モンスター⑦
「なんか、よく分からないな。英雄とか聖騎士とか」
勇者選定の儀で起こった騒動が収まって後処理をする間、連れてこられたアンジェたちは別の部屋に通されていた。アルトはつい先程目の前で起きた事に困惑し、今までの夢を根本から疑い始めていた。
部屋に入ってからはずっと部屋の端で声を殺して泣くアンジェは、気まずくなっててきとーに話すアルトに何も答えない。育ててくれた父が目の前で命を落としたのだから無理もない。
村の子どもたちも皆黙り込むか、家に帰りたいと泣いているかのどちらかになった。
「選定の儀を再開する、全員来い」
セブンスターの2人が道連れとなって騎士たちもピリついているのか、最初の歓迎と言うような柔らかい雰囲気は無く、荒々しい口調で無愛想に言う。誰も歩き出そうとしない中、意外にも1番最初に動いたのはアンジェだった。アルトは付き添うように続き、後ろの子どもたちに手招きして全員が出てから部屋を出る。
再び華々しい内装の部屋に戻ると、2つの棺の隣に壮年の男が立っていた。部屋の真ん中にはジェーダンの剣もまだ残っていて、所々に激しい戦闘の爪痕が残っていた。部屋の真ん中で横一列に並んだアンジェたちの前に神官が立ち、杖に光を集めて何かを見ている。
「どうだ、この中に勇者は居るか」
「それが……同じく適正の高い者が多いようで」
「ふむ。ならば、その剣を抜けた者を勇者の素質がある者とする。聖騎士でも抜けぬ剣だ、まさに勇者が抜くに相応しい」
「私が抜きます、私が英雄になります。この子たちとアルトは村に帰して下さい」
それまで黙り切っていたアンジェが前に歩み出て、ジェーダンの突き刺した剣の柄に手を伸ばす。だが先にアルトが剣を抜こうと手を置く。
「アルト。お父さんが私を呼んでる、私が抜くべきなの」
「そうみたいだな、俺じゃビクともしない。でも良いのか、俺は英雄が良いって今は思えない。何でアンジェの父さんが、英雄がこんな死に方しなきゃいけないんだ」
あれだけ憧れた英雄が目の前で倒れたのを見て、同じ事を考えてたアルトに、何故だか少し笑えてきた。ばしっとアルトの背中を叩いて剣に手を伸ばし、もしかしたら抜けないのではないかと少し不安になりながら力を入れると、剣は驚くくらい素直に手の中に収まる。それと同時に重い誇りを受け継いだ気がして、熱くなった胸の前に掲げる。
「聖騎士も抜けなかった剣をこうも。貴様を勇者と認めよう! ゲルダ、まずはお前に勇者を任せる。立派に育てよ」
静かに低頭した金色の鎧を纏った女騎士が白い髪を揺らしながら歩み出て、アンジェらを背にして王の前に立つ。
「他の子どもたちはどうするおつもりですか」
「不要だ。切り捨てろゲルダ」
「ですが王よ! 光ある幼き命をいたずらに……」
「王の命を狙った村の子どもだ、あの村も直に騎士団が焼き払う」
見えないように背中で拳をぎゅっと握るゲルダを見て、アンジェはその隣に歩み出て膝をつく。
「アンジェリークと言ったな」
同じく膝をついて王に懇願を始め、視線も変えずにアンジェに向けて話し掛ける。
「聖騎士にもあなたみたいな人は居るんですね」
「また後で聞く。私の懇願が跳ね除けられれば交渉は終わる。お前が本当に資格がある者なら、私は賭けてみたい」
「私がすぐに死ぬか英雄になるかですか」
「いじめてくれるな。レグルスと叫んでくれれば良い、成功すれば最高の交渉材料になる。皆に聞こえるように、誰もが認めるように」
返事も聞かずに立ち上がって王の顔色を伺うゲルダに、何も答えずに玉座から立ち上がって「やれ」とだけ言って歩いて行こうとする。その背中を見て意を決したアンジェは立ち上がり、幼い頃に森の中で狼と遭遇した時を思い出し、腹の底から力いっぱい叫ぶ。
「レグルス!……レグルス!」
何も起きない事に戸惑いながらも、ただ叫び散らす事しか出来ないアンジェが2度叫ぶも、何も起こらない事にゲルダも下唇を噛む。
「……っんで。レグルス!」
突然の暴挙にその場に居た騎士と聖騎士が武器を向けるが、変わり果てたアンジェの姿に誰もが口を開けて突っ立っていた。異変に気づいた王が振り返ると、玉座の後ろに佇んでいた漆黒の鎧が消え去り、纏っているアンジェを見て目を見開く。