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得られたもの、求めたもの4

 それから少しして、私とスイは宿に戻っていた。

 結局ギルド長はあの後も結論を覆さず、ここの冒険者たちも口々に抗議こそしたものの、最終的にはその決定に従わざるを得なかった。


 まあ、それは道理だろう。

 彼らだって営業活動はしたくとも、それによってこの町――中には生まれ育った故郷だった者もいるだろう――を危機にさらす訳にはいかないというのは共通している認識だった。


 「さて……」

 オレンジ色の西日が差し込む部屋で、私は荷造りを終えた。

 と言っても今日の昼間についたばかりだ。一泊だけなら大して荷ほどきもしていない。


 「森……ねぇ」

 一つ伸びをして、窓からその西日が照らしている森の方を見てみる。

 確かに、こうしてみるだけならただの森だ。

 あの中に何が蠢いていようが関係なく、木々は静かにそびえ立って町の対岸にある高い山脈との間に隙間なく広がっている。

 恐らく今後しばらくは立ち入りが制限されるだろう――ギルドを去る際にギルド長がそう言っていたのを思い出す。

 となれば、あの中にあった様々を探索する、本来的な冒険者の仕事はここではお預けになる。

そのことは別にどうでもいい――私にとっては。


 問題は、その事で少なからず落胆しているだろう人物が一人いるという事だ。


 ギルドを辞する時も、宿に戻った時も、決してその事を口に出す様子も、表情に見せる様子もなかった。

 だが私は見逃していない。彼がその話を聞いた時、僅かに何か言おうと口を動かし、すぐにそれを思いとどまったという事を。

 それは抗議か嘆願か。それは分からないが少なくとも森への立ち入り禁止措置への手放しの賛同ではなかったという事だけは確実だ。


 「……」

 私には兄弟はいない。

 それどころか家族と呼べるものもいない。

 だから、行方不明の家族を探すというのがどういう事なのかはよく分からないし、彼がなぜそれに必死になっているのかもよく分からない。

 だがそれが何であれ、一か月も異国の地を彷徨い続けてようやく見つけた手掛かりを目の前で取り上げられてしまうというのが悲しいか嬉しいかぐらいは分かる。

 ――日本にいる頃=まだ呪いだった頃にはそんな感情もなく、ただどこに逃げたのかと考えるばかりだったが。


 「……少し励ましてやるか」

 窓を閉めて外へ。

 既に薄暗い廊下に私の足音だけが床の軋みとなって響く。

 「スイ、飯にしよう」

 ハンモックの大部屋――個室ではなく、複数人で雑魚寝するだけの一番安い部屋――の前で彼を見かけた。

 彼の部屋に行ったことはなかったが、同じハンモックでも個室は存在する。そちらではなく雑魚寝部屋を選んだようだ。


 「あ、はい。ご一緒します」

 杖も手放して、本当に手ぶらな状態だ。

 「あの部屋でよかったのか?」

 食堂に向かいながら聞いてみる。

 他に客はいないようだったが、彼に渡している報酬はそれほど切り詰めなければならないような額ではない。


 「ええ。僕はあそこで十分ですよ」

 彼はそういって、心配いらないというふうに笑って見せた。

 「それに、今後のためにお金は節約したいですし」

 「今後……か」

 それが何を意味しているのかはすぐに察しがついた。


 「今回は……残念だったな」

 「いえ、そんな――」

 そう言うと少し驚いたような顔をして、申し訳なさそうに慌てて首を横に振っている。

 「僕はそんなに気にしていませんよ。確かにせっかく見つけた手掛かりに近づけなくなってしまうのは残念ではありますが、それでも兄の足跡を始めて見つけられただけで十分です」

 「初めて?そうなのか」

 「この一か月、アーミラに来るまで各地を回りました。ブリューナの港に降りてから、モルコバ、ベルバマスを通ってジョイローへ。それからアーミラへ……」


 挙げられた地名を頭に思い浮かべる。

 ブリューナの港はアーミラ南西に位置する。そこから名前の挙がった内陸の町を巡って一か月彷徨った果てにアーミラ。旅費が切れるのも納得の足取りだった。


 「それはまた……随分な距離だったな」

 「兄らしき人物の目撃情報があれば、それを追って移動していました。けど、実際にここにいたという痕跡を見つけられたのは今回が初めてでしたから、それだけでも大きな収穫です」

 腐っている様子はない。

 やせ我慢している様子もない。


 食堂について昼の近くの席に通されて一度中断。

 「立派だな、君は」

 「いえ、そんな……」

 それは照れ隠しか。彼は消え入りそうな声でそう言ってから視線を足元に落とす。

 落ちた視線がテーブルのシミと木目を往復している=何かを迷っているのか?


 「あ、あの……」

 「うん?」

 直感する。

 迷いの内容:言うべきか言わざるべきか。


 「いえ……その……」

 「なんだ?なんでもいいぞ」

 踏ん切りがつかない相手の背中を押してみる。

 女将が注文を取りに来きたので、再度中断して適当に頼む。

 「とりあえず、エールを二つ」

 言いながらスイに目をやる。

 「これはおごるよ。付き合ってくれ」

 「えっと、あの……」

 戸惑い気味の声が何かを言おうとしてそのまま立ち消えになる。

 「あ、ありがとう……ございます」

 何とか出てきたのはそれだった。

 はじめからそれを言おうとしていたのかどうかは分からない。


 「あ、酒飲めるか?」

 恐らく現代の日本では色々言われることをやったようだという事に、女将が台所へ引っ込んだ時に気づいた。

 こっちの世界ではまだそういうことが問題視されるようになっていない――はずだ。そうであってほしい。


 「あ、はい……その……少しだけなら」

 気を遣わせてしまったのかもしれない。


 「はいエール二つお待ちどう」

 それからすぐ件のエールがテーブルにやってきて、私たちはそれを掲げてから口に運んだ。

 「「乾杯」」

 自分の分を半分ほど飲み干してから、どうやら今しがたの心配は杞憂だったという事を悟った。

 スイは飲める。本人の言うように強くはないのだろう、その飲み方は――彼の外見に見合って――少しずつではあったが、それでも一滴も飲めないという様子ではない。

 頭に入っている知識では、この世界の酒の飲み方としては私の方が多数派であるらしい。彼の舐めるようなそれは味わいを楽しむというより強くない者か、でなければ酒で失敗がある者の飲み方だそうだ――後者には見えないし後者であってほしくもないが。


 だがそんな飲み方でも、踏ん切りをつけて舌を動かすための潤滑油としては効果を発揮したようだった。


 「さっきの話……僕が兄を探している話ですが……」

 「うん?なんだ?」

 「その……こんな事を身内以外に申し上げるのは……」

 「構わないよ。酒の席だ」

 愚痴ぐらいなら聞くよ――そう付け加えると、少年は少し間を開けてから静かに言葉を発した。


 「……僕は正直、時々自分が何をしているのか分からなくなる時があります」

 黙ってじっと彼を見る――先を続けろ。

 「術官院では落ちこぼれで、両親からもそう思われていました。魔術薬学は好きだし、他の魔術よりも得意ではありますが、それでも私より腕のいい者は同期にも何人かおります。それに、そうした者達はみんな、私より他の分野でもよく出来ます」

 そこまで言って一度止まる――次の言葉を考えているのか、込み上げてくるものを抑えているのか。


 その続きを口にするのは、それからだいぶかかったような気がした。

 「――僕は時々自分が、兄が失踪したことを喜んでいるような気がします」

 「喜んでいる?」

 尋ね返した私の声が聞こえていたのか否か、それは分からない。だがどちらであってもおかしくないように思える。


 「僕は……あそこから逃げるチャンスが欲しかっただけなのかもしれない」


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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