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デンケ族2☆

 「連中、まだそんなことを……」

 シェラさんの声がうなり声のように響く。

 「最近じゃ、食料や日用品までそんな有様さ、服一枚買うのに黄金みたいな値段がしやがる」

 「あの、それって……」

 事態がまだ飲み込めない――というより信じられないのだろう、フレイが少しためらいがちに尋ねると、シェラさんが訳を話してくれた。


 「デンケ族はこの町では自由に商取引をしちゃいけないことになっていてね。町が認めた商人から、認められた商品だけを買うことが出来る。……と言っても、その値段は向こうの言い値だ。その上、我々が東側……つまりここ以外のバスティオの街中で商売をするには厳しい制約と重い税金が課されて、満足な儲けなんて期待できない」

 その説明の続きを引き受けたのはより詳しい、つまりよりその被害を受けているだろうマルクおばさんだった。

 「最初にこの方法を考えたのは衛兵隊長のギリガンだって話だよ。奴は徴税の役人や市場の監督官と結託して、自分たちの息のかかった商人とだけ取引させることで私腹を肥やそうってのさ」


 そう言って、おばさんはやるせないという思いを全身で表すかのように肩を落とした。

 無茶苦茶な理屈だ。いや、理屈なんて言っていいようなものではない。

 誰もが無言になった。

 静かな室内に、火にかけられた鍋がカタカタと音を立てているのだけが響く。


 不意に、妙な臭いが漂ってきた。

 「ん……?」

 どうやら俺の気のせいではないらしい。フレイもセレネもお互いにそれを感じ取っている。怪訝そうに眉をひそめたのがその何よりの証だ。


 臭い:一言で言えば公衆便所のような臭い。


 アンモニア臭といってすぐにイメージできるような臭いが鼻腔に突き刺さってくる。

 「あっ!そうだった、そうだった!」

 そこで臭いに気が付いたのか、マルクおばさんが――暗い空気を切り替えるように努めて明るく――声を上げて俺たちの横をすり抜け、火にかけられた鍋の方にパタパタと駆け寄っていく。

 「これを火にかけていたんだった。嫌だねもう年を取ると忘れっぽくて」

 おばさんはそう言いながら笑って鍋の中を確認すると火加減を調節するため屈みこんだ――消すという訳ではないらしい。


 「あれは薬だよ」

 シェラさんがそっと教えてくれる。

 「この辺で広く使われている薬草のようなものだ。悩みが多いと不眠に悩まされるらしくてね」

 薬草のようなもの。自らのその発言で、自分が何のためにあの危険な地下道を抜けてきたのかを思い出したようだった。

 ――正直、俺たちも彼女のその言葉で思い出した。


 「そうだった。おばさん、私たちももう行くよ。長の所に顔を出してくる」

 「ああ、ちょっと待ちな」

 おばさんは言いながら、余り近づきたくない台所から先程までと同じ身軽さでこちらにひょいと寄ってきた。

 「このところ、衛兵どもがやたら巡回しているからね。外から行くのはやめときな」

 そこまで言って俺たちを一瞥。

 「特にあんたらは外の人だ。衛兵どもが一層怪しがるだろうからね」

 そう言いながらリビングの方へ――ついてこいと背中が示している。

 ボロボロのテーブルをよけて部屋を出てすぐの廊下を左へ。その突き当りにある小さな扉を開くと、その先に広がっていた小さな物置に俺たちを詰め込んだ――自身を先頭にして。


 「長の家なら、ここからすぐさ」

 そう言いながら置かれている荷物や、何かを入れていたのだろう瓶をどかしてスペースを作ると、ポケットから出した鍵束のうちの一つを床に突然現れた鍵穴に突っ込んだ。

 「よっ……と」

 「「「おおっ」」」

 声を上げた俺たち三人。見慣れているのだろう黙って見届けるシェラさん。

 本日二度目の秘密の地下通路は、ぽっかり大きな口を開けて、急な階段をその奥の闇の中に飲み込んでいた。


 「ちょっと待っていておくれ。今火を持ってくるからね」

 そう言って物置に置かれていた――その割に周りの品々と異なり埃をかぶっていないランタンを取り上げると、来た道を戻っていく。

 「凄い……」

 穴を覗き込みながらセレネが呟く。全く同感。

 「一体、ここは……?」

 「……私たちだって、ただ黙ってやられているばかりじゃないさ」

 シェラさんがそう言うと、準備が出来たことを示す足音が背後から近寄ってきた。

 「表立っての商売は出来なくとも、それですぐ諦めて死ねるほど私たちは絶望もしていないよ。だから外から調達と情報収集を行う者がいるのさ。シェラや……以前の私のような、ね」

 そう言ったマルクおばさんの眼がきらりと光ったように思えたのは、手に持ったランタンのためだけではないだろう。


 「ここはそういう連中のための拠点さ。あの地下道を隠して、かつ長の家に通じている地下通路を管理するための我々レジスタンスの隠れ家だよ」

 そこで言葉を区切り、俺たちの間をすり抜けるマルクおばさん。

 慣れた手つきでランタンを扉の裏側につけられたフックに吊るすと、それで階段を包んでいる闇が少しだけ後退する。


 「さ、行きな。中では大声出すんじゃないよ」

 道案内のシェラさんが先頭に、あとを俺たちが続く。

 「本当にありがとう。協力に感謝するよ」

 俺たち全員が入ったところで、背後からそう声をかけられた。

 反射的に振り返った先には閉めようとする扉の隙間からこちらを見ていたマルクおばさんがニッと笑ってウィンクしていた。


 「狭いからね。頭に注意して」

 ランタンを受け取ったシェラさんが進行方向を照らしながらそう呟く――マルクおばさんの言いつけ通り絞り切った声で。

 言われた通り、町に入る時に使った地下道に比べるとかなり狭い。あちらが地下施設といった感じだったのに、こちらは本当に地下に穴を掘っただけの道だ。

 身を屈めて穴の中を進み、ぶち当たった丁字を右へ。まもなく行くとどうやら道を間違えたらしい、クロスした筋交いの入った壁が前に現れた。


 「あ……」

 思わず声を漏らし、慌てて口を閉じるが、もう遅い。

 残念。こっちは間違えた道だと表しているようにばってんを表す太い筋交いはその場の誰の眼にも見えている。

 「大丈夫だよ。ちょっと待って」

 どうやら漏れた声が聞こえてしまったらしい。シェラさんは苦笑交じりにそう言うとランタンを下ろして筋交いの交点に手を触れ、それから指先をセンサーにするようにその周囲に滑らせていく。


 「よし、ここだ」

 その交点の少し上、筋交いから外れた土の壁が、彼女の指センサーに反応したようだ。

 手がグーに握られてノックを二回、一拍置いて今度は三回。それが終わるとすぐに壁に口づけするぐらいに顔を近づける。

 「霧はいずれ晴れ、雨はやがて止む」


 まったくアニメや漫画を見ているような気分だった。

 その合言葉に応じてかすかに何かが外れる音がする。

 それと同時にシェラさんが壁に張り付くとそこがゴリゴリと音を立て、くるんと筋交いの交点を中心にした縦の線を軸に壁がシェラさんを飲み込んだ。

 どんでん返し。忍者屋敷なんかにあるあれが目の前で実際に披露されたのだという事に気づいたのは、もう一度、今度はわずかに動いたその壁の隙間からシェラさんの手がひらひらと動いてこちらを呼んでいるのが見えた時だった。


(つづく)

今日も短め

続きは明日に

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