2.申し出。
本格的なざまぁは、まだ先です_(:3 」∠)_
「なんだ、ガキ……?」
「悪いけど、他人を見下すような暇を持て余した馬鹿に構う時間はないの。それに、アタシたちの連れを好き勝手に言わないでくれる?」
「あぁ……!?」
アネスは、リターシャの言葉に明らかな怒りを浮かべる。
しかし少女は気にした様子もなく、毅然とした態度で彼に向き合っていた。そして、ちらりとボクの方に目配せをする。
その意図は分からなかった。
だが、たしかなのは彼女が守ってくれたこと。
「死にてぇのか、小娘が!」
「その言葉、そっくりそのままアンタに返すわ。相手の力量を測ることもできない、無能の中の無能にね!」
「…………!!」
そこでアネスはいよいよ、腰元から剣を引き抜いた。
さすがに、この状況はマズイ。ボクはそう感じて、止めに入ろうと――。
「いやいや、申し訳ないね。私の部下が失礼をしたようだ」
「……お前は、昨日の?」
その時だった。
アイロスが相も変らぬ飄々とした調子で、二人の間に割って入ったのは。
どうやら面識があったらしく、アネスも彼の口調に毒気を抜かれた様子だ。ほんの少しだけリターシャに目をやってから、肩をすくめてこう言う。
「それなら、言っておくぜ? 部下の教育はしっかりしとけ、ってな」
「あぁ、それは重々承知の上だよ」
嫌味たらしく語るアネス。
そんな相手にも、笑みを崩さずアイロスは答えた。しかし、
「あぁ、ただ一つ。私も――」
一言、こう添えるのだ。
「貴方の人を見る目には、疑問を抱かざるを得ないね」――と。
そこだけは、相手を射殺すような眼差しを向けて。
アネスはそれをもろに見てしまい、無意識らしく短い悲鳴を上げた。いつもなら言い返す場面だろうが、完全に怖気づいたのだろう。彼はそそくさと、その場を後にした。
残されたボクらの間には、僅かな沈黙が生まれる。
しかし、すぐにアイロスがこう言った。
「さあ、改めて飲み直そうじゃないか」
あっけらかんと。
まるで、今の出来事がなかったかのようにして。
◆
「いやいや、久しぶりに美味しい食事だった。辺境には私たちの知らない珍味も多い。明日は何を食べようか……?」
「団長。重ねて言いますが、目的を忘れないでください。あと、明日はこの地を治める辺境伯との謁見です」
「分かっているさ。だがその後、会食があるだろう?」
「食べることばかりですか、貴方は……」
「は、ははは……」
酒場を出て、しばし街を歩く。
この土地の食事が口に合ったのか、アイロスはとても満足げだった。
その浮ついた様子をリターシャに咎められていたが。本人はまったく気にしていないらしく、むしろ夜の街に並ぶ露店に釘付けだった。
ボクはそんな二人を見て、ふとこう訊ねる。
「ところで、二人はこれからどうするの?」
それというのも、今後の予定について。
非常にザックリとした問いかけだが、アイロスは思案の後に答えてくれた。
「うーん、そうだね。ひとまず問題の魔物を討伐したら、王都に帰還かな」
「そう、なんですか……」
彼の言葉に、ボクは少しだけ悩む。
思ったことはあるが、これは酷くおこがましい申し出だ。
そう考えて、ボクは喉のところまで出かけた言葉を呑み込む。
「だったら、すぐにお別れですね」
代わりに、苦笑しながらそう言った。
頬を掻きつつ、視線を右手にある【必中の神弓】に落とす。そして、
「あの、これお返しします」
アイロスに、それを差し出した。
元はといえば、これは彼から貸し与えられたものにすぎない。
だったら返しそびれるより先、忘れないうちに返却した方が良いと思った。
「あぁ、それかい?」
するとアイロスは少し驚いた表情を浮かべてから、こう笑うのだ。
「それは、キミにあげるよ。リッドくん」――と。
信じられない言葉だった。
だって、このように貴重な品を貰えるなんて思いもしなかったから。当然ながらボクは、差し出した手をそのままに狼狽えてしまった。
「え、なんで……!?」
「キミほど、その弓に相応しい者はいないだろう。だからこそ、こちらからお願いしたいこともあるんだ」
「お、お願いしたいこと……?」
「あぁ、そうさ」
しかし、アイロスは変わらぬ調子で続ける。
その上で彼は、ボクに思わぬ提案をしてくるのだった。
「明日、辺境伯への謁見に同行してほしい」――と。
そして、今回の問題解決に力を貸してほしい、と。
「え……?」
思わぬ申し出に、ボクの頭の中は瞬間だけ真っ白になるのだった。