モンスター②
「よし食った! お先」
「あっ、待って片付けもして!」
先に走っていった少年を追いかけようと腰を少し浮かすが、育ての親である男に申し訳ない気持ちで、少し迷って最後は椅子に腰を下ろす。
「気にするなアンジェリーク。勝負するからには負けるな」
「──うん。行ってきます!」
にっと笑った男に背を押されて家から飛び出て向かうは、寂れた村の中心にある、質素で小さな教会。
先に到着していた少年は村の少年たちと既に剣の稽古を始めていて、それを心配そうにシスターが何度も飛び出すのを堪えながら見ていた。
「こんにちは、シスターカタリナ」
シスターの目の前で止まって姿勢を正し、両手を後ろに組んで挨拶をする。
「こんにちはアンジェちゃん。今日もまた練習するの?」
「うん! 私もジェーダン様みたいな騎士になりたいから」
カタリナは村の広場にある重厚な鎧を纏った騎士の銅像を見上げる。
この国の建国を支えたミルドレッドと言う騎士と、共に最後まで戦い抜いたジェーダンと言う男の銅像に見守られ、子供たちが訓練をするのがこの村の日課だった。
ミルドレッドの隣に居るジェーダンという男はこの村の出身らしく、この村以外はミルドレッドの銅像だけが主流だと、いつだったかお父さんが教えてくれた。
それを聞いた時、最高の騎士を支えたパートナーになりたいと、英雄の隣に佇む男に少女は強く惹かれてしまっていた。
「皆ミルドレッド様みたいになりたいって言うのに、アンジェちゃんはジェーダンが良いの?」
「だって、どんな英雄にも陰で支えてくれた人が居るはずだし。その人が居なければ英雄じゃなかったかもしれないし。この2人は戦いの後どうしたんだろ」
「ふふふっ。そうね、きっと凄く支えられたと思いますよ。お2人はもう大昔の方ですから、きっとどこかで幸せに暮らしてると思いますよ」
「うん。やっぱり私はジェーダン様みたいになりたい!」
「きっとなれますよアンジェちゃんなら。いいえ、必ず」
「おいアンジェ! 次お前だぞ!」
ジュリスに呼ばれて行こうとすると、心配そうな顔に戻ったシスターに親指で返し、背中から抜いた木剣を右手に持って輪の中に入る。
「今日こそジュリスに勝ってくれよアンジェ!」
「負けんなよジュリス! お前に勝つのは俺だからな!」
騒ぎ散らすギャラリーに笑顔と立てた親指で応えるジュリスに、不意を突いてアンジェが飛び出して剣を振る。完全によそ見をしていたジュリスは背中に一撃を喰らい、一手で戦闘不能に陥っていた。
それを見てため息と落胆を零すギャラリーと、歓喜に満ちたギャラリーが入り交じり、お祭り騒ぎのように盛り上がっていた。
「大丈夫ジュリス!?」
慌てながら駆け寄って来ていたシスターがジュリスの背中に濡らしたタオルを当てるようとするが、強がって振り払おうとするジュリスにタオルだけ取られ、行き場の失った手を組んでお祈りを始めた。
「かっこわりージュリス」
数人がからかいながらジュリスを取り囲み、残りはアンジュに賞賛の言葉を送っていた。
「おい、おいおいおい! 騎士様が、騎士様がお見えになってる」
そんな喧騒の中に息を切らしながら割り込んできたのは、いつも畑で出来た野菜を分けてくれるチャップさんだった。温厚で俊敏な動きをしないチャップさんの慌てようからして、普通じゃない事は村の子どもたちも感じ取っていた。
「いっつつ……行くぞアンジュ。今日お前の誕生日だし、父さんが早めに帰ってこいって言ってたろ」
「あ、うん。でも騎士様見たくないの?」
「聖騎士様じゃないんだろ? なら興味ねーし──それより痛いから早く帰ろうぜ」
「やっぱ私は見ていくから先帰ってて。お父さんには遅くならないって言っといて」
「ったた。分かった、一目見たらすぐ帰って来いよ」
濡れたタオルを背中に当てながらよろよろと弱々しい足取りで帰るジュリスを見送り、騎士が来ているという村の入口を少し覗きに行く。