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最初の一歩7

 「まあ、とりあえず帰った方がいいな。君一人でうろつくのは危険だ」

 照れ隠しを兼ねてそう結ぶと、少年は素直にうなずいた。

 「そうですね。そうします」

 「帰り道は分かるか?」

 「ええ、大丈夫です。本当に、本当にありがとうございました」

 エリートらしいしっかりとした所作で深々と頭を下げると、彼は私が来たのとは反対の側に向かって歩き出した。


 その背中を見送って、小さく息をつく。

 「さて、これで片付いた」

 誰にも聞こえないように呟いて振り返ると、先程までと同様に岩の上に通話相手が浮かび上がっていた。

 私以外にこの光景が見えるのかは不明だが、仮に見えなかったとしてもそれはそれで私が何もない空間に一人で話しかける危ないやつとして見られてしまう。


 「もう魔物はいないですよ」

 「ええ。ありがとうございました」

 先程の少年と同じように――と言うには趣が異なるが――頭を下げられて、なんとなく居心地が悪いような思いが込み上げてきた。


 柄にもないことをしてしまった。

 まあ仕方ない、成り行きという奴だ。あの少年が幸運に恵まれていたという事にしておこう。その幸運が帰り道も続くかどうかは彼次第だ。


 「で、私はこれからどうすれば?」

 「そうですね。この近くにアーミラという町があります。冒険者ギルドと呼ばれる斡旋組織の支部が置かれ、多くの冒険者が拠点としている町です。彼も恐らくそこを拠点としていたでしょうから、何かわかるかもしれません」

 アーミラという名前には聞き覚えがある。というか、さっき奴が自分で言っていた。

 幸い、ここからどう行くのかも頭に入っている。


 「了解。ではアーミラへ」

 通信終了。踵を返して歩き出す。

 それからしばらく歩いて、私は例の町の入り口にいた――少しばかり緊張して。


 「身分が証明できるものを」

 関所となっている町の入り口で衛兵に呼び止められる。

 「あ、ああ……身分証明、身分証明ね――」

 何を出すべきなのかは分かっている。

 ――大丈夫だ。信じろ。あれは神が作ったものだ。


 「えっと……、これ」

 記入にも漏れはないはずだ。

 「武器類携行許可証ね……」

 受け取った衛兵がしげしげと眺める。

 嫌な沈黙。堂々としていろと自分に言い聞かせる。


 「名前は……メリル・アーンベリアさん?」

 「え、ええ。そう」

 適当につけた偽名。

 メリーでもいいかとも思ったが、奴に接近する過程でこちらの正体がばれてしまって対策を立てられては困る。

 故に数秒で考えた、本名をもじった名前+ここに来る途中ですれ違った行商人たちの話に出てきた地名をもじった苗字を無記名の武器類携行許可証に記入済みだ。

 まあ、苗字の方はこの世界ではめったに名乗ることはない。名前もそうそう珍しいものではない。だから大丈夫。きっと大丈夫だ。


 「はい。結構です。ようこそアーミラへ」

 その言葉を聞いた時、思わずもう少しで安堵のため息を漏らすところだった。


 関所を突破し町の中へ――心なしか足が速くなる。

 時刻は昼を少し超えていて、町は活気に満ちている。

 その活気の中心地=市場の方へ足を向け、何を買うでもなくぶらぶらと一通り冷やかして歩く。


 何も観光気分という訳ではない。

 こうして市場を見ればこの辺りの経済状況が把握できる――便利なインプット済みの知識。


 それから市場を抜けて、中心地から少し離れた場所にあるアーデン商会のアーミラ支店へ。宝石や貴金属の販売買取をやっている中では、この町で一番大きな店だ。

 国中に支店を持つアーデン商会である。あまりアコギな商売は出来ない――他の店と比べれば、の範囲ではあるが。


 「いらっしゃいませ」

 入り口前に張り出された主要貴金属と宝石のレートは最新のものに更新されている。

 「どういったご用向きでしょう?」

 「買い取って頂きたいものが」

 カウンターの前に行き、担当者に話して棺から取り出した宝玉を置くと、爆発物でも扱うかのような慎重さでそれを受け取った担当者の後ろから、分厚い眼鏡をかけた老人が現れてそれを受け取った。


 「鑑定させていただきます。少々お待ちください」

 それから数分、老人がこれまた核弾頭でも扱っているかと思うほど丁寧にカウンターにその宝玉を戻した。


 「お客様、こちらをどこで?」

 私をこっちに呼んだ神様がくれました――とは言えない。

 とりあえず適当な話をでっちあげる。

 「以前の仕事先で、さるお方の護衛を任されまして、これはその報酬代わりに頂きました」

 「成程、成程……。差し支えなければその方のお名前を頂けますかな」

 「申し訳ありません。護衛を必要とされるお立場の方ですので……」

 怪しまれたか?一瞬浮かんだ疑念はしかし、すぐに立ち消えた。


 「成程それは道理ですな。あ、いや失礼いたしました。珍しいものでしたもので」

 この赤いガラス玉のようなものが珍しいらしい。よく見ると特別宝石の類に詳しいわけでもない私でも分かるぐらいに安っぽいのだが。


 「この大きさの紅鳥石(こうちょういし)は珍しいものですので、その辺を加味いたしまして……こちらのお値段でいかがでしょう?」

 老人と何か耳打ちをしたカウンター担当者が買取金額を提示してくる。

 インプット済みの記憶と照合。適正レートぎりぎりの安値。やはりプロの目で見ればそれぐらいの代物か。

 ――だが、少し交渉の余地はある。


 「うーん……もう少しお願いできないかしら。これから色々用意しなきゃいけないのですけど」

 担当者は私を冒険者だと考えている――そう見えるように振舞ってきたし、このいで立ちを見てもそう不審がらないだろう。

 「そうですね……それでは今後ごひいきにしていただけるのであれば……これでいかがでしょう?」

 多少の改善。まあ十分か。

 「ありがとうございます。それでお願いします」

 取引成立。


 そしてこの交渉の代償をこれから支払う。

 「こちらで金板は扱っています?」

 「はい。各種お取り扱いがございます」

 金板とはこの世界に流通している純金の板だ。

 この世界でもインゴットの大きさについては規定されているが、流石に冒険者が金塊を持ち歩く訳にはいかないし、かといってジャラジャラ金を持ち歩くのも不用心だ。


 このため、代わりにそれより小さい板状の金に換えることがある。それが金板という代物だ。

ものが小さく、しかし高価で価格が安定しているものであるため、貸金庫は使えないもののそれなりの額を手にした冒険者はこの形で隠し財産をこしらえることが多い。


 宝石としては安いとはいえ、この町の物価で考えれば十分すぎる程の大金だ。そして冒険者はまとまった資金の一部を金板に換える。で、その取引をここで行う。この手の商品で混ぜ物なしの本物を手に入れたければ名前の通った商会を使うのがセオリーだ。それを期待して奴は交渉に応じたのだろう――それでなお損をしない買取価格を正確に弾き出して。


 「ならハルフ金を二枚とクオット金を二枚ください」

 レート表を見ながら注文する。

 このレートも適正なものだ。流石に大きい商会となればその辺は安心できる。

 「では、ご確認ください」

 担当者が天秤と共に注文の品を持ってきて一つずつ計量する――その前に天秤本体と置かれたテーブルの水平を確かめさせてもらった。


 「ありがとうございました。今後とも是非ごひいきに」

 店を後にして、その後は町はずれの宿屋『居眠りどら猫亭』に部屋を取っておく。

 もう二軒宿屋があるそうだが、部屋が取りやすいのはこちらだ。

 それから市場に戻り旅装一式を揃える。流石に日用品や消耗品はこちらの方が安い。


 そうこうして一通りが済んだ頃には、既に空はオレンジ色に変わり、人々も長くなった影を引き連れて市場から去り始めていた。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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