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壁の町10

 触れていた足跡から手を放し、川の真ん中にあるこの岩から、もう半分進んだ先の陸地に目をやる。

 あの向こうの地下道で、随分壮絶な戦いをしていたようだ。


 「それにしても……」

 思わず声を漏らす。

 あの男、女の笑顔に敏感になりすぎる。

 そしてそれに対して簡単に好意を持ちすぎる。

 ――まあ、私の知る限り日本にいる時の奴はもてなかった。ある程度仕方がない事なのかもしれない。


 日本にいた時に怪しい壺やら絵画やら買わされてはいないだろうかなどと、妙な老婆心が頭をもたげる。

 ――あそこで起きていたという出来事のショックから頭を切り離す必要もあったからだが。


 死体置き場――というか捨て場と、そこに放り込まれた死体を貪り食らうモンスター。

 死体処理用に衛兵隊が配したというそれは、非業の死を遂げた者たちの死体を餌にして暮らしていた。


 衝撃的な事実。


 「だが……」

 今はなくなってしまった橋の代わりに、それが架けられていた岩から岩へと飛び移って対岸へ。

 気になる点がいくつかある。

 その悲惨で衝撃的な情報によって隠されてしまいそうな点が、よりはっきり言おう、不審な点がいくつか。


 対岸に渡って一本道を道なりに進むと、すぐに今まで見ていたものと同じ行き止まりに出くわした。

 「成程。行き止まりだな」

 過去のそれと同様に正面には何かを塗り固めたような壁がそびえ立ち、その横に骨組みだけになった廃屋が、その敷地を埋め尽くしている背の高い草の中に沈みながらぽつんと放置されている。

 そちらに足を踏み入れて、シェラとかいうあのデンケ族の女が開いていた入り口を探す。

 場所を見たのは一瞬だったが、それでもおおよその位置は見当がついている。

 「確か……」

 草をかき分け、土を払い、それらしい地面を物色。

 「よし、これだ」

 候補地を何度かあたって、ようやく地面に区切りを見つける。足跡の映像と同じような位置に取っ手のようなものを見つけるのはそれとほぼ同時だった。


 それから、あの女が映像の中でやっていたようにてこの原理で開けようと、適当な棒を拾って取っ手に手をかけ――施錠されているのを悟った。

 「塞がれている……?」

 地面に生まれた区切りの中を入念に探すが、土を払いのけ、地面に偽装したその蓋をさらけ出させても、どこにも鍵穴のようなものは見えない。どうやら内側からしか鍵がかからない仕様になっているようだ。

 「ふむ……入れないか……」

 内側からの封鎖。

 普段は使っていないのか。状況が変わって使う必要がなくなったのか。或いは本来は脱出用で、こちらからの進入は例外だったのか。

 いずれにせよ、実際に現場を調べることは出来なさそうだ。


 「仕方ないか……」

 開かない扉の前で時間を空費する必要もない。

 踵を返し、元の道へ戻る。幸い私は奴らと違い正当な手段で――その手段を手に入れた方法は正当とは言い切れないが――町に入ることが出来る。中で調査をすればいい。

 水車小屋の前の道に戻り、バスティオの方に目をやる。高い城壁の向こうに、背の高い建物や元々の立地の関係でここからでも見ることが出来る建造物はいくつかあるが、白い壁と赤い屋根という条件を満たすものはそこにはない。

 それを満たす建物の近くにあの地下道の出口が存在するはずだ――奴らが不要になって埋めていなければ。


 見たかったものは、そちら側の方が近い。

 つまり、奴らが地下道を脱出する時に使用したあのリフトだ。


 あそこは秘密の抜け穴とのことだった。

 つまり、隠しておく必要のある場所であって、当然ながら隠し物は小さい方が有利だ。

 そうなった時、あれほど大規模な立坑とそこを昇降する大型のリフトを用意しておくだろうか?

 それも、あの当時既に使われなくなっていたとはいえ、敵対しているはずの衛兵隊が死体を捨てていた場所に通じる道で、だ。


 そもそもあの抜け道自体、恐らくだが衛兵隊が放置した死体置き場を、放置されているという点に目をつけて利用しているに過ぎない場所なのだろう。

 だとしたら、あのミノタウロスが徘徊している場所でどうやってあれだけのものを造ることが出来たのか?


 もし最初からあのリフトも死体置き場の設備として用意されたものであったのなら、それを衛兵隊が監視していないという点に無理が生じる。

 いくら使用しなくなったとはいえ、誰でも自由に入っていい場所にはしておかないだろう。あのリフトの出入り口が町のどの辺に設置されているのかは不明だが、一般人が立ち入れるところであった場合何らかの対策は必要だ。少なくとも施錠しないなんてことはあり得ないだろう。


 そして次にあのリフトをデンケ族か、或いはその関係者が後から設置した可能性だが、それだと今度は先程挙げた問題にぶつかる。リフトといい、照明といい、あまりに整いすぎているのだ。


 更に言えば、それほど夥しい数の死体をあそこに捨て、ミノタウロスに食わせていたのであれば、何らかの痕跡が転がっている――或いはこびりついているはずだ。

クッキー代わりに骨もサクサクいったというなら死体の量が少ないのは分かるが、一度こびりついた腐臭というのは簡単に抜けるものではない。

 いつからあそこが死体捨て場として使用され、そしていつから使われなくなったのかは不明だが、沢山の死体が放置されていたのだとすれば何らかの臭いがこびりついていてもおかしくはない。


 だが、あそこに入った連中がそれを腐臭だと認識した様子はなかった。なんとなく妙な臭いがするぐらいの認識でしかなかったのだ。

 何らかの処理を施したのか、使われていた期間が短く、投入された死体がごく少数ですぐにミノタウロスが完食したのか、或いは何か別の理由か。


 どれかは今の段階では分からないが、一つ言えることがある。

 つまりあそこには、最初から腐った臭いがするようなものがなかったか、極めて少なかった可能性がある。


 だとすればなぜ、シェラはあんな説明をしたのか?

 そして今の状況=デンケ族が衛兵に対してデカい態度を取り、人を拉致した挙句訪ねてきた衛兵を剣幕で追い返すような真似ができることに何か関係があるのか?


 そこで一度思考を中断。

 城壁の前、空堀を挟んで設置された馬防柵の中に設置されている関所が、ちょうど受付を開始するのに間に合った。

 ――城門前に行商人らしき面影はない。やはり、昨夜の連中は出鱈目を言っていた。

 「さて……」

 気を引き締める。ここを越え、空堀を渡って城壁に入ればそこはもうバスティオだ。

 鬼が出るか蛇が出るか。


 「珍しいね。この町に冒険者とは……」

 ギルド証を見せると、担当した衛兵は審査担当の衛兵にそれを渡してそう言いながら持ち物をチェックする。

 と言っても疑われるようなものはなにもない。


 「バスティオには依頼で?」

 「あ……いえ、ここに来ているという知り合いに用があって」

 そう答えると衛兵の眼が仕事のそれに代わるのを一瞬見た。

 ――そしてすぐに元に戻った。心なしかやるせなさそうに。


 「……その知り合いというのは?」

 「同じ冒険者です。少し前にこちらに向かったと聞いたのですが」

 嘘ではない――少なくともこの答えは。

 それは彼にも分かったのか、すこし安堵した様子の表情に変わって異常なしとして担当者が手渡したギルド証を返してくれた。

 その瞬間には、既に元の眼に戻っていた。


 直感:デンケ族の関係者ではないことを知って安堵している。


 「はい。結構です。ようこそバスティオへ」

 道を開けてから、他に誰もいないことを素早く確認すると、小さく、しかし伝わる声での忠告が耳に響いた。

 「……町の西側、橋の向こう側へは行かない方がいい。あそこでは俺たちも手を出せないからな」


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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