モンスター⑤
親父とシスターが出て行ってから数刻。何度も飛び出すのを考えては、親父の背中を思い出して腰が上がらなくなる。今まで共に鍛錬を積み上げて来た右手の木剣を投げ捨てる。自信と共に。
何で隠してきたのか、何で基礎しか教えてくれなかったのか。本当は夢なんて叶わないと馬鹿にされていたのか、そんな事なんて無いのだろうと分かっていても、何故か無性に怒りが収まらない。
「何が英雄だ、守るどころか守られてばっかじゃないか。それに気付きもせず」
1番手近な椅子に手を掛けて支えにして立ち上がり、放り投げた木剣を取りに歩き出すと、教会の扉が開いていてシスターが立っていた。足元に転がっていた木剣を見つけて拾い上げて手渡してくれる。
それを受け取ろうと柄を握るが、シスターが何故か手を離さずに一瞬で木剣を絡め取る。
一瞬の出来事に唖然とするジュリスにアンジェの剣を差し出し、警戒しながらも受け取るのを見ると取った木剣を構える。
「敵が構えて居ると言うのに、貴方は突っ立っているだけですか?」
「なっ……んだよ、色々急過ぎて分かんねぇよ!」
「全て分からなければ戦えないのなら、英雄になんてなれませんよ」
「だってよ、シスターカタリナはミルドレッド様で、ずっと一緒に居た親父がジェーダン様で。分かんねぇって! まず何で100年も前の英雄が生きてんだよ、有り得ないだろ」
「分かりました。ならばこの剣で、私が英雄か、否か、判断して下さい」
両手で握った剣をシスターの木剣目掛けて振るう。木剣に当たったと思って握る力を強めて衝撃に備えたが、予想もしていない角度からの衝撃が右の手の甲に走り、握っていた剣が吹き飛ばされると同時に膝から力が抜ける。
両膝を着いたジュリスの顎に木剣の切っ先が添えられ、見下ろすカタリナと目が合うように顔を上げられる。
「相手の剣を狙ってどうなりますか、私が木剣だからと加減でもしたのですか? 遊びのつもりなら、劣等感を抱えたまま斬られなさい」
「なぁ……何で言ってくれなかったんだよ、親父もシスターも!」
「……ジェーダンが混血なのは知っていますね」
優し過ぎるカタリナは少し罪悪感を感じたのか、ずっとしょぼくれるジュリスに優しい声で語り出す。
「風呂で教えてもらった、半獣ってやつだろ」
「神が決めた罰故に純血の獣人や人間よりも成長速度が遅くなり、今も尚生きています。ですが、今も続く混血に対する迫害は目を覆いたくなる程酷いのです」
自分を無理やり納得させるように頷いて被っていたベールを脱ぎ、長い髪を耳に掛けて隠れていた耳を露出させる。白い髪の下から尖った耳が現れ、次は背中を向けて服を脱ぐ。
「親父と一緒の……シスターも、半獣?」
「私は妖精と人間の間に生まれた半精霊です。母と私が国を追われた頃に、同じく国を追われた幼きジェーダンと出会いました」
「そんなの……」
「居るかカタリナ! 2つは捕まえたがアンジェが居ない、残りの3つにアンジェたちが乗ってるみたいだ」
がらんとした教会に親父の声がいっぱいに響き渡り、シスターは親父が連れて帰ってきた子どもたちをひとりびとり抱きしめる。
「私の方は2つ取り逃して1つだけ、やっぱりもうだめね」
「走る馬車を追うのは簡単じゃない、1人でも多く助けられたなら最良の結果だ」
「ねえジェーダン、しばらくジュリスを任せてもらえない?」
「……好きに育てると良い、俺はもう一度追う」
「まさか王都へ行く気なの?」
「全員取り返す、馬車はあと3つだ。馬を借りてく、俺のはへばって動けそうにない」
「嫌だ、俺も着いてく親父! シスターだって付いてけば──英雄なんだろ、なら皆きっと手伝って……」
「頼んだカタリナ」
「頼まれた、しっかりと」
また教会から出て行こうと歩いていた背中が振り向き、今度はしっかりとジュリスの為だけに立ち止まる。
「お前は来週誕生日だったな。お前が15になる時にと思って、俺が材料から探して打った剣だ。持ってけ」
「今から戦いに行く親父が何言ってんだよ!」
「俺はアンジェに剣を渡しに行く、それだけだ……そうだ、夢を持てジュリス」
力強くジュリスの頭を大きな手で撫で、背中の大きな剣を胸に押し付ける。必死に堪えた涙が零れるジュリスを力強く抱きしめ、カタリナと拳を合わせて教会から姿を消す。
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