白い太陽③
狼と人間が入り交じって乱戦を繰り広げる異様な光景の真ん中で、元は包囲網だった戦場の隅で鷲と鷹の援護を受けた狼が瞬く間にゲヘナ軍を飲み込む。
遥か後方に居たはずの本隊である狼王本軍がウォルフ隊と交戦していた無防備な横腹に噛み付き、混乱の勢いに乗じてそのまま敵を分断する。
その戦場の真ん中を悠々と歩いて現れた3人の内のひとりを見上げたミアハは人の姿に戻る。傷だらけになって倒れた体を受け止め、ぎゅっと抱きしめて「よくやったな」と頭を撫でる。
スっと息を短く息を吸ったベルベットは一緒に来た2人に何か指示を出し、天に拳を掲げて声を荒げて力強く戦場に響かせる。
「獣人の力を見せてやれ! 思い上がった特徴無し共を嬲り殺せ!」
まだ意識が残っていたジュリスは片方の男に治療されながらその姿を薄らと見ていた。もう一方の男がミアハを治療するためにベルベットから預かり、地面に寝かせて魔法で傷の修復を始める。
ミアハを預けてすぐに駆け出したと同時に一際強い風が吹き、閃光を放ちながら白い狼に姿を変えた神々しい姿に、ジュリスは目で追わずには居られなかった。
「あれだ……なんて言ったら──そう、太陽だ」
「君死にかけなのに元気だねー。同じ人間とは思えないよ」
上がらない腕を引きずってベルベットの背中を伸び切らない指で指差し、憧れの英雄を見ているかのように無邪気に笑いながら感動の声を漏らす。それを様子を目の当たりにして驚きを通り越して苦笑しながら治療する男に、ジュリスは反対の手で親指を立てる。
「俺も英雄になるんだ」
「なるほどね。はっははっ! 叶わなそうな良い夢じゃないか!」
「もしもーし?」
「英雄になるにはな、それはそれは大変なんだ。ベルベットは天才だ、それこそ狼牙族を全てを同じ方向に向かせる程にな」
動けないのを良いことに得意気に話し始めた男の話を、ジュリスは半分聞き流しながらベルベットを目で追い続ける。目の前の敵兵を自分に置き換えながら戦いを繰り返し、次々と薙ぎ倒されていく人間と同じ選択をし続ける。巧さと速さに加えてパワーも兼ね備えた無駄の無い攻撃は見るもの全てを惑わせ、徐々に激しさを増す魔性の白毛に嫉妬する事すら敵わない。
何者をも寄せ付けない圧倒的な姿は、空で輝き続ける太陽と比べても見劣りしない。
「さぁ、治療終わりだ。暫く動けないだろうから大人しくしてろよ」
気怠い体から痛みが消えて男が立ち上がり、丁度ミアハを治療していた男もこちらに歩み寄って来ていた。
「ありゃ相当キレてるぞと」
「我が子のように育てているカオンとセイン、何よりミアハ嬢がやられてるんだ。気持ちは分からんでもないさ」
「そう言えば、あんたらは人間なんだな。耳も尻尾も無いし、魔法が使えてる」
突然2人の会話に割って入ったジュリスを見下ろした2人は目を合わせて暫く止まり、同時に無抵抗のジュリスの腹に蹴りを入れる。
「俺らは誇り高き鷺だぞと」
「使ってるのも魔法じゃない。魔法ならその体の気怠さは残らないし、一瞬で元通りになるからな」
「俺たちが使うルーン文字の詠唱は、ガルドルって言われてるぞと」
「鷺は精霊に愛されやすい。だから魔法は使えないが、精霊が力を貸してくれる」
「んで、史上最高に愛されてるのが今の頭首。リリアネス様だぞと」
「戦うことは好まないが、決して戦えない訳では無いからな」
ようやく立ち上がれるまでに回復したジュリスは2人に「さんきゅ」と言って歩き出し、まだ寝転がって天を仰ぐミアハの隣に座る。
「なによ。まだやれたんだから」
「あぁ、悔しいな。負けて負けて負け続けて、まだ1回も勝ててない。親父も、アンジュも守れなくて、ウォルフたちに馬鹿にされて。砂漠の賞金稼ぎだってベルベットが相手してくれた」
ジュリスの言葉によって染み込み始めた悔しさに堪らず腕で目を隠す。鷺の2人が見守っていたが気を利かせて姿を消し、遠くへ引きずられた戦線からしばらく離れる。何も言わないミアハの隣で遠ざかった戦場を見渡し、どう話したら良いかを分からないなりに考えてみる。
暫く考えてみてようやく辿り着いた結論は頭の中じゃなく、戦場にパコーンと空いたジュリスの勘によって見えた道だった。
「行こうぜミアハ。俺たちまだやれるかもしれない!」
「ほっといて」
「おいミアハ行くぞって!」
「もー! ちょっとだけ待って、今やる気出すから!」
すっすっと息を吸い続けて胸いっぱいに空気を取り込み、そのまま息を止めて立ち上がると同時に吐き切る。本人は目を赤くして渋々という表情のままだが、立ち上がった姿を見たジュリスは嬉しそうに笑っていた。その馬鹿面を見たミアハも釣られて控え目に笑い、ようやく目を覚ましたカオンとセインを叩き起す。
「いつまで寝てるのよ、私が行くんだから行くわよ」
「不完全な魔法は治し方が雑だにゃ」
「確かに。ガルドルの方がまだ……」
「遅れないでよねジュリス!」
もう話を聞いていないミアハが走り出した後をカオンとセインが少し遅れて追い始め、仕方なくジュリスも自分の足で戦場の呼吸を感覚だけを頼りに見極めようと見渡し始める。




