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最初の一歩5☆

 「えっ……抜けた……?」

 おかしな話だが、自分で抜いておきながら――そして都合の良いイメージもしておきながら――本当に抜けるとは思っていなかった。


 だが実際に今手の中にある剣は、間違いなく目の前の岩から引き抜いたものだ。


 「抜けた……な」

 ほとんど重さを感じないその剣を持ち上げ、切っ先を空に向ける。

 ちょうど切っ先と重なって見える太陽の光が、黒い刃を陰の黒さに変えて、その周りを覆うようにまとわりついている。


 「……」

 ぽかんと、その剣を見上げる。

 黒く、まっすぐの刃が天を指し、その切っ先が太陽に重なる。

 静かな、剣と俺だけの世界に声が響いたのは、そんな状況でだった。


 「遂にこの時代に剣を抜く者が現れたか」

 「!?」

 驚いて声の方へと振り返る。

 先程まで剣が刺さっていた岩の上に、岩を下半身の代わりにするように腰から上の人物が幽霊のように浮かび上がっている。


 「……?」

 脳の理解力を超えたその現象に思わず黙って凝視するが、相手はそんな俺のことなどお構いなしと言わんばかりにその顔をこちらに向けてにっこりとほほ笑んだ。

 「女の人……?」

 「私は秘封の女神。人間よ。あなたはその剣の封印を解きました」

 ローブをまとったその女性は、不思議なエコーのかかった声で俺にそう語りかける。


 「その剣の名は聖剣ラットスロン。古き時代の英雄が人々を守るために振るった“弱き者のための剣”」

 「弱き者のための剣?」

 オウム返しにそう尋ねる俺に、秘封の女神と名乗ったその影は小さくうなずいて、ローブの下から細い手を俺に伸ばす。


 「あなたには秘封破りの力が備わっている。この剣を手に取れたことがその何よりの証拠」

 「秘封破り?そんなスキル聞いたことが……」

 この世界において、個人の有する特殊能力はすべてスキルという形で明文化されている。

 冒険者ギルドの受付などで、自分にどういう能力があるか=スキルを所持しているかを調べることができるが、秘封破りなどというスキルは見たことも聞いたこともなかった。

 ――もっとも、俺の場合他のスキルも同様に存在しなかったのだが。


 そしてそんな俺の反応など見越していたかのように、秘封の女神は特に反応を見せることなく言葉を続ける。

 「無理もありません。秘封破りは極めて特殊なスキルです。通常の方法では発見することはできません。ちょうど今あなたがそうしているように、秘封の対象となっている物に触れることで初めて、その能力の有無がわかります」


 にわかには信じられない――そんな俺の思いもまた、見抜かれていたようだ。

 「秘封とは古き大魔術の一つ。選ばれたものにしか扱えぬ神器と呼ばれる道具の相応しい持ち主を選定し、その秘封を破れる者、即ち神器を扱える素質を持った者が神器の力を引き出せるように施されたもの。神器であるその剣を抜けたあなたは、即ちその剣の秘封を破り、力を引き出せるということです。試しにいくらか振ってみれば、それを理解できるでしょう」


 「は、はあ……」

 と言われても、どうにも信用できない。

 が、まあものは試しだ。ダメもとで剣を振り上げる。


 「え……?」

 何が起きたのか、自分の腕のことなのに理解ができなかった。

 俺はこれまで剣など振ったことがなかった。故にその振り方も、何が正しいのかなど分りもしない。

 ただ記憶を頼りに適当に振り上げ、振り下ろそうと思っただけだ。

 そう、思っただけだった。


 だがその瞬間には、つまり振り下ろそうと考えた瞬間には、既に鋭い風切り音を残して、剣はその切っ先を地面に向けていた。


 「な……、いつの間に」

 「それが神器の能力です」

 女神がそういうと、ふわりと海風が流れ込んできて、付近の草や落ちてきた崖に生えた木々をガサガサと揺らす。

 「まぐれではないことを確かめましょう。上を見て」

 言われた通り見上げた先には今の風で舞い落ちてきた三枚の葉。

 「その葉っぱを斬ってください」


 葉っぱを斬る。ふわふわと風に揺られて、動きの読めない三枚のそれらを。

 普通に考えて狙ってできるようなものではない。

 だが――


 「!!」

 ひらひら動くそれらを捕捉し、それを斬ると意識した瞬間、またしても体が勝手に動いた。

 それも腕だけではなく、体全体が、重力や慣性から切り離されたように、全く何の重みも感じずに。


 「これでお判りいただけましたか?」

 六枚になった葉っぱがひらひらと落ちていくのを見下ろしながら俺は女神の声を聴いていた。

 「すごい……」

 他人事のような感想。

 自分でも自分のしたことを実感できない。

 そんな俺の正直な感想はしっかりと女神にも伝わっていたのだろう。

 「驚かれるのも無理はありません。ですがあなたは剣の秘封を破り、その力を引き出した。その剣には使い手が本来持っている力を最大限に引き出すことが出来ます。剣自体に宿った神聖な力をそこに加えれば、このようなことは造作もないでしょう」


 「俺の……本来持っている力……?」

 自分でも理解していなかったもの。

 これまで得意なスポーツもなく、運動全般に大した興味もなかった俺が、こんな達人のような真似ができるのはにわかには信じがたかった。

 「秘封破りは誰にでも出来るものではありません。他のスキルと同様に生まれ持った性質であり、言ってしまえば神器という鍵穴に合う鍵だったという事です。神器の秘封を破ったという事は、即ち神器があなたに共鳴し、あなたを持ち主として認めたという事。そして神器に認められるという事は、神器に込められた力を自らのものとして振るえるという事でもあります。今のあなたはその剣と一心同体、あえて言えば半神半人に近いでしょうか」


 なんかすごい話になってきた。

 「そんな……でも……、でも俺……」

 正直実感がわかない。

 それどころか、俺なんかがそんなすごいものを手に入れてしまってよいのか。一種の後悔や不安をも感じている。


 「俺は……どうすれば……?」

 手に入れて早々持て余してしまった。

 まあ落ち着いて――そんな調子を感じる声が返ってきた。

 「私から言えることは、その剣を生涯にわたって大切に扱ってもらいたいという事だけです。何かをなせとも、何かで名を遺せとも申しません。ただ、その剣に相応しい持ち主であれば、剣はいつまでもあなたと共にあるでしょう」


 明確な答えのような、そうでないような。

 つまり、ただ俺は剣を拾っただけ――という事なのだろうか。たまたますさまじい力を秘めた剣を?


 「それでは、行ってください。その剣に相応しき者でありますように」

 それを最後に、女神はうっすらと靄のようにぼやけ、そして消えていった。

 「あっ!あの……っ」

 しかし今回は答えてはくれなかった。

 俺の声が途切れた後に残ったのは、ただかすかに波の音と風に流れる木々の音だけ。

 女神は消え、俺と俺の新たな剣――それと、先程まで女神がいた岩の上に残された剣の鞘だけ。


 「……」

 この剣に相応しい者。弱き者のための剣に相応しい者。

 それがなんなのかは分からない。

 「とりあえず、帰るか」

 だが、少なくともここで腐っているのが相応しい行動だとは思えない。

 ――そう考えられるぐらいには、それまで抱え込んでいたものが小さく思えるようになっただけ、幸運だったと思うべきだろう。


 こちらに来た時にぼんやり望んでいた展開が今ようやく叶ったのだ。帰る道すがらそれを徐々に実感していった俺の足取りは、自然と軽くなっていた。


(つづく)

今回はここまで

それではまた明日

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