令嬢たちのようだ。自分の名前も侍女長に呼ばれて初めて知った。


 案内されるがまま、よく知った公爵邸の廊下を、使用人の棟へと向かい歩いていく。しかし、ある部屋の前で私はピタリと足を止めてしまう。


 そこはお兄様の執務室だ。

 わずかに隙間の空いたドアから、兄の姿が見えてしまい、思わず足を止めてしまった。


 ドアに背を向けた兄は手に書類を握りしめ、俯いている。覗き見のような真似ははしたないと、すぐにその場を去ろうとすると、

「ルシア……」

 自分の名前を呼ばれて、また立ち止まってしまった。



「必ず私があいつらを……お前に罪を着せ殺した王子たちを、地獄に突き落としてやるから――――!」


 それは兄がヒロインと攻略対象者たちに復讐を誓うシーンだった。





(アルベルトお兄様~~~!!)

 

 そうだ。ゲームの中のアルベルトは、妹を殺されたことに恨みを持ち、王子たちに復讐する悪役へと化してしまうのだ。王家の転覆を企む裏組織と関わりを持ち、ヒロインのマリーに危害を加えようとして、結局アルベルトは捕まり、ロレーヌ公爵家は没落する。




(お兄様!そんな不幸に一直線な復讐はやめて――――!)



 このゲームのアルベルトは決して幸せになれない。悪役となった彼は、ヒロインたちに関わる限り不幸な結末を迎えるだけだ。




(……私がお兄様を幸せにしてみせる!前世の推しは私が必ず救ってみせるわ!)



 ルシアは誓いの言葉を胸に刻んだ。


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