誇り②
「ジュリス──どうしてこんな……ジュリス!」
村から1番近くの街で騎士団が村の方に向かった話を聞き、馬を飛ばして戻って来たカタリナだったが、既に村は半分以上が焼け落ちていた。
より激しくなっていく火の勢いに追いやられて渓谷まで歩いていると、遠くに引き返していく騎士団の最後尾が見えた。
「私の子どもたちを……想い出を! 返せ!」
爆発的な跳躍から1番後ろの男に掴みかかりながら腰の剣を奪って腹に突き刺し、そのまま横に薙ぎ払って3人を同時に斬り捨てる。後方の騒ぎに振り返っていたゲルダはすぐに馬を返し、このまま前進だと伝えて単騎で最後方へと引き返す。
「シスターだと!? あの村の教会のか。後方は全員迎撃体勢に入れ!」
誰よりも前に出たゲルダにミルドレッドが当然のように襲い掛かり、あまりの一撃の重さに耐えられずに馬から叩き落とされる。何度も降り注ぐ剣を集まった騎士が必死に防ぎ、意識が朦朧とするゲルダを守る。
「ゲルダ様を守れ、近付けさせるな!」
「半分は馬から下りて応戦だ!」
機動力だけを追い求めた騎士たちに重装備など無く、村を蹂躙するだけの極小規模な部隊は、全員が陣形など放り出して指揮官を庇う。
約30の騎士がひとかたまりになったのが功を奏したのか、突然後ろに飛び退いたカタリナから距離を取ろうと、ゲルダを何人かで抱えて下がる。
「まとめて焼き払う。村に放った炎なんか比じゃない、一瞬で全てを奪う」
追うことも無く燃え盛る村の炎を眺めて呟き、大気を自由に泳ぐ魔力を手の中にありったけ集め、刹那の間に眩い光を作り出す。
「だめだ、魔法だ! 全員下がれ!」
ゲルダが叫んでも誰ひとり逃げ出さず、雄叫びを上げながら投げられた光の束を体に受ける。言葉通り一瞬で骨も残さずに約30が消えた。
「……これ程までに、強いのか」
「何か言い残すことは」
残った騎士も果敢に立ち向かったが、ゲルダ目指して歩きながら全てを斬り捨てたカタリナは、血が滴る剣を振り上げながら手短に聞く。
「不本意だが王命だ、だからもう謝らない。逃がした民が路頭に迷わぬよう、導いてやってくれ」
「逃がした……死体が無かったのはそう言う」
「だが守るべき民を傷付け、そして生活を奪えと命令したのは私だ。それでも、私にも守りたいものがある。この首は、誇りはやれん!」
右手の剣を突き出すと言うだけの小さな抵抗をするゲルダの剣と兜を弾き飛ばし、首と甲冑の間に手を入れて胸ぐらを掴んで引き上げ、額と額を合わせてカタリナが言う。
「確かに民は守るべきもの、そして貴女は貴女の守りたいものがあるから退けない。ひとつ良い事を教えてあげる」
「……その瞳の聖紋は──ミルドレッド様!?」
「守りたいものと守るべきものは根本から違う。言い切れば対となるもの。貴女の守りたいものは誰かからしたら壊したいものかもしれない。でも守るべきものは誰が見ても守るべきもの。それをちゃんと分かって誇りを掲げてる?」
「……返す言葉もありません。かの英雄に返せる言葉など、この世のどこにありましょうか」
胸ぐらから手が離されて地面にへたり込んだゲルダの首に、振り上げられたカタリナの剣が狙いを定める。
「ひとつ、ひとつ教えて頂きたい!」
「ひとつだけ、それが形だけでも聖職者の私から掛けられる最後の慈悲」
「英雄になった先に見えた景色は、いったいどれほど増えましたか」
「さぁ、私たちはいつでも先の見えない程不安定で暗い道を駆け抜けて来た。見えたのは後ろに残った後悔と、あの頃に戻りたいと言う羨望」
「私にも、後悔や悔しさは今も降り積もっています。悔しいからこそ、私は生きなければいけない。私は死ねない! 英雄が相手だろうと、それでもここで誰かの後悔になりたくない!」
不意を突く形で飛び出したゲルダだが、容易に位置をずらして避けたカタリナに背中を斬られて力無く倒れ込む。全て終わったと踵を返したカタリナだったが、背後からの小さなプレッシャーに思わず振り返る。
再び立ち上がったゲルダは剣を拾い上げ、腰を曲げながらも構えをとっていた。
「私の魔法で作られた鎧のお陰か」
諦めの悪いゲルダは最後の突進をカタリナに繰り出す。鋭さの無い抵抗にもう構えもとらずに剣だけを振るったが、いつの間にか間合いに入って来ていた狼がカタリナの剣を止め、剣も振り上げられないゲルダの肩がカタリナを渓谷の底へ押し出す。
あまりに予想外の出来事に何も出来ずに落ちていくカタリナを見て、ゲルダも驚きを隠せずに去っていった狼の背を眺めていた。
「英雄を、私はミルドレッド様を……」
倒れ込んだゲルダは残った力を振り絞って地面を這い、逃げずに残っていた馬に何とか寄りかかった所で気を失う。