第2の心臓⑦
時代と戦争のあり方を変えてしまった魔法使いが敵方に現れ、ティメリアは大きく戦況が傾きかけていたが、そこにこの戦場で沈黙していた2人目の魔法使いが現れ、倒れかけた戦局の胸ぐらを掴んで一気に引き寄せていた。
「なんだ……あれ」
「神が降りて来たぞ」
あまりの非常識さに敵味方問わず、つい先程まで山だった岩の巨人を見上げ果て、大きい故にそれ程早くもない拳が迫るのをただ見つめていた。
しばらくして地響きと共に拳が砦の前に振り下ろされ、岩を振らせていた魔法使いごと一掃する。
「あとは任せた、私はちょっと無理だー」
座り込もうとするゲルダをアンジェとアルトが両脇から支え、それを見て周りの生き残った兵士と騎士もそれぞれ気を抜いて座り込んだりを始める。
「さて、ここで私が出て正解だったのか。どう思う、お前たちは」
「どうって……」
「私は正解だと思う」
「……じゃあアンジェ。お前がそう言ったんだから、お前が頑張って正解にして来い」
静まり返った戦場に再び火が燻りはじめ、遠くからでも分かるほど突き抜けた大きな鎧が顔を覗かせ、進路に居るティメリア兵をボロボロな大きな剣で次々に薙ぎ倒していく。いつの間にか眠ったゲルダをティメリア騎士に任せて剣を抜き、示し合わせてもいないにも関わらず、2人は同時に歩き始める。
「びびってんじゃないのアルト?」
「お前だろそれは、俺が足出してから足出しやがって」
負けず嫌いのアンジェは余程その言葉が気に入らなかったのか、それとも本当にびびっていたのか、あるいはどちらもなのか。走り出したアンジェに置いてかれる形になったアルトが後を追うが、アンジェの剣から線を引く不思議な光に思わず立ち止まる。
「何だこれ、なんか温かい。これ、アンジェから出てるのか」
吹き飛んで来た兵士を受け止めつつ距離を詰め、バカ正直に真正面から光った剣を大男に叩き付ける。大きな剣にも関わらず、器用に受け止めた大男は冑の奥から大きな瞳でアンジェを見つめ、グッと力を入れた左手の裏拳で弾き飛ばす。
「っだぁはっ!」
自分でも理解出来ない程の反射で拳との間に剣を差し入れるが、圧倒的な力の前に小さな体が羽虫のように弾き飛ばされる。
遅れてアルトが隙の出来た背後に回り込んで剣を振り抜くが、何の感触も伝わらないまま空を斬る。
「まずっ」
最低でも確実に腕を飛ばされる覚悟をしていたが、大男は何もせずに城壁の上を奥へとただ歩いて行く。
相手にもされなかった事に腹が立つよりも、見向きもされないくらいの自分に、上手く呼吸が出来ずにその場にしゃがみ込む。実質の完全敗北であり、今まで積み上げて来た訓練の自信が崩れ去る。
「クッソ……がァ!」
「同じ匂いがする。隠れずに出て来い」
「悪いが貴様の相手は私だ!」
残党狩りから戻ったイレイナがどこかへ向かおうとする大男の前に立ちはだかり、大きく息を吸いながらゆっくりと剣を抜き、構えると同時に短く息を吐き切る。
その小さな体から溢れた気迫に大男は初めて立ち止まり、冑の奥にある見えない顔に笑みを浮かべる。
「足りないが、芽は摘んでおかねばな」
肩に担いでいた大剣を持ち上げたかと思うと、信じられない速度で目の前のイレイナに突き刺す。だがそれに臆さずに飛び出し、繊細な技術で剣の軌道を逸らす。圧倒的な力に付き合わず、しなやかな受け流しを見せた剣が一切ブレずに振り抜かれ、初めて大男の鎧に傷が入る。
続け様に全ての攻撃を巧みに受けては捌いて攻撃を当てるイレイナが大男の体に初めて傷をつけ、周りで囲んでいるティメリア兵が大きく湧く。失った呼吸を取り戻そうと止まったイレイナに、大男は何かを決めたように名を名乗る。
「ヴィルゴだ」
「イレイナ・クローチェ」
「魔法使いではないな」
「残念ながら才能が無くてね、技だけを研いてるのさ」
「魔法は奇跡だ。お前は奇跡を努力で起こせると思うか」
「凡人では奇跡を起こせないから努力する。でも、もし私に奇跡が起こせるなら、1度は起こしてみたいものだね」
これ以上言葉は不要と通じ合った2人は再び剣を交えるかに思えたが、光を纏ったヴィルゴの大剣が見ていた者全員の目から消え、次に見えたのはイレイナを吹き飛ばして止まった時だった。
「イレイナ様! ──貴様ぁぁ!」
「やめろバレット!」
飛び出しかけた青年が目を覚ましていたゲルダの声で立ち止まり、唐突に姿を現したゲルダに詰め寄る。
「イレイナ様が……イレイナ様があの男に!」
「あんなので死ぬイレイナじゃないだろ、それにお前が行って何になる」
「何にもならない! けど惚れた女吹き飛ばされたら、男なら行かなきゃいけねーだろ!」
「なら、お前は飛んでったイレイナの回収に数人連れて行け。こいつはこっちでやる」
周りが心配をする中、ふらふらと立つゲルダはその場に座り込み、ヴィルゴを見上げて座るのを促す。だがヴィルゴは立ったままゲルダを見下ろし、真っ直ぐ振り上げた剣を振り下ろす。
土煙が立ち込める城壁の上は大混乱に陥り、誰もがゲルダの生存確認をしようと手で扇いだりして土埃を払おうとする。
やがて自然と視界が徐々に明確になっていくと、光に包まれた大剣を受け止める影が浮かび上がる。
「あんたに頭どつかれて目が覚めたらさ、なんか力がどんどん溢れて来るんだけど。でも私今すっごく冷静、今までで1番」
大剣を弾き返した衝撃で土埃が晴れ、剣に奇跡を宿したアンジェがヴィルゴに指を指す。
「限界を超える、あんたを倒して」
その宣言に目を見開いてじっと見つめ、今までで片手で振っていた大剣を、初めて両手に持ち替える。




