モンスター③
帰って早々、親父に笑われたジュリスは腹を曲げ、うるせーとひと言放って部屋に逃げ込んでいた。
「だっせーなー。しかも、油断してた事まで言い当てられちまって。それで逆ギレかよ」
天井を見上げてしばらく。腹の虫も納まって来たところで謝ろうと部屋を出ると、やけに静かな家には親父の姿が無かった。腹でも壊してるのかとトイレも覗いてみたが、やっぱりそこに姿は無かった。
突然何も言わずに家を空けるなんてと、胸騒ぎを覚えてふと暖炉の上の壁を見る。
「──親父の剣が無い」
ずっと壁にあった剣が無い事の異常さに、すぐに緊急事態だと気が付き、親父がアンジュに用意していたプレゼントの包装を力任せに破り、中の剣を抱えて家の外に飛び出す。
親父がアンジュの15の誕生日に用意してたのを、偶然見掛けていたのが良いのか悪いのか、背中の木剣を左手に持ち替え、剣を背中に背負って村の入口に走る。
少し奥にある家から村の入口は最もこの村の中で遠く、全速力で走っても5分は掛かる。そんな悪路の山道を駆け下りていると、遠くで聞いたことも無い音が響いていた。だが、そのリズムには嫌に聞き覚えがあった。
「親父!」
ついさっきまで聞こえていた剣のぶつかるリズムと似たような感覚で響く音に、親父と叫んで足を前に出すのを早める。転けそうになりながらも、半ば転がり落ちながら山を下っていると、村の男と騎士が斬り合っていた。
「なんなんだよ、なんで騎士がこんなこと」
日頃から鍛錬を積んでいる軍人に農作業ばかりの村の男たちが勝てるはずもなく、瞬く間に数人が切り捨てられていく。ただそんな中でも1人、王国の兵士を圧倒する後ろ姿を見付ける。
「おやじー! 助けに来た!」
親父に斬りかかっていた兵士に力任せに剣を叩き付けると、木剣では当たるだけだった感触が、スっと人を切り裂くぬめっとした感覚に変わる。飛び散る内蔵に吐き気が抑え切れずに、その場で嘔吐を繰り返す。
「ジュリスっっ……来るんじゃねぇ!」
這いつくばって吐いていたジュリスの首根っこを掴み、懸命に剣を振り続けて大きく後方に投げ飛ばす。背中に宿る鬼に気圧され、ジュリスは吐き気も忘れて見つめていた。同時に騎士たちも異様な強さに後退を始め、血でどろどろになった男は震えたジュリスを抱えて教会に入る。
「すまねぇカタリナ、こいつ預かっててくれるか」
「ねぇジェーダン、アンジェちゃん見てない? 居ないの、さっきからずっと探してて、他にも子どもたちが何人か居なくて」
「なに! カタリナ、そりゃどう言う……見に行ったやつらが攫われたか!」
「待ってくれ」
「私も一緒に行くわ、準備するから先に──」
「──待ってくれって! ジェーダン? 親父ってジェーダンなのかよ、同じ名前なだけか? それともなんだよ、あの強さは本物なんだろ!」
ずっと違和感はあった。まず最初に剣を教えてくれたのは親父だった。基礎だけしか教えてもらえなかったが、この村で剣が教えられたのは親父だけだった。普通の農家なら剣なんて触れない上に、家に剣なんて置いてないはずだ。
そして今日、それが確信に変わった。歳はとったがどこか面影を感じていたミルドレッドの隣の顔と、完全にそれが一致している。
「ごめんねジュリス。隠してるつもりは無かったけれど、私たちは──」
「カタリナ。余計な事は言うな」
「だめよジェーダン、この子には知る権利があるの。あなたの子として育てられたんだから」
「なんだよ、私たちって。カタリナはカタリナだろ! まさか……やめてくれよ」
「ごめんね。私は聖騎士ミルドレッド。でももう戦えないから、今はなんの力も持ってない修道女のカタリナ。けど、少しずつ力を取り戻してるから」
もう1度ごめんねと謝ったカタリナはジュリスの持っていた剣を握り、斧に持ち替えた親父と一緒に教会から姿を消した。