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救出6☆

 装備を整え――と言っても、俺たちにとっては消耗品の補給を受ける程度だけだったので、色々持ち出したのはシェラさんぐらいだったが――ここに上がった時と同様に地下への扉をくぐる。


 「どうか無事の帰還を」

 長と集まった人々がそう言って送り出してくれる。

 「必ずシギルさんを連れて帰ってきます!」

 今までそんなことを言えるような自信を持ったことなど一度もなかったが、今この場ではそれを言わなければならない。

 ――それに、そのために俺は行くのだ。ラットスロンの、弱き者のための剣の主として。


 扉をくぐり、薄暗い階段を下りて地下道へ降り、そのまま突き当りまで一直線に進む。

 「本当に行くんだな……」

 そこで変わらず番をしていたブレントが俺たちを見つけ、さっと立ち上がって迎えた。

 「よろしく頼む」

 そう言って頭を下げ、それからどんでん返しを固定していたロックを外す。

 「「「いってきます」」」

 俺たち三人はそう答えてどんでん返しをくぐる。

 シェラさんが彼の耳元で何かを囁き、二人で言葉を交わしていたが、それがなんだったのかは遂に聞こえなかった。


 全員が壁の反対側に出て、それからまた真っすぐに進む。

 既に照明はなく、先頭を行くシェラさんの持ったランタンが唯一の光となって俺たちの道筋を照らしている。

 マルクおばさんの家に向かう分岐を越えて、それでも更に真っすぐに。途中で頭の中に地図を浮かべて考える。恐らくこの少し頭を下げて進まなければならない地下道の真上では既に城壁から離れて、その背後の山がそびえているのだろう。

 そんな事を考え始めてすぐ、その見立てが若干ずれていたことを知った――唐突に現れた出口によって。


 「よし、ここだ」

 先頭を歩いていたシェラさんが、ぴったりとはまっている鉄の扉に手を触れてそう呟く。

 「ここから先は荒れ地が広がっている。扉の向こうは山の麓の森の中だが、そこから出ればあとは多少の岩や倒木を除けば遮蔽物も何もない荒れ地だ。そしてその向こうにネシャド交易所跡……現収容所がある。魔物も出現するだろうが、何より警備についている連中に注意してくれ」

 薄暗いなか俺たち全員の顔に目を走らせ、六つの眼がしっかりと自分を見ていることを確かめるようにしながら、静かにそう告げる。


 ここから先は今までとは違う。より正確に言えばこの町に来る前までとは。

 魔物の相手ならば、たとえ遭遇して戦おうが逃げようが、それはただ魔物の相手をしただけに過ぎない。


 だがこの先にいるのは衛兵だ。

 つまり戦おうが逃げようが、それは問題になるという事だ。


 「……本当にありがとう。一緒についてきてくれて」

 だがその重い事実も、その後に続いた言葉によって吹き飛んでしまった。

 そうだ。俺はやる。

 この人たちを助ける。

 俺たちの助けを喜んでくれるこの人たちのために。

 生まれた境遇のために理不尽な目に遭っている人々を助けるために。

 ――きっとそれが、その境遇からなんとか脱出した俺のやるべきことだから。


 「必ず助けましょう」

 シェラさんの言葉にフレイが応じ、それに俺とセレネが頷いて続く。

 全員の意思が確認できたところで鉄の扉が押し開けられ、同時にランタンの火が消される。

 闇が一瞬で俺たち全員を包み込み、ほんのわずかにその闇が薄らいでいる方向が外であるという事が、闇を薄めている月明かりのおかげでなんとなく分かった。

 その明かりに惹かれるように外に出ると、どうやら場所は山のふもとに掘られた小さな洞穴の中のようだった。

 洞穴と言ってもほとんど奥行きはなく、ただ急斜面の一部が内側にへこんだだけといった方が近いかもしれない場所だ。

 そこから外に出ると、周りには鬱蒼と木々が生い茂っていて、月明りの下ではほとんど黒一色にしか見えない中を、藪を漕ぎながら進むことになった。


 「気を付けてくれ。モンスターが潜んでいるかも――」

 言いかけてすぐに口を閉じるシェラさん。同時に後続=俺たちをハンドシグナルで止めさせる。

 「……いた」

 限界まで絞った声に、彼女の視線の先を見る。

 人間位の大きさのキノコが、短い手足でのっしのっしと木々の間を歩いていくのが見える。

 その白い体が月明りに照らされて妙に光っているようにも見えたが、それに一役買っているのが笠の上からふわふわと舞っている胞子だと分かった時には、隣で身を屈めていたセレネが小さく呟いた。

 「マタンゴだ」


 マタンゴ――見ての通りの歩くキノコ。

 キノコ人間などとも呼ばれる森に生息するモンスターだ。

その短い脚から想像できる遅い動き。深い森から出る事のない生態と、基本的に人間の脅威になることは少ないが、それはこのモンスターとの遭遇が決して安全なものであることを意味しない。

 キノコ人間という通称の他にもう一つ、このモンスターが持っている通称はキノコゴブリン。即ち、それぐらいに獰猛でテリトリーへの侵入者へは攻撃的であるという事だ。

 そのマタンゴがもう一匹、今見つけた個体の奥から現れ、正対した同族に何かを目配せする様にしてから、踵を返して森の奥に戻ろうとした、まさにその時だった。


 「あっ!」

 思わず声を漏らす。

 だが、問題はなかった。

 マタンゴたちは夢中だった――突然現れ、同胞或いは己自身を襲った巨大な二本の鎌に。


 「キィィ!!」

 斬りつけられたマタンゴの悲鳴だか咆哮だかが森に響く。

 巨大な鎌はキノコ人間を挟み込んで持ち上げると、その刃を白いキノコに沈みこませていく。

 リーパーマンティス。カマキリを巨大化させたようなその鎌の持ち主がそこにいる。

 リーパー=死神の名が示す通りの巨大な鎌を持つこの個体は、ある意味ではマタンゴよりも安全な存在ではある。

 モンスターではあるが突き詰めてしまえば巨大な昆虫であるこいつらは、食事以外に他の生物に襲い掛かることはめったにない。

 ――だが、油断は禁物だ。その滅多にないことが目の前で起こってしまった以上は。


 「まずいな……」

 それは一緒に見ていたシェラさんも同意見だったようだ。

 リーパーマンティスは鎌で挟み込んだマタンゴをそのヘルメットのような頭の辺りまで持ち上げると、切れ味というよりもその力によってねじ切っていく。


 「キイィィィ!!」

 マタンゴの絶叫。

 同族を助けようともう一匹の方が近づいていくが、悲しいかな力の差は歴然としている。

 軽々ともう一匹のマタンゴを蹴散らし、邪魔をするなとばかりに片方の鎌を獲物から抜き取るともう一匹に振りかざして追い払うと、再度切断を再開。

 やがてマタンゴの絶叫が唐突に終わり、上下二分割されたデカいキノコが草の音を立てながら落下して消えていく。


 リーパーマンティスはマタンゴを食べたかった訳ではない。

 ましてやマタンゴがこのカマキリのテリトリーを侵していた訳でもないのだろう――恐らくはだが。


 リーパーマンティスの顔がこちらを見る。

 ヘルメットのような頭の、バイザーのような目が赤く発光している。

 このモンスターのもつこの特徴は、姉妹も知っているようだった。

 「発情期……?」

 「まずいよ。こっち見た」

 発情期のリーパーマンティスは極めて凶暴になる――動目標を片っ端から殺し、そのなかでよさそうな死骸に卵を産み付けるために。


 「来るッ!」

 シェラさんの声、赤い眼光を遮るようにあげられる二つの鎌。

 どうやら俺たちも卵を包むベッド候補に入れられたらしかった。

 「下がって!」

 叫び、剣を抜く。

 ――こんなところで足を止める訳にはいかない。


 「チチチチ……」

 鎌を振り上げた奴の声。

 剣を抜いた俺の足音がそれにかき消される。

 赤い目がこちらを向く。間違いなく狙いをつけた。

 「はっ!」

 奴の鎌に近づくように駆け寄り、ほぼ直角に横跳び。

 「ああっ!?」

 セレネの声が響く――俺が斬られたと思ったのか。


 「……っと!」

 斬られたのは俺が盾に取った一本の木の幹だ。それも半分ぐらいだけ。

 ――そして、その幹に食い込んだ奴の鎌だ。


 「はあっ!!」

 鎌の峰の部分、それも付け根の方にラットスロンを振り下ろす。

 「チチッ!!!!」

 叫び声。確かな手応え。

 剣対鎌の戦いは剣に軍配が上がった。


 「たああっ!!」

 そして勝負そのものも。

 木の幹から飛び出し、一気に懐に飛び込み奴の首を横薙ぎに撥ねる。

 とん、とん、と妙な動きを見せた残った胴体が、頭に少し遅れて地面に落ち、そして光となって消えていく。


 「よし」

 血ぶり――と言ってもほとんど血は流れていないが――を終えて、みんなの方を振り向き告げる。

 「先を急ごう」

 そうだ。

 こんなところで止まってはいられない。


(つづく)

投稿遅くなりまして申し訳ございません

今日はここまで

続きは明日に。

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