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壁の町5☆

 旧市場でシェラと名乗った依頼人と合流してから、俺たちは一日中歩き続けて、その日の夕方にはラチェの町に入っていた。

 宿を取り、夕食を宿の一階で済ませる。


 その時も、シェラさんは俺たちと共にいた。

 「今回は本当にありがとう。この調子なら、明日の昼にはバスティオに入れるはずだ」

 そう言ってから、彼女は声を潜めて続きを話し始める。

 「出発前の話を覚えている?」

 出発前の話――バスティオの城門に向かう道の途中にある大石柱からわき道に入るというその話。

 「ええ。覚えています」

 具体的な中身を言うことを避けてただそれだけ答える。

 ――彼女の言っているのが道順だけではないことも含めて記憶はしっかりと残っている。


 出発前の打ち合わせの際、彼女はその抜け道のことを話し、そしてなぜそこに俺たちが必要なのかをその後付け加えた。


 「……よろしく頼む」

 「任せてください!」

 元気よく返事を返したのは俺――の隣のセレネだった。

 その彼女に、シェラさんは少し驚いた様子を見せたが、すぐに顔をほころばせて彼女の自信のある顔を見た。

 「フフ、期待しているよ。魔術師さん」

 そうだ。明日通る予定の抜け道では彼女の魔術師としての能力を必要とする。

 いや、彼女だけではない。その隣にいる姉フレイも――そして魔術師ではないが俺も。


 抜け道には魔物が現れる。ただの――と言っていいのかは分からないが――密輸に戦闘能力を求められたのはそれが大きな理由だったと出発前に聞かされた。

 だが、それで引き返すつもりはなかった。

 窮地に立たされているデンケ族、そしてその抜け道の事情を話すときのシェラさんの不安そうな、そしていたたまれない表情を見て手を引くという選択はどうしてもできない気がした。


 そしてその気持ちは俺以外の二人も共通だったようだ。


 「必ずバスティオに帰りましょう!」

 シェラさんの言葉にフレイが頷いて応える。彼女にしては珍しいぐらいに強い意志を感じる表現だった。


 バスティオは複雑な歴史を抱えた土地だという。

 今回の話を持ってきたあの男に聞いた話によれば、元々デンケ族が暮らしていたところにこの国の人間が踏み込んでいき、彼らを併合の名のもとに支配下に置いたのだという。


 俺には歴史は分からないし、政治も分からない。

 フレイもセレネも、昔話に聞いた程度だそうだった。

 もしかしたらバスティオ側にも何か理由があるのかもしれないし、領主はそれを主張するかもしれない。


 だがそれでも、デンケ族を迫害する理由にはならない。


 早朝の打ち合わせの後、俺たちが確かめ合った事実=俺たちにできることをしたい――それは三人共通の答えだった。


 食事を終え、明日の支度を整えて早めにベッドに入る。

 「いよいよ明日ですね……」

 隣のベッドからフレイの声。緊張しているのか、それとも興奮しているのか。

 「そうだな……」

 「シェラさんと三人で、絶対バスティオに入ろうね!」

 更にはっきりとした声でセレネが加わる。

 「……ああ!」

 答えながら、ベッドのわきに立てかけたラットスロンに目をやる。

 今は鞘に納められているその弱き者のための剣は、ランタンの光を柄頭で鈍く照り返している――「任せておけ」と言っているように思えるのは、俺の思い込みだろうか。


 今回のことは誰も知らない。

 決して表沙汰にならない、秘密の依頼だ。

 誰に知られることもない。誰に称えられることもない。

 アベル達がドラゴンを倒し、今は“神器の中の神器”賢者の石の伝説を追って他の連中から称えられている間にそれは行われ、そして終わる。

 ――少し悔しい気がするが、まあ、いいさ。


 翌朝、いつも以上にはっきりと目を覚ました俺たちはすぐに身支度を整えて、三人にシェラさんを加え、城門が開くと同時にバスティオに向かいデンケ川を遡った。

 川沿いの道はなだらかな上り坂で、時折平坦になってはまた思い出したようになだらかに上り坂になっていてを繰り返している。

 その繰り返しを続けて、目印の大石柱を発見したのは、まだ昼には少し早いぐらいの時間だった。


 「あれは……」

 最初に見つけたフレイの指がさす方向に目を向けると、確かに大石柱と言えば他に思い浮かばないような高い石柱が空に向かって真っすぐと聳えているのが目に入ってきた。

 「ああ、あれだ」

 そしてその見立てが間違いではないという事は、すぐにシェラさんが認めた。

 雑木林の中の切り拓かれた一角にそびえ立つ、巨大な六角形の石柱。周囲の木々よりも高いように思えるそのモニュメントは、日時計のように雲一つない爽やかな朝日を受けて、地面に濃い影を一筋描いている。


 「帰ってきたな……やっと」

 その影の先端から根本へ、そしてその本体の頂上へと視線を移しながらのシェラさんの声は、安堵する様にも、慰めるようにも聞こえた。

 「これは一体……」

 同じものを見ながら俺たちの頭にあった疑問をフレイが代表して口にすると、シェラさんは――どこか嬉しそうに――説明してくれた。


 「これは私たちデンケ族に古くから伝わる祭壇だよ。デンケ族には、その昔異民族に追われてこの地までやってきた私たちの祖先が、その旅の途中、森の中で道に迷ったときに、哀れに思った森の魔女が『明日の日の出から東に進み、日が真南に来た時に出会った石柱に捧げものをせよ』とお告げをくれた。先祖たちが言われた通りにすると、その石柱が瞬く間に白馬に跨った騎士に姿を変えて、先祖たちを先導し、その日のうちに森から抜け出して、異民族の追っ手から逃れることが出来たという言い伝えがあってね。それ以降、村落や各家庭でそれぞれの守り神としてその言い伝えの石柱を模した石柱を建てて、何代もの間崇めていたんだ」


 その説明を聞いてもう一度石柱を見上げる。

 六角形のそれは、よく見ると確かに長い時間ここでこうしているのだろうと思わせるほどに所々劣化しているのが分かった。

 「迫害が始まる前は、先祖代々受け継いだ石柱をどの家でも祀っていたのだけど……」

 最後の方は聞き取れなかった。

 だが、聞き返す気にはなれなかった。

 もう一度石柱を見る。ボロボロになっているそれは、誰も見向きもしなくなっても、道の端にぽつんと放置されていた。


 「さ、話はともかく、こっちだ」

 その空気を変えようと、努めて明るい声を出したのはシェラさんだった。

 俺たちもその彼女の努力に協力して後に続く。


 果たして旧市場での話通り、石柱からすぐ近くの水車小屋の隣に、川の対岸に渡るための橋がかけられていた。

 橋――と言っても、川の中に点在する石をいかだのように丸太を数本束ねただけのもので繋いだだけの粗末なそれは、川の上という立地故か湿っていて、気を付けないと滑って落ちそうな代物だった。


 「気を付けてくれ」

 先頭を行くシェラさんは随分と軽々行ってしまったが。

 「こっちだ」

 渡り切った先で待っていた彼女の後に続く。

 細い道が少し川から離れるように進み、それも周囲の茂みや山肌に挟まれて、川が見えなくなる場所で行き止まりにぶち当たった。


 「ん……?」

 「どうした?」

 その行き止まり=石かアスファルトのような何かで固められた壁を凝視しているセレネに気づいて声をかけると、彼女はふらふらとその壁に近づいて手を触れる。

 「これ……なんか変だよ」

 「へえ、鋭いな」

 横で声を上げたのはシェラさんだった。

 言いながら道の横に打ち捨てられた木造の小屋の残骸――というか骨組みだけが辛うじて残っている空間に足を踏み入れて何かを探している。

 「そこに本来の入り口があったのさ。今では塞がれているけど、私たちレジスタンスが掘った抜け道がこの辺に……っと、あった!」

 そう言って地面に屈みこみ、横の廃墟から適当な木の棒を拾い上げると、それをてこにするようにして地面に突き立てて、すぐに畳一畳ほどの板を持ち上げた。


 「さ、こっちだ。ここからは、あなた方にお願いしたい」


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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