ひしめく思惑⑤
再び休む暇もろくに与えられずに駆け出した強襲隊2000が向かうのは、バーンリーの北に接する蛮族の治める国ゲヘナとなった。元より国土の北寄りに王都が置かれていたお陰で、無尽蔵の体力を持つウォルフ隊は、速度を落とすことなく走り続けていたが、ベルベットから預かった1500が少しずつ遅れ始める。ジュリスの乗る馬もその中団にまで後退し、限界ももうすぐそこまで迫っていた。
「凄すぎる。さっきまであんだけ暴れてたのに、誰ひとりバテてねえ」
徐々に速度を落として遂に歩き始めた馬から下りて手綱を引き、隊列から外れて近くの川に進路を変える。それを見た2頭が隊列から同じく外れて後に続く。
ベルベットの命令で監視されているのだろう、両脇をしっかり固められ、2頭が人の姿に変わる。
「監視役って2人も居るんだな」
「多いと?」
「着いて来てくれてるミアハだけかと思ってたからさ。俺はジュリス、よろしくな。2人は?」
「女王から君の護衛を任されたカオンだ」
「私はセインだからセイちゃんで良いにゃ」
「じゃあ頼んだカオン、セイちゃん。俺はとにかく前に出るからさ、無理だと思ったら構わず引いてくれ」
「あくまでも監視だ、助けてやる義理はないからそのつもりで居ろ」
青鹿毛の無愛想で堅苦しいカオンと握手と言葉を交わしている間、セインはジュリスの周りをくるくると回って何かを観察していた。いい加減目障りになったのか、カオンの右手に首根っこを掴まれて、自分の右側に雑に落とす。尻もちを着いてそのまま座り込んだセインたちの後ろから、酷く目立つ赤毛の狼がこちらに1頭走り寄って来る。
「こんな所で何してるの? もう先頭はゲヘナ国境際まで到着しそうなのよ」
「馬が限界なんだ、休ませてやらないと」
「置いて行きなさいよ、カオンが乗せてくれるわ」
着けられていた馬具を全て外した途端にどこかへ走り去る馬を見送ったミアハだが、カオンは納得出来ないと言う顔だけで抗議をとどめる。「じゃあ女の子のセインに頼む?」と言うと、次は座り込んでいたセインが立ち上がって少し先へ逃げて行く。
「少しでも早く進まないといけないの、今ゲヘナは【怪鳥】ヴィルゴが他の人間の国へ攻め入っててチャンスなんだから」
「であれば、ジュリスは少し遅れても馬で行かせても良かったのではないですか。この者が【雷帝の花嫁】のようにひとりで戦況を変えるのなら納得出来ますが、見ていた限り魔法すら使えないただの人間です」
「だぁぁらぁ!」
2人の白熱しかけた口論を遮るように気合いの声と鉄の擦れ合う音が響き、遠くへ行っていたセインが狼の姿となって2人の上を飛び越える。我に返った2人は飛んで来たジュリスの背中を受け止め、その奥で斧と剣を持った男とセインが2度ぶつかり合うのを認め、状況を把握する前に本能で狼に姿を変える。
不規則に嫌な所を突いてくる攻撃に堪らずセインが距離を取り、立ち上がったジュリスを真ん中にして立つ2人の1歩前に後退する。
「やるのぅ。お前が居なければ赤毛の王女を取れたんじゃが」
「親父が気配を完全に消す時の嫌な感じがしたんだよ」
「あぁ……なるほどのぅ。どーりで、その剣見覚えがあると思うたんじゃ」
「何こいつ、いったい何処から来たのよ。私たちの鼻にも耳にも何も感じ取れなかったのに」
「お逃げ下さいミアハ様。ジェーダンの育てた【砂漠の賞金稼ぎ】です」
「何でそんなのがこんな所に……私が逃げたら死ぬわよ」
「居ても全員死にます。セインと共に何とか逃げられる隙は作ります、変な意地をこんな時に出している場合ではありません」
「まぁ焦んなや赤毛の王女。俺たちは同じ血が流れた兄妹じゃ。仲良うしちょくれ」
その言葉とジュリスでさえ感じ取れる濃い血の匂いにミアハは全身の毛を逆立たせ、ぶるっと身震いをさせて男を睨みつける。
「人間のあんたなんかと誇り高い獣人を一緒にしないで」
苛立ちを隠し切れない男は右手に剣を握ったまま首に手を当てて多方向に捻り、「なして分からんが」と小さく呟いて酷く萎えた様子で武器を下ろすが、目は確実に狩る側の鋭さと光を宿す。遂に言葉はもういらないのかと全員が身構えるが、男がもう一度口を開く。
「俺らは赤毛の王族の血筋でのう、今の狼王は白毛の血筋じゃろう? 俺ら赤毛の一族は白毛の一族と共闘してミルドレッドと共に戦ったが、英雄と言う肩書きに目の眩んだ白毛に裏切られてのぅ。お前しか赤毛の狼は居らんのはそのせいじゃ」
「耳を貸す必要はありません。貴女は、我らが王の最も愛する愛娘です」
「私たちでどうにかするにゃ、2人は早く逃げるにゃ」
「雑魚に用ば無い、早う退いてくれんか」
「俺がやる」
再度飛び込んだジュリスに咄嗟に2人が合わせて素早く交差しながら牙を剥くも、ジュリスの剣を左手の斧、右手の剣で2人の牙を真っ向から受け止める。完璧に決まったにも見えた攻撃にも関わらず、少しも後退しなかった男は不気味に笑い「こがなんはどうじゃ!」と言って武器から手を離す。直ぐに牙と剣を引こうとした3人だったが、肉薄した体に男の手が当たった瞬間に後ろに大きく吹っ飛ぶ。
体の内側を駆け抜けた衝撃に、まるで体内に入ったナイフが暴れ回っているかのように全身に痛みが続く。
「グゥッ……内蔵を、やられたか」
あまりの激痛に吐血しながら気を失って転がるセインを背にして、なんとかカオンが意識を保ち続け、同じく気を失って転がるジュリスの頬を尻尾で叩く。その衝撃で息を吹き返してなんとかジュリスも立ち上がるが、もう既に戦う力は残っていなかった。加勢しようと飛び出しそうなミアハを手で制し、カオンは人の姿に戻ってジュリスの剣を拾い上げる。
「何だよこれ、俺ら何された」
「派手に内蔵をやられた。逃げるなら俺が立っている内に逃げろ。行けセイン!」
密かにミアハをこの場から遠ざけようと見計らって転がっていたセインが飛び出し、服の襟を咥えて硬直していたミアハを強制的に連れ去る。それを見ていた男は「あかん。早う終わらす」と言って踏み出し、剣を携えたカオンと満身創痍のジュリスに再びぶつかる。




