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最初の一歩4☆

 「お天道様と米の飯はどこにいてもついて回る」

 かつて田舎の婆さんが言っていた言葉を今になって理解する――半分は本当で、もう半分は嘘であると。


 本当の半分:お天道様。つまり太陽はどこにいても存在する。日本を遠く離れたこの地でもそれは変わらない。

 嘘の半分:米の飯にはありつけない。ここでの食事――というか主食は様々な麦を原料にしたパンか、同じくオートミールのようなものか、或いはすりつぶして団子状にした芋や豆で、今日まで米を口にしたことはない。


 若者の米離れ――日本にいたときにどこかで聞いたそれは、その当時はまったく実感していなかったが今になって思う。こちらの食事も慣れてしまえば十分食えるものだ。


 「はぁ……」

 だがその食事すら、このままではままならなくなるだろう。

 その事実にため息を漏らす。

 俺は今日、仕事を首になった。仕事、いやパーティーから。


 俺の現状:飛ばされた異世界で冒険者を始めて数か月、ほかのメンバーについていけないという理由でパーティーを解雇され、こうして一人で薬草を探している。




 「……そういう訳だ。悪いなショーマ」

 昼前のギルドでのやり取りを思い出す。

 俺に解雇を宣言したのはリーダーのアベルだった。


 「お前には悪いが、俺たちにもそれほど余裕がある訳じゃない」

 俺とアベル。それにアベルの両脇に二人のメンバー。


 「まぁ、仕事は他にもあるし、冒険者のパーティーだってうちだけじゃないんだ。ただ俺たちとは縁がなかったってだけさ」

 そのうちの一人、ガディスが熊のような巨体を窮屈そうにしながら続ける。

 「ごめんなさい。気の毒だけど……これが私たちの決定よ」

 そういって申し訳なさそうにまつ毛の長い目を伏せたのは、アベルを挟んで巨漢の反対に座る紅一点のシリルだった。


 「まっ、待ってくれ!」

 だが、そう言われて即はいそうですかと納得がいくものでもない――たとえその理由に心当たりがあったとしても。

 「俺は、俺は俺なりに――」

 何か言わなければ。そう思っても咄嗟に具合のいい言葉が浮かばない。

 「……残念だが」

 そうしているうちにアベルが主導権を握った。


 「その……こういう言い方はしたくなかったが……、お前をフォローしながらでは、俺たち自身も安心できない」


 遠回りな言い方。

 率直に言えばこうだ――お前は足手まとい。


 「あ、ああ。……うん」

 対して俺の発したのは、この肯定とも否定とも取れない音だけ。

 納得はいかない。

 だが、そう言われることに自覚がないわけでもない。

 その表れだった。


 俺と同じぐらいの歳だが、冷静な判断力を持ったアベルと、その巨体にふさわしいガッツとパワーの持ち主ガディス。そしてこの世界に特有の技術である魔術のエキスパートであるシリル。

 まだまだこれからの駆け出しパーティーだが、それでも彼らは十分な実力を備えている。そこにただ別の世界、即ち現代の日本から飛ばされてきた、これといって取り柄のない俺=二階堂翔馬がいる場所などどこにもない。


 「はぁ……」

 思い出して、もう一度漏れたため息が左右の雑木林に吸い込まれる。

 アーミラ=活動拠点としていた町を出てからどれくらい経っただろう。パーティーを解雇された=こっちに来た当初から色々世話を焼いてくれた彼らに見放されてしまったことはショックだが、今はそれ以上に切実な問題がある。


 「腹減ったなぁ……」

 空腹と、それを満たすための金の不足だ。

 冒険者というこの世界独特の職業は、ギルドとよばれる組織に所属し、ファンタジーな世界に相応しく依頼を受けてダンジョンを踏破したり、魔物を討伐したりすることで報酬を得る。


 だが、そうした花形の依頼がいつも誰にでもある訳ではない。

 特に俺のようなギルドのランク分けで最下級に属する者には、精々簡単な探し物程度が関の山だ――ちょうど今のような。


 「……お?」

 嘆いていても仕方ない。腐りそうになる気持ちを何とかこらえて、辺りを見回しながら山道を歩くと、不意に見知らぬ分岐に出た。

 「こんな分岐あったか?」

この辺りは何度か訪れているが、ここでこんな道を見つけたのは初めてだ。


 「……」

 少しの逡巡の末、俺はその見知らぬ道に足を踏み出すことにした。

 どうせもう落ちるところまで落ちたのだ。少しぐらい好きに歩いたっていいだろう。

 「大丈夫、大丈夫だ」

 腰に手をやる。こちらに転移したあの日以降、寺でもらったお守りを魔除け代わりにベルトにつけている。

 こうしてそれに触れながら落ち着こうとするのは、今ではすっかり習慣になった。


 「行くぞ」

 俺は冒険者だ。なら黙々と日雇い労働みたいな真似をせず冒険するべきだ――何者かにそう反論するように、足元が茂みになっているその道を突き進む。

 「うわっ!?」

 そしてその数秒後、“落ちるところまで落ちた”俺は、文字通りに落ちた。


 茂みの中で、道はなくなっていた。

 目の前に見えていた崖に方向転換しようとした時には、既に最後の一歩を踏み出していたのだった。


 「いたたた……」

 いったいどれほど落下したのか。落ちた先が背の高い藪と湿地だったことが幸いして怪我はしていないが、それでもクッションの上に落ちたのとはわけが違う。

 「……」

 しばし、無言。

 見上げれば日本にいた時と同じく青い、青い空。

 泣きたいような、腹立たしいような、よくわからない感情の塊が腹の奥底から湧き上がってくる。


 俺の人生は何だ。

 何ひとつ浮いた話のなかった高校を卒業して、浪人生とは名ばかりの引きこもりになって、面白半分に拾い上げた呪いの人形に怖気づいて寺に預けたかと思ったらその帰り道に異世界に飛ばされ、ここから心機一転と思っても現実はゲームや漫画のようには甘くない。異世界でも明確にできる奴とできない奴は分けられる――俺がどちらかなど言うまでもない。


 そして今、俺はその異世界でたった一人。

 こうして崖を転がり落ちて、座り込んでいる。


 俺には何もない。勉強もスポーツも碌にできない。アベル達のように何らかの能力に恵まれている訳でもない。


 そういう連中になりたくて、でもそれは決して叶わない。


 異世界に転移した時点ではおぼろげながら、しかし確実に存在していた希望的観測――俺にも何らかの才能があって、スキルという形でそれが発現して活躍できる。

 今にして思えば大甘な、あまりにも都合の良い妄想だった。

 結局のところ、俺はどこまでいっても俺のままだ。ただそのことを認めたくなかっただけだ。


 そこまで考えを巡らせたところで、滲み始めた視界の向こうに何か異質なものが映り込んだ。

 「……?」

 草原だか湿地だかわからない。その中間とでもいうようなこの場所。その奥は入り江になっていて、どうやら外海に接しているらしい。


 だが問題はそこではない。もっと手前だ。

 「なんだ……?」

 目をぬぐい、立ち上がってその異物に向かって歩き出す。

 それは岩だった。

 俺の膝ぐらいの高さまであるありふれた岩。この草原の真ん中に鎮座しているそれはしかし、そこに突き立てられた代物だけでその性格を表していた。


 「剣……?」

 直感的に引き抜けと言っているような塩梅で刺さっているのは、いわゆるロングソードに分類されるだろう剣だった。

 その刃の中ほどまで岩に突き刺さったそれは、その露出した全てが――そしておそらくは岩の中の部分も――黒一色で統一されており、日の光を受けて鈍く輝いている。


 その光に吸い寄せられるように手を伸ばす。

 草原の真ん中で吹き曝し。海風も吹くこの場所にありながら、不思議とその柄には汚れやべたつきがなく、手に取った瞬間まるでオーダーメイドのように手に馴染んだ。


 「ッ!」

 そのまま力を入れると剣を岩と反対の方向に持ち上げる。

 なんとなく頭の中に浮かんだイメージ=そのまますっと抜けていく。

 まあ、そんなことは起こりえない。それこそフィクションの世界でなければ――そう直ちに修正した。


 「あっ!」

 だが、その必要はなかった。

 パチンと静電気のような衝撃が一瞬手の中に走り、その衝撃に押し出されるようにして、剣は音もたてずに岩からその隠されていた刃を現した。


(つづく)

今日はここまで。

なお、都合により明日は18時頃の投稿を予定しております。

それではまた明日

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