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途切れた道を探して1

 なんとなく、雲行きが怪しい。

 奴は何を望んでいたのだろう。つまり、奴がアベル達と再会した時、相手にどういう反応をしてもらうのが望みだったのだろう。


 もう一度仲間に加えてもらう事:これに関してはない。奴自身がその場合は拒絶すると明確にしていた。


 何らかの非難や批判をされる事:これも考えづらい。普通に考えてそんなことを望む人間はいないという事は私にも分かる。


 かつて自分を解雇したことへの謝罪:この可能性はある。奴自身がなんとも言っていない上に、今日までその事を恨んでいた様子は見られなかったが、他二つと比べればまだ可能性はあるだろう。一応、会話の中でアベルが謝罪の言葉を口にしてはいるのだが、それがどこまで正式な謝罪として認識していたのかも不明だ。


 「分からんな」

 三つの仮説すべてが腑に落ちない。

 そもそも、奴自身が自身の感情の正体の見当がつけられなかったのだから、それを追っている私にも分からない。奴の視点で話が追えるのは便利ではあるが、私に予備知識のない話については奴の分かったこと、感じたことしか分からないという欠点がある。


 そしてアベルとの別れ際に奴が抱いていた、『絵の中に描かれた人物のように』感じたというその感覚もまた理解しがたいものだった。

 嫉妬か?自分を追放した連中が上手くいっていることへの?そういう分かりやすいものならば確かに納得がいくのだが、どうも奴のそれは嫉妬には当てはまらないような気がしてならない。

 ついこの前まで呪いの人形であった私には、そこまで複雑な感情の機微など分かるべくもない。


 「……なあ、スイ」

 なら、より分かりそうな者に聞いてみよう。

 「はい、なんですか?」

 振り向いた先にいたその相手――同性で歳もあいつに近い。それだけではどうとも言えないが、少なくとも私より可能性は高い。

 「少し聞きたいことがある。夕食に付き合ってくれないか?」

 そう言って、近くの酒場=『豊穣の女神』亭を指し示す。こちらから誘ったのだから勘定は持つ――そう一言付け加えて。


 「それは、ありがとうございます。僕で分かる事なら……でも、急にどうしたんですか?」

 話が決まったなら心変わりされる前に行動だ。

 それまで指さしていた方向に足を向ける。

 「いや、若い男のことはどうも私には分からなくてな。なに、それほど難しい話ではない。まあ……デートみたいなものだ」

 「デッ……!?え、ええっと……」

 「冗談だよ」

 そろそろ免疫がつきそうな気がするが、彼はどうにもこういうのに慣れていない。


 「いらっしゃい!」

 ちょうど夕食時というだけあって店内は冒険者や行商人などでごった返していたが、それでも幸い2人で座れるテーブルへ案内された。

 とりあえず料理をいくつか注文する。

 「あとエールを一杯と……」

 「僕は絞り水を」

 酒類で一番安一ものと飲み物で一番安いもの。


 「それでよかったのか?」

 「ええ。僕は……あまりお酒が強くないので」

 まあ、日本だったら勧めてはいけない年齢の相手である。向こうなら背伸びして飲みたがるのを苦笑交じりにたしなめるところだ。

 やはり酒場だけあって飲み物は早い。こんなやり取りをしている間に木製のジョッキと素焼きのコップを持った女将がテーブルにやってきた。


 「はいお待ちどう!おつまみはもう少し待ってね」

 それぞれ受け取ったものを掲げる。

 「「乾杯」」

 酌み交わし、早速本題――の前に。

 「今回はありがとう。君のおかげで随分助かった」

 「そんな、僕の方こそありがとうございました」

 彼を雇ってから今日までの話に花を咲かせる。そう言えば、私たちの関係が始まったのもこことは違うが酒場だった。


 彼との雇用関係はこの町に戻ってきたところで終了となる。あとは彼が今後どうしたいのかだが、そちらに逸れてしまう前に本題へ――彼の方からそれを振ってきた。

 「それで、僕に聞きたいことというのは……」

 「ああ、それなんだがね」

 エールでもう一度唇を湿らせる。


 「……例えば、君にライバルがいたとして」

 頭の中を整理しながら、誤解を起こさないように一言ずつ言葉を選ぼうとする。

 ――そして諦めた。分からない以上上手いこと説明するのは不可能だ。なにより支給されたこの頭はその辺を得意としている訳ではないらしい。


 「そのライバルが手の届かない、絵に描かれた人物のように思えたことはあるかい?」

 奴の表現をそのまま用いる。

 「うーん……」

 スイの眼が天井へ向き、小さくうなり声が漏れる。

 「ライバル……と言っていいのかわかりませんが、それに近い感情を持ったことはあるかもしれません」

 「そうか。それはどういう時だった?」

 「そうですね……」

 今度は下へ。テーブルと私の顔を往復する。

 話していいのかどうか、というより話さなければいけないが話したくないと言ったところか――こういう事は分かるのにな。


 「話したくなければ無理には――」

 「あ、いえ。大丈夫です。その……なんというか少し恥ずかしいのですが……」

 頬に手をやり今度は横に視線を逸らしたが、それである程度話すハードルが下がったようだった。

 「……笑わないでくれますか」

 「君がそうして欲しいという事なら勿論」

 その問いと答えに踏ん切りがついたようだった。


 「僕には昔、憧れた人がいました。まあ、昔と言っても何年か前ですけどね」

 彼の細い指が、素焼きのコップを両手で包み込む。

 「その人は優秀な遍歴の騎士で、剣の達人でありながら同時に戦闘用の魔術も使いこなせる人でした。それで……その時の僕は、彼のようになりたいと思って……自分なりにやろうとしたんです」

 視線はコップから私のジョッキへ微速で移動している。


 「剣に関して僕は素人ですから、他の子たちと同じように落ちていた棒きれを拾ってチャンバラするぐらいでしたが、魔術に関してはその頃から仕込まれていましたから、それまで未知の分野だった戦闘用の魔術に手を出してみようと本気で考えていました」

 彼の得意とする魔術薬学が戦闘用の魔術とどこまで違うのかは私には分からないが、どうも勝手の違うものらしい。


 「でも調べていくうちに分かりました。僕には向いていなかった。それに周囲の大人たちも同意見でした……もっとも、そちらは才能がないから将来食べていけないという意見だったのですが……。まあとにかく、そういう事で、僕の憧れはあっさり終わってしまいました」

 「そうか……」

 私がそう呟くと、彼は少し怒ったように――と言ってもあまりそうは見えないのだが――口を尖らせた。


 「……やっぱり笑っているじゃないですか」

 「え?笑っているか?」

 言われて初めて、口元がほころんでいることに気づく。

 「いや、これは違うよ。……なんとなく、安心したからだ」

 これまた不思議なことに、この感情については自分でなんとなく分かった。


 「安心……ですか?」

 「ああ。君にもそんな時期があったのだなと」

 そんな、年相応の時期が。

 ヒーローに憧れて、それを真似ようとするような、ごく普通の時期が。

 なんとなく、兄の失踪で自分の中の想いに気づくまでずっと親や教師に従順であり続けていたようなイメージを持っていた。


 「それで?その時君はその相手に対してさっき私が言ったような感情を持ったのか?」

 答えはイエス。彼の首が縦に動く。

 「それまで身近に感じていて、いつか自分もそうなれると根拠もなく信じていたのに、それからは途方もなく遠い、永遠に手の届かない存在になってしまったように感じて……。だから、きっとさっきメリルさんが言っていたのは、そういう感情だと思います」


(つづく)

投稿遅くなりまして大変申し訳ございません。

今日はここまで

続きは明日に。

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