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デンケ族12☆

 食事を終え、それからまたお茶を貰って談笑を交わした。

 子供達の質問攻めもまだ続いていた。

 しかし、それから妙に体が疲れたような、眠いような感覚に襲われ始める――どうやら俺だけではないようで、横で姉妹も同じように、つまり睡魔に襲われながらもなんとか眠るまいとし、そして平静を装っている。


 そして当然ではあるが、俺が気が付くという事はそれ以外の人々も気が付くということだ。


 「長、皆さんはお疲れのようです」

 「あ、いや、そんな」

 シェラさんの提言によって席はお開きになるようだった。

 申し訳ない。そんな思いからどうしてもそれを否定するが、どうやらこちらの状態に気付いた他の者たちも彼女の考えに賛同したようだった。

 「この奥に狭いですが客間がございます。少し休んでいかれるとよいでしょう」

 長にそう勧められ、女中さんが案内についてくれたが、それが更に申し訳なさに拍車をかける。

 「ええ!?もう寝ちゃうの?」

 子供たちが声を上げるが、シェラさんが俺たちと彼らの間に割って入った。

 「無理を言うものじゃない。それにお前たちはこれから勉強だろ」

 「ちぇー」

 げんなりする子供たちと、それに苦笑するシェラさん。

 それを見て笑う人々。


 その平和な一幕の後、改めて勧められる。

 「いえ、その、自分たちは……」

 「いえいえ。どうかお休みになってください。『乾いた我に飢えた彼が水をくれたなら、飢えた彼には食事を与えよ』という我々に伝わる言葉もあります。どうかささやかでも恩返しさせてください」

 そう言われてしまうとどうにも断りにくい――そしてそれ以上に、肉体の要求は一秒ごとに強くなってくる気がする。このままでは立ったまま寝そうなのも事実だ。

 「それでは……本当に申し訳ありません」

 折角の心遣いなのだからと、お言葉に甘えさせてもらうことにした。


 「こちらです」

 女中さんに連れられて、先程長が入ってきたのとは反対側の扉から大広間を後にすると、廊下を進んだ突き当りで扉を開け外に出る。

 どうやら離れになっているようで、庭を突っ切る渡り廊下を通ってもう一棟、本館――と言っていいのか分からないが――を相似形に小さくしたような建物に案内された。


 「間取りは全て同じものです。せせこましい所ですが、ご自由にお使いください」

 宿屋のように並んだ扉。

 一番手近なそれを開けると、質素だが手入れのされた個室に通じている。

 全て同じ間取りという事は、ここは全て一人用の部屋のようだ。


 「ありがとうございました」

 女中さんにお礼を言って、それから部屋を適当に割り振る。本館に近い方からセレネ、フレイ、そして俺。

 部屋に入ると、改めてその小ざっぱりした室内を見渡す。

 頭より高い位置に設けられた、恐らくこの部屋に唯一の小さな窓から光が差し込み、女中さんの言うように決して広くはない室内に光をもたらしている。

 外に通じる窓はその一か所のみだが、扉には外を見るのぞき窓が取り付けられていて今は塞がれているものの本来は外からも中からもそれぞれ見通せるようになっていたようだ。


 だが、そうした内装よりもまず目に飛び込んできたのはベッドだった。

 決して豪華ではないが、確かに布団の敷かれたベッド。重くなった瞼と体は、それが発する凄まじい重力に引き寄せられ、上に転がって体を沈みこませた。


 「ふぅ……」

 心地よい光が差し込む部屋。美味しい食事での満腹感。恐らくここまでの疲れが出たのだろう体と、それをリラックスして投げ出せるベッド――どんなに世界が変わっても昼寝をするのにこれ以上の環境はない。


 「来てよかったな……」

 ぼんやりしていく天井にぼそりと呟く。

 別に遊びに来たわけではない。

 義憤にかられ、俺たちがやるべきことだと決心してここまでやってきた。

 やはりその決断は間違っていなかった。そう思える瞬間だった。


 「いい人たちだな……皆……」

 今しがた出会ったばかりの人たちが、遠い昔の思い出のように頭に蘇ってくる。

 あんなに喜んで、俺たちを迎え入れてくれた人たち。

 温かい食事と歓迎を示してくれて、こうして部屋を与えてくれて……。


 「……」

 そんな風に頭に浮かんだ考えが、しかしそれ以上進まずに、動きを止めた脳の中に沈んでいく。

 自分でも気が付かない内に瞼を閉じていた俺は、そのまま心地よい満足感とともに意識を手放した。


 「……ん」

 一体どれぐらいそうしていたのか。

 目を覚ました時には、小窓から差し込んでいた光は既になく、部屋の中は闇に包まれていた。

 「……ッ」

 体をはね起こす。

 ちょっと一休みのつもりだったが、どうやらしっかり眠り込んでしまったらしい。

 慌てて身支度を整えて立ち上がり、部屋を後にする。この暗さから言って今から外に出るのも難しいだろうが、それでも明日の朝まで何も言わずにお世話になるのは気が引ける。


 「あ、ショーマ」

 「起きられましたね」

 廊下には既に姉妹が――同じく身支度を整えて――立っていた。

 照明はなく、月明りに照らされただけの廊下には俺たち三人しかいない。


 「寝すぎちゃったな」

 「そうですね」

 「今何時ぐらいなんだろ」

 言葉を交わしながら離れをでて渡り廊下へ。

 セレネの言葉があったからか、ふと庭を突っ切るそこの窓から月を見上げると、まだ東に分類されるだろう場所に半分のそれが浮かび上がっていた。

 「今からじゃ出られないか……」

 呟いてから、長に言うべき言葉を考える。

 ――明日の朝はすぐに出よう。流石にあまり長逗留するのはよろしくない。

 流石にこの時間に外に放り出すような真似はしないだろう。


 そんな事を考えながら本館に足を踏み入れると、どうにも妙な感じがした。

 「あれ、こっちも真っ暗だ」

 扉を開けた俺の後ろから本館の廊下を覗き込んだセレネの言葉。

 その通りに、人など住んでいないかのように静まり返り、本来ならば火が灯っているのだろう燭台は全てその役目を休んでいた。


 「もう皆さまお休みになられたのでしょうか」

 「何かあったのかな?」

 フレイの考えが正しいかどうかはまだ分からない。

 正確な時計のない状況のためあくまで主観だが、先程の月を見た感じだとどちらもあり得る時間帯だと思われる。つまり、早寝の習慣のある人なら既に床に入っていても不思議ではないぐらいの、そうでない人なら起きていても不思議ではないぐらいの。

 そんな状況であるため、俺たちは自然とそれ以上声を発さず、足音も極力立てないよう慎重に移動するようになった――ここの住人が先程で言えば前者である可能性を考えて。


 昼間案内された道を思い出す。

 不思議なもので、あれだけ眠かったのになんとなく大広間に戻る道順は覚えていた。

 「ん……」

 その道の途中、正確に言えばゴール直前で足を止める。

 行き先から人の声と、わずかな明かりが漏れている。


 「ねえ、これって……」

 「ええ……」

 姉妹が何かを言いたげに俺の方を見ている。

 彼女たちが言いたいことは、きっと俺と同じだろう。

 「……」

 改めて声に耳を澄ます。

 聞こえてくる声は二種類だ。一つは怒っているような、或いはパニックになっているような声。低いが、恐らく女性のもの。

 早口でまくし立てるそれを、もう一つ静かな声が諫める――これは男性、それも恐らく老人のもの。


 「どうする……?」

 自問自答する。

 入っていいような雰囲気とは思えないが、しかしだからと言って聞かなかったことにして戻るのはためらわれる。

 そうして動きを止めている間にも、二つの声は何かを言い合っている。

 かなり白熱している――特に女の声――ようで、言い合っているというより今にも飛び掛かりそうな片方をもう片方が説得しているように思える。


 そしてその声が女の声と老人の声であるというのが、引き返せない理由の一つだった。

 「「「……」」」

 改めて俺たちは顔を見合わせる。

 言い争っている女の声と老人の声。全員そのどちらも聞き覚えがある。

 前者がシェラさん。後者が長のそれだ。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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