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途切れた道を探して6

 「やっぱり帰ってきてくれたんだねぇ……お前は昔から素直な子だったから……」

 同じようにみすぼらしい婆さんが独り言のようにぶつぶつ言いながら近寄ってくる。

 爺さんと同じような見た目の、恐らく年もそうなのだろう婆さんは、川風に吹かれるからと言っても限度があるだろうとばかりに厚着をしている。


 こちらもやはり自分の娘か何かだと思い込んでいるようだ。


 「いやだから……」

 「あんな悪い男に騙されて、さぞつらい思いをしただろうて……」

 駄目だこいつら。

 完全に耄碌している。

 恐らくそのリーナとやらいう娘は男を見つけて出ていったのだろう。で、そのことが気に入らなかったこの夫婦は、この歳になってもその事を許せなかった――そんなところだろうか。


 逃げてしまおうかと考えるが、残念ながらここは桟橋の上。岸は近いとはいえ、すぐ後ろはもう川だ。


 「さあさあこっちへおいで」

 そうこうしているうちに左右を挟み込むようにして私を中に引き入れようとする老夫婦。

 ――その片方、爺さんの方のチョッキに妙なふくらみを認めた。


 そして同時に婆さんが声をかけてくる。

 「さあ寒かっただろう。温まるといい」

 私にかけようと毛布――というか大きいタオルを、闘牛士のマントのように自身の前に広げて近づいてくる。


 そのタオルを持つ手は、老婆のそれにしては逞しく、ごついものだった。


 「……ッ!」

 薄暗い中でも目を凝らす。

 確証はない。目の錯覚かもしれない。だが、全身を包んでいるケープのような衣装の、崩れた隙間から一瞬だけ覗いた喉元は妙に突き出ていたような気がする――まるで喉仏のように。


 どうする?

 もし間違いだったら?

 その思いが一瞬よぎり、すぐに中断する。

 老婆の手の中で広げられていたタオルが唐突にこちらの顔を包み込むように放られた。

 「チィッ!!」

 反射的に身を屈めて、その動作と同時に老婆へ突進する――その瞬間には右手は太もも前のナイフの柄に達している。


 「あっ!」

 それを発したのが老婆か、背後の老人かは分からない。

 はっきりしているのは、私は体ごと飛び込んで正面の老婆――正確には老婆の格好をした賊――を、タオルを迂回して刺したという事。

 そして下腹部にナイフの柄が生えたそいつを突進の勢いのまま突き飛ばし、振り返りざまに抜刀。反応の遅れた老人がアイスピックのように振りかぶったナイフを振り下ろすより速くその顔面の皮を切っ先が真一文字に裂いていく。


 「わっ!?」

 恐らく強盗殺人犯だが、その割に度胸がない。通り抜けた刀身と同じ方向に顔が動き、反射的に斬られた箇所を抑えている。

 「ひっ……」

 流石に自分が置かれている状況はすぐに察したようだった。

 喉元に突き付けられた刃は、その持ち主=私の機嫌を少しでも損ねれば、自分の喉を簡単に串刺しにできるという事が。


 ナイフが床材と音を立てる。

 「ま、待ってくれ!!」

 それまでとは全く違う、まだ若い声。

 「俺は生きるためにやっただけだ」

 「それは奇遇だな私もだよ」

 喉の産毛を剃ってやると、きゅううとその毛の奥で音がした。

 「ち、違う!違う!!俺は本当はこんなことしたくなかった!分かってくれよ。今まで仕事くれた奴が消えちまったんだから――」

 直感的に察する――こいつは頭の方は期待できない。

 何を質問されているのか理解できているようには思えないし、今の言葉が命乞いだとも思えない。


 「お前が何の仕事をしていようが関係ない」

 「は?なんだよそれふざけんな!」

 刀を突きつけられ、喉の産毛を剃られてこの反応。

 肝が据わっているのか?恐らくそうではない。

 「……」

 少しだけ切っ先を動かす。

 喉の表皮が破れて血が滴る。

 「ひいっ!!」

 うわずった声。

 傷だけで言えば大したことはない。

 恐らくゴブリンに小突き回されていた時のスイの方がダメージは大きかっただろう。


 肝が据わっているのでも、危機的状況で興奮するタイプでもない。

 ただ単に、自分の感情をコントロールできないだけだ。

 こんな状況ですら、自分の中にある相手への怒りを我慢できないのだ。

 ――環境なのだろう。恐らく。


 動物と同じ。いや、自他の優劣を悟った時点で牙をむくことはなくなる分動物の方がましだろう。


 「まあいい。お前らここの者だろう?」

 返事はない。無言は肯定と受け取る。

 「こいつが来なかったか?」

 人相書きを見せて問いただす――その間も刃は喉へ。

 「……知らねぇよ」

 一瞬考えるような空白。それからの否定。

 要約するとこうだ――知っているが答えたくない。


 「そうか……」

 刀身で奴の肌を撫で、右耳の耳たぶの下を刃で触る。

 「まずこっちか」

 薄暗い廃屋の中でも奴の足元に水たまりが出現したのは分かる。

 「わ!わ!分かった!分かったよ!!」

 「何が分かった?」

 「そいつだよ。その人相書き。前にここで仕事した奴と落ち合ってなんだか言っていた。俺たちはそいつに奥の倉庫を貸してやっていただけで、それ以外は何も知らねえ!!」

 すらすらと話し始めた。小便ちびりながら嘘をつけるような器用なタイプには見えない。


 「その、ここで仕事をしていた奴というのは?」

 「……女だよ。若い。でも、なあ、分かるだろう。俺だってその……口止めってやつが……ひいっ!」

 刀身を僅かに引く。

 一筋の血が刃の上をこちらに走ってくる。


 「どういう奴かは知らねぇ!!ただ倉庫を貸してほしいって来て、それでたんまり前金を置いていった。俺からすればそれで十分だ……」

 「この人相書きの男と出会ったのはいつ頃だ?」

 「覚えてねえよ……半年前……よりは最近じゃねえか?」

 これもまた、嘘をついているとは思えない。

 その男はどんな様子で何を話していた――この問いに関しても同じような回答=覚えていない。俺はただ女に場所を貸していただけ。


 「そうか……」

 奴の耳から刃を離す。

 それから手首で刀を返し、スナップで顔面に一文字の傷をつけておく。

 「もういい。行け」

 そう言って、顎で出口を示してやると、猿のような声を上げてずっこけそうになりながら駆け出して行った。

 ほとんど役に立たないとはいえ――情報提供してくれたのだ。命までは取らない。


 「まったく……」

 刀を納めて奴の逃げていった方へ振り返る。

 足元には偽老婆が、下腹部からナイフをはやして転がっていた。

 「ぁ……」

 パクパクと口が魚のように動くだけ。

 どろりとした目がこっちを見つめて何かを言おうとしている。

 怯えているのか、怒っているのか、或いは何かを伝えようとしているのか――生憎、それを知ることはもう永遠にできないだろう。


 「馬鹿が」

 生き残った仲間からも見捨てられ、こんな廃墟の中でつまらない終わり方。

 ――殺しに来た相手だ。容赦などしなかった。だが、まるっきり同情をしないというのはどうしてか難しかった。


 お前らここの者だろう――私がさっきそう聞いた時、こいつの相方は特に否定しなかった。お前「ら」と聞いて、だ。

 こいつは他に生き方なんか知らない。この川原がこいつにとって世界の全てだ。だからここで生きるのに最適化された行動をとった――あくまで私の想像に過ぎない。或いはこれも、ただの呪いから人間になって奴を追っていることの副産物かもしれない。


 「……あとナイフ返せ」

 腹から引き抜く。独特の手応えを残して赤黒い刃を引き抜くと、目隠しのために投げられたタオルを拾い上げてその刃をふき取る。

 それを鞘に戻してから振り向く。

 偽老婆はもう動かなかった。

 

 血を拭いたタオルをその上にかけてやる。

 「……馬鹿が」

 もう一度吐き捨てて外へ出る。

 どうせこんな場所だ。衛兵も巡回には来るまい。

 パチンと頬を叩く。さっきのような油断はもうしないように。

 同時に頭を切り替える。おセンチは終わりだ。光っている足跡に近づき、それに触れる。


 「さて、見せてもらおうか」

 順風満帆のあの男が、どうしてこの掃き溜めに足を運んだのかを。


(つづく)

投稿遅くなりまして申し訳ございません。

続きは明日に

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