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本は友達にしかなり得なかった

作者: あまさき雫


ロミオとジュリエットが大好きだった。

最初に読んだのは子供向けに翻訳された言い回しの簡単な児童小説だったが、愛する二人の歯の溶けるような甘い愛情と、仲を引き裂かんとする人物や運命への憎悪にも似た絶望が二人から伝わってくるようでいて、しかしいつの間にか自分の感情にもなっているというこの劇的な感覚を味わった瞬間僕は本に魅了される運命と結ばれたんだ、と今ふと思う。


デブ、眼鏡、ブタ。

これらが幼少期の僕を形容する言葉たちで、僕は常にしょうがないと言う言葉と共にいた。炭鉱の町で重宝されるのは小柄で体力のある子で僕はそれと真逆だったから。

しょうがないという言葉は僕が早めに辿り着いた処世術であったのだ。

それから逃げられる世界が読書だったのも僕の読書好きに拍車をかけていた。


僕らの村の端には本の魔女の本の塔がある。そこには魔女が集めた本がたくさんあり、村の人たちに開放されている。彼女は勝手に集まってきたものを管理するのも面倒で放置しているだけと言っているが、それが僕のトウゲンキョウだった。.....桃源郷、うん、最近覚えたんだ。やっと使えた。


『....おやアンタ。また来たのかい。』

『....魔女さん?』

『ああ魔女さんだよ。お前さん怪我をしてるね...本に血を付けないどくれよ、下手に魔術書に血を付けて面倒ごとが起こったら厄介だ。』

『....そういう本があるの?』

『あるけどあたし以外には見えないようにしてある。お前さんたちが読んでもどうしようもないしね。』

『........』

『何を突っ立っているんだい。また本を読みに来たんだろう?入れば良いじゃないか。』

『でも...怪我を。』

『冗談が通じない子だね。手当ての道具を貸さないほど鬼じゃないよ。』


魔女さんは手当ての道具を貸すと言ったのに手当をしてくれてココアまで入れてくれた。


『全く...外が騒がしいね。』

『これから戦争だって大人たちが言ってた。』

『あぁ...なんか噂してんのがしばらく前に聞こえたよ。全くくだらない。』

『税金も上がってみんなピリピリしてんだ。でも僕らの国は火薬をいーっぱい買って他の国は全然持ってないから大丈夫だって大人たちが。』

『果たしてどうかね...。』

『でも相手の国はいっぱい小麦粉を買ってるんだって。食糧のためかな?分からないけど。遠くの黄色い広い国の小麦。あそこの小麦で作ったお菓子は美味しいんだ!』

『お前さんよく知ってるね。』

『...大人たちの会話を盗み聞きして...それで怒られてつまみ出されたんだ。』

『それを見た他のガキたちにいじめられてこの怪我だね...何やってんだい』

『えへ...しょうがないよ、勝手に聞いてた僕が悪いし...。』


『...あんた読書は楽しいかい』

『楽しいよ!勿論。魔女さんと一緒』

『あたしがいつ読書が好きだなんて言ったよ』

『え...でもこんなに本を集めてるのに』

『集まってきちまうんだよ。勝手にね。私の魔力の本質は本でね。あたしは別に好きでもなんでもないってのに。』

『魔力の本質...?』

『ああ、言葉の通り。人で例えると魂の属性みたいなもんだ。それに魔力ってのは本人の内面に密に関わるもんでね。だからあたし自身の本質も本ってことになるんだろうね。腑には落ちないが。』

『どうやってそれは知ったの...?』

『そうさねぇ.....それこそ本が集まってきたりとかかねぇ。魔女は魔力の本質であるものには何かと好かれるんだよ。火が本質の魔女なら小さい頃から火傷をよくしたりね。ただ、生まれた時から何となく感じていたりもするからよく分からんね。魔力ってのは奥底が知れないものだから。』

『魔女さんでも魔力のことは分からないの?』

『じゃああんたは自分のことが何もかも分かるかい?怪我をした血がどこで生まれ

どこを流れどうして赤い色をしているのか。あんたのその命はどこから来てどこへ消えていくのか。

全て明確に言えるかい?』

『...分かんない。』

『そうだろう?そういうことだよ.....。暖炉の火が弱まってきたね。どれ....ちょっとあんた、外に薪があるから取ってきておくれ。』

『魔法で取れないの?』

『いちいち面倒だ。魔法も万能じゃないんだよ。

『はぁい。』

『ああそうお前さん。今日はもしなら泊まっていきな。』

『えっ...でも急じゃない?それにお母さんに言っていないし...』

『前におまえさんが好きだって言ってた作家が新しい本を出したらしくてね。またうちにそれが来たんだよ。ただお前さんが持ち帰るにはちと重い。だが一刻も早く読みたいだろうって提案だ。一回言いに行くなら着いていってやる。別に嫌なら泊まらないで構わないよ。』

『...!!!泊まる!」

『はいよ』


そのまま家に一緒に行って外泊の許可を母から貰って泊まった日の夜だった。村が燃えたのは。一瞬夢かと思ったがそれにしては空気が熱く、匂いは木の焦げる匂いより臭かった。お菓子作りに最適な黄色い国の小麦粉は粒子が細かい。足りない火薬をなるべく効果的に使うため粉塵爆発に小麦粉を使うという、食料も必要な戦時中での隣国の苦肉の策だった。

炭鉱の村であるここは爆弾や火薬も多くあり、それの引火を狙ったのだなと、時々聞こえる爆発音から想像した。


『ねえ魔女さん、知ってたの?』

『知ってたと言うかそんな気がしてただけさ。』

『どうして僕を助けたの。』

『魔女の気まぐれだよ...恨みたきゃ恨みな。』

『恨んでない...それにそれで僕がみんなに教えて回ったとしてもバカ言うなってまた叩かれるだけだろうし...しょうがなかったね。』

『しょうがなかった、で済ませられるのかいあんたは。』

『...分かんない。でも、助けてくれた魔女さんは恨めないし、隣国を恨んでも僕が何か出来るわけでもない。僕が何を知ったところでどうしようもなかったんだよなあ...って、怒るより諦めてる感じ。僕って薄情?』

『薄情ならそんなに泣かないだろうさ。』

薄い目から流れた水は乾燥した空気にも負けずしとどに僕のまるまるとした頬を濡らしていた。




『さて...ここにいてもどうしようもない。さあ近くの村へ行くよ。』

『...こんな沢山の本動かせるの?』

翌朝の第一声だった。


『魔女舐めんじゃないよ。そもそも私が定住が長いだけで引っ越しだってたびたびするんだ。ちゃんとあんたも連れてくよ。旅は道連れだ。』

『それ使い方合ってるの...』

『知らないな。気分で言った。』


もうほぼここには来ることとも無いだろうさ、別れをしといで。死にたくないなら下りんじゃないよ、と言われた塔の外は、まだ焦げ臭いツンとした匂いが夢じゃないんだなぁと思わせた。胸にぽっかりと穴が空いた...という表現は使い古されているけれど、それはぴったりすぎて代わる表現がないという理由があったのだなと実感した。


『さ、着いたよ』

『早くない?』

『なんでわざわざ遅いやり方を選ぶと思うんだい?さっさと着いた方が良いだろう。ほらあんたの里親探すよ。』

『....やだ。』

『は?』

『魔女さんのところが良い...』

『いい加減におし、あたしゃ面倒なことが嫌いなんだよ。』

『....じゃあ..........』

『...........一体何だい早くお言いよ。』

『....大きくなるまではいっぱいここに通う。僕が大きくなったら恋人になって一緒にいて。僕魔女さんと一緒にいたい。』

『..........は?』


ロマンチックな小説が好きなくせにロマンのかけらも無い告白しか出来なかった。


そもそも塔に通っていたのは本のためもあったが、彼女に会うためでもあった。最初は魔女という存在への知的好奇心のためであった。しかし初めて見た瞬間から知的好奇心は彼女への恋慕へと変わっていたことなど彼女は露とも知らなかっただろう。



『魔女さん!付き合ってください!』

『5点』


今日も今日とてツレない黒の君の評価は辛口であった。黒の君は私が名付けた。名前を名乗ってくれなかったからである。

『魔女はそうそう名前を明かさないんだよ。』

というから呼び方を決めたのに彼女からこの呼び方は不評である。


『ストレートはダメか...じゃあもっとロマンチックなのがお好み?』

『マイナスにされたいのかい』

『ロマンチックもダメと...、ロマンチックなの素敵じゃないか、駄目かい?』

『相手を思わずに自分に酔うやつほどロマンチストを気取るんだよ。』

嘲笑うかのようにいう彼女の心はどこにあるのだろうと、今までの反省を元に思案に暮れていた。


新しい村での母親は食べることが好きで、食べることが好きな僕を歓迎してくれ、近所の子達も本で仕入れた知識を少し披露するとすぐ打ち解けて仲良くなってくれた。

新たな母は健康的な食事を作ってくれ、友達と仲良く遊べる日々。それでも僕の心は彼女にあった。

新しい村には掟があった。19までに男女両名とも添い遂げる相手を決めなければならない。また離婚は相手が死別しない限り認められていないのである。


さてこの時僕は19の誕生日一月前である。

19の誕生日に向け黒の君と一緒になるため、僕は彼女に最高のプロポーズをしなければならない。だが、恋愛小説が好きな僕はストレートorロマンチックの二者しか告白のレパートリーに無いのである。というか他にあるのだろうか。例えば花に意味を込めて送るとか。ちなみに恋愛に関する花言葉は一通り暗記済みである。


『まあた黒の君?』

『勿論...彼女はストレートな告白も、ロマンチックな告白もお気に召さないらしい...』

彼女はこちらの町で仲良くなった恋愛小説仲間である。こちらに来てすぐ意気投合した。お互い同士がおらず語る相手に飢えていたので、仲良くなるのは時間の問題だった。

『どちらも素敵だと思うのだけれど...』

『全く同感だ。だが彼女が良いと思わなければ意味がない。』

『流石の一途ね。妬けちゃう。』

『そんなこと.......え?』

『貴方そろそろ19よね?アプローチをかけているお相手は黒の君の他にいらして?』

『い...いいや...?いないが』

『でしょうね、そこで私が立候補するのはありなのかしら?』

『.....理由をお聞かせいただいても?』

『...貴方が心配なのよ。黒の君への傾倒は否定しないわ。でも19の誕生日で断られたら?貴方一生1人よ?それに私と貴方ならお互いをよく知っている。私も相手してくださる方がいないし...丁度良いんじゃ無いかと思って....』

『君にお相手がいないなんて...こんなに気立が良いのに。』

『小説に夢見る女は理想が高くて嫌なんですって』

『...そんなことを言う輩がいるのか...』

『貴方みたいに小説に憧れて紳士な方ってそういらっしゃらないのよ』

『そういうものか.....もしかして今のも口説かれてた...?』

『鈍感なのが玉に瑕ね。』




彼女からの突然の告白を受けて1ヶ月。

『返事は誕生日当日でいいから』と言われた。しかし未だ保留となっている不誠実な男への告白に罪悪感を抱きながら店先で愛しい黒への花束を買っていた。そして誕生日当日である。母が家で人を招いてのパーティーを準備中だ。招待状はもちろん出している。彼女と黒い君に。


その夜僕のパーティーは最初の1時間は挨拶に回っていたが、一通り挨拶を終えるとすぐに外の庭を見ている黒の君の元に向かった。

花束を持って。



『9本の赤薔薇...ね....私はロマンチストが嫌いだといっただろう。』

『それでも...僕はストレートな言い方かロマンチックな言い方しか知らないんだ。それが僕だから偽るような真似をプロポーズの時にしたくないと思った。だからこれを贈らせてもらいたい。』


9本の赤薔薇。

9本の薔薇は【いつも一緒にいてください】

赤い薔薇は【あなたを愛しています】


花束を見た瞬間にこの意味を悟るほどに知性に溢れる君。

知っている言語を使っているはずなのに、時たま分からなくなり、

それでも彼女を分かりたいと欲し、

内から飽きることの無い美しさに魅せられてしまうかと思ったら、

毒のように心を刺す言葉をさらりと放つこともある。

でもふとした時に、ひっそりと隠された真意に気づきどうしようもない感情を抱かせる君。

本に魅了される人生と結ばれた僕は、

本のような貴方に魅了されてしまったんだ。


9本の薔薇と共に贈った指輪をしばらく見つめていた彼女は庭にあった薔薇...まだ寒くて開花していない薔薇の葉をちぎり、魔法で出した黄色いチューリップと共に寄越した。

恋愛小説が好きな僕は、恋愛に関する花言葉は一通り暗記している。


黄色いチューリップは[望みのない恋]

薔薇の葉は[あなたは希望を持ち得る]


ああ、


ああ、あなたは。




あなたに家に招かれた日は、怪我をした僕を手当てしココアを出してくれて


どうしようもない暴力から逃れる手を差し伸べてくれて


嫌いだといっていたロマンチストに、優しい感情を抱いてしまう君が


やっぱり好きなんだと思ってしまった。

涙はどうしても一筋零れた。


『一つお願いがあります。』

『....なんだい。』

『指輪は、預かっていてください。そして切れ目を作って僕が死んだら棺桶に入れてください。』


エンゲージリングは切れ目がない。縁が切れないようにと言う説も、花嫁を縛る首輪と言う説もあるが、どちらにしろお互いを縛るものであることには変わりはない。

彼女は魔女なのでそういうまじないめいたものの影響を特に受けないよう一回彼女の手で切断して欲しかった。


『....あんたのロマンに最後まで付き合わせる気かい。』

『そう...言いながら持っていてくれるんですね。』


彼女はなにも答えず家の中へ戻っていった。





『なんとなくこうなるとは思っていたよ』

後ろから僕に近づいてきた一月前告白してくれた彼女に言った。

『僕は、不誠実だ。長く愛した人に振られたからといって君の好意に甘えてしまいそうになってしまう程に。正直君に結婚を申し込むか悩んでいるんだよ。僕と一緒にいたら君は幸せになれるか分からないから。』

『...黒の君にはひとつ賛成ね。ロマンチストって自分勝手だわ。』

その目はずっと僕をまっすぐ見つめていた。

『私を幸せにできない?違うわ。2人で生きると決めたなら2人で幸せになるの。

それに私は黒の君に魅了されてた貴方を好きになったの。真っ直ぐ1人の人を愛せる貴方だから。それを私は誠実だと思ったのよ。』


貴方さえ良ければそばに居させて、一緒に幸せにならせて。


これを聞いた瞬間、きっと僕は彼女に一生敵わないと悟った。真っ直ぐに光る彼女に寄り添う僕でいたいと思った。

もう一つ用意したエンゲージリングは彼女の荒れた細い指に収まった。」





本を愛し文章を愛した僕にとって日記を書くことは苦では無かった。そして書いていてよかった。死ぬ間際に鮮やかなあの頃が思い出され、甘やかな失恋も再生された。

日記を読んで目に涙が浮いたのは歳をとって涙脆くなったからだろうか。


甘い密かな胸の痛みすら包み込んで凪いだ心は、すでに他界した妻の元へ行くことを予期していた。ああ、彼女が亡くなった時はあなたが私より長生きしてくれてよかったと言っていたな...もうすぐ会えるよ、もっとゆっくりしていて良かったのにと君は言うかな。

重くなった目を一瞬閉じ、最後に世界の鮮やかさを刻もうとまた目を開いた時、“彼女”が立っていた。彼女は切れ目が入った指輪を僕に握らせた。

ああ、


ああ、あなたは。


『あなたを...好いていました。』




...いつもまっすぐこっちを見つめて、素直しぎる愛を捧げ、あたしのねじ曲がった性根の真意を図る勘はいい。あたしの嫌いなロマンチストなあんたはそう言うことを言うだろうと思ったら本当に言い残しやがった。今までのことを一言で思い出させてから逝きやがって。


「そういうところが...あたしは大嫌いだったんだよ。」



翌日、ある本好きの葬式があった。新しい墓石に置かれていた、黒い魔女の名を冠するペチュニアは、風に吹かれて丘の向こうに消えた。

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