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デンケ族5

 間抜けは間抜け。

 だが、眼はちゃんと映像を見せてくれたのでよしとしよう。


 今のところ、奴らはまだデンケ族を自称する集団であるという事以外には分からない。

 いくつか不自然な点はあるが、あくまで不自然というだけでそれ以上の何かがある訳でもない。

 「……」

 目の前にそびえ立つ赤い屋根と白い壁の建物=マルクおばさんの家=レジスタンスの拠点を仰ぎ見る。

 流石に中に入り込んでという訳にはいかない――できればそうしたいところだが。

 中の間取りは既に分かっている。裏口から入り込み、ボロボロのテーブルが置かれたリビングを抜けた階段の突き当りに抜け穴。


 ――そう、“ボロボロのテーブルが置かれたリビング”を抜けて、だ。

 今見ていた映像の情報が事実なら、当時は家具の他に食品や衣服まで売買が制限されていた。

 この区画を閉鎖し、経済活動もごく限定されたものにする。その目的は不明だが、ここの連中への兵糧攻めが行われていたのは事実のようだ。


 だとすると、その後がおかしい。


 「長と子供達……それに女中」

 口の中にリストアップしていく怪しい点。

 この家から伸びた地下道の先にあった族長の家では、大所帯にもかかわらずあまり大きなダメージを受けている様子はなかった。

 それが貧富の差というものか。そう言ってしまえばそれまでだが、食料すら満足に手に入らなくなっている状況で、奴が見ても大事にされていると思える程の状況で子供たちが育てられていたという点は気になるところだ。

 シェラの話を信じるならあの子供達は孤児だという。孤児を複数預かり、女中を複数雇っている族長は、たしかに経済的に困窮はしていないのだろう。


 だが、どうして?


 客人に振舞う茶や食事が用意できて、衣服に関しても「服一枚買うのに黄金みたいな値段」というマルクおばさんとやらの言葉を前提にするとかなりあの家だけ富の集中が激しいことになる。


 食料に関しては長自身が説明していたようにサーベルウルフ狩りで調達できるのならば少なくとも飢え死には避けられるだろうが、それ以外にも色々余裕のある生活に思える――少なくとも、あの会食が行われた部屋はマルクおばさんのそれよりもみすぼらしい調度品という訳ではなかった。


 「狼の肉……ねぇ」

 すこし脇道へ。

 サーベルウルフについての知識は仕込まれている。奴の説明していた内容で大体あっているし、この辺りも環境的に生息していてもおかしくない。

 だが、なんとなく気になる。

 狼の肉――それがなんの話だったか忘れたが、こちらの世界に来る前、狼の肉に関する話を聞いたことがあるような気がする。


 「何だったかな……。まあいい」

 目の前の問題に頭を切り替える。

 族長の経済状況に関して、考えられる可能性はいくつかある。


 仮説1:単純に大金持ちである。

 一番身も蓋もないと言えばそうだが、普通なら一番現実味のある答えな気もする。

 デンケ族――或いはそう名乗っているこいつらの経済観念は不明だが、年長者や指導者を社会全体で敬うという文化は決して珍しいものではない。

 或いは単に彼らがあの状況でも十分な収益を上げる事業を展開していたかだ。こちらに関しては判断する材料がないので何とも言えないが、領主が本気で締め上げようとするのならその辺も調査して対応すると考えるのが普通だろう。少なくともそれが第二次、第三次産業である場合は取引停止などの処置を講じると考えるのが自然だ。


 仮説2:富の一極集中が起こる社会であった。

 構成員の賛同が得られるか否かは別として、そうであればあの家だけが無事である理由も頷ける。

 もし仮説1で挙げたなんらかの収益事業を持っていたとしても、それを独占していたか、或いはそれを行えるのが彼らだけだった場合はこちらになるだろう。


 仮説3:外部の支援者が存在する。

 シェラのように外部に出ている者という意味ではなく、本当に外部から引き込んだ――或いは協力を取り付けた――何者かが支援をしていたという可能性。

 直感的には今の時点で一番あり得そうな話ではある。

 一つ目にあの間抜けや、それを引きずり込んだあのギルド職員のように善意で協力しているつもりの人間を味方につける事。有産階級にそういうパトロンを見つけることが出来ればまとまった額の支援も受けられるだろう。


 二つ目に支援者に何らかの利益があって支援している場合。

 例えば内部で不和が起こっている時に数で劣る側を支援して争いを長引かせ、双方を弱体化させる。或いは支援した側が勝利=恐らく現状はこの状態だ――した際にその支援を理由に傀儡化する。そんなところか。


 つまり、この地への侵略の意図を持って行われる工作の一環として。

 現に、衛兵に対して事実上の治外法権を獲得しているこいつらを傀儡にできるのだとすれば、これほど好都合なことはない。


 「まあ、いずれにせよ――」

 そこまで考えて思考を打ち切る。

 あくまでこれらは仮説だ。

 「実際に調べてみるしかない……か」

 小さくため息を一つつく。とりあえず今は奴らが驚いていたカムフラージュされた地下道の入り口がまだ動くかどうかを確かめてみよう。もし入り込むことが出来るなら、そこからあの地下道を調査できる。


 「たしかこの辺だな」

 埋められていた石柱の近くの山肌を調べてみる。

 先程まで見ていた映像は間違いなくこの辺りだが、触った感触は一切継ぎ目のない地面そのもので、隙間のようなものも見当たらない。

 ただ単に見つからないだけか、或いは埋められてしまったのか――そんなことを考えながら手を土の上に這わせ続ける。

 「ないな……」

 考えられる場所はあらかた探し、それら全てが空振りだったことを確認したのと、後ろで隠す気のない足音――と敵意――を感じるのは同時だった。


 「ッ!」

 咄嗟に振り返った先:警戒の色を露にした男が三人。


 「よう姉ちゃん」

 そのうち真ん中の人物が口を開く――露骨な警戒……というより敵意。

 「何してんだ人の家の裏で」

 どろりとした六つの視線が私をスキャンする様に注視している。

 「……気にしないでくれ。ただ探し物をしていただけだ」

 答えながら相手の様子をうかがう。

 最初の一人=上着のポケットに膨らみ――恐らく刃物。

 その右=股間の前にぶら下げたダガー。

 一番左=目に見える凶器はなし。ただし最もガタイがよく、最も目つきが鋭い――暗器の可能性は否定できない。


 距離はまだある。ナイフも抜刀も届かない。


 「ふぅん……探し物ね」

 三人がそれぞれ目を合わせ、それから口元だけで笑う――敵意を増幅させただけ。

 ――それを認めた同時にこちらは左手を刀にかけておく。


 「ここは私有地だったのか?だったら申し訳ない。すぐに離れる――」

 「いやいやいや、ちょっと待て」

 一番右、ダガーの奴が口を挟む。

 下からすくい上げるような目線でこちらを見ている。

 ――ああ、面倒だ。


 「何か?」

 「あまり人の家の周りを嗅ぎまわるってのはさ、行儀がよくねえだろ。え?」

 徐々に距離を詰めようとする三人――その動きが唐突に止まった。


 「何かあったのですか?」

 三人の背後から聞き覚えのある――そしてそれを追ってここまで来た――声がした。

 三人が振り返る。その動きでよく似た声の他人ではないことが証明される。

 「スイ……」

 「メリルさん!?」

 追ってきた少年との、ごろつき風の三人組を挟んだ形での再会だった。


(つづく)

今日も短め

続きは明日に

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