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得られたもの、求めたもの2☆

 「いやあ、本当にありがとうございました!」

 アルラウネを撃破した俺たちは、ラチェのギルドで今回の依頼人=ラチェ窯業協会の会長と対面していた。

 会長といってもほとんど商店会長のようなイメージの、でっぷりとしたおっさんだ。

 その会長が俺たちの対面で何度も深々と頭を下げている。

 今回アルラウネが出現した場所の少し下流にラチェの窯元の多くが利用している共同の組み上げ装置が設置してあり、山の中腹まで川の水を運んでいるらしいのだが、あのアルラウネがいつの頃からか現れて以降はそれも危険になってしまっていたのだそうだ。


 「皆さんのおかげで、今後も続けることが出来ます」

 そういってこすりつけんばかりに頭を下げる会長。

 流石にそこまでされると恐縮してしまうが、それでも誇らしいことに変わりはない。


 「随分感謝されてしまいましたね」

 報酬を受け取ってから宿の部屋に戻ると、フレイがそう言って笑った。

 彼女もまた俺と同じ気持ちなのだろう。

 「あんなに喜ばれるなんてね」

 そしてその妹もまた同様のようだ。


 「ああ、本当に……」

 そう言いながらしかし、俺の眼は手の上に余るほどの大きな銭袋に集中していた。


 報酬額は事前に聞いていた。

 相場に少しだけ色を付けてもらっているのは事実だ。

 だが、話に聞き、書類上で見るのと、実際に手の上でその質量を感じるのはまた別だ。


 これが俺たちの報酬。

 俺たちの仕事の成果。

 その感慨が実際の重さに上乗せされてじんわりと伝わってくる。


 黒字だ。この宿を始めとするここまでの経費、装備や消耗品に費やした額を差し引いても十分に。

 ――そして何より、臨時ボーナスもアルラウネの残骸から拾い上げている。


 「……ふふっ」

 「もうショーマ!」

 思わず笑みがこぼれ、セレネにたしなめられる。

 「ああいや、ごめんごめん。分かっているよ」

 そうだ。分かっている。この姉妹の時もそうだったが、俺はひしひしと感じていた。


 こうして誰かに喜ばれるのはありがたいことだ。

 自分の力が誰かのためになったのは喜ばしいことだ。


 「良かったよ。喜んでもらえて」

 実際の重さ以上に手にずっしりと伝わってくるその充足感を口にすると、三人で笑いあった。

 ――それから誰かの腹が鳴って、それでもう一度笑った。


 「さて、それじゃご飯にしようか」

 「うん!」

 「そうですね」

 三人のささやかな祝勝会のために、俺たちは部屋から一階へ移動する。

 時刻は既に夜に含まれる時間帯。一階の酒場には陶器の買い付けに来たのだろう商人が数人いるだけで、団体客は俺たちだけだった。


 「「「乾杯!」」」

 テーブル席に通され、料理がそろってからコップを合わせる。

 ラチェはそれほど大きな町ではない。

 料理も田舎風のものが多いが、味はどれもよかった――多分、今の俺たちだからというのもあるだろうが。

 俺たちは料理を楽しみ、そして笑いあった。


 「ショーマ?」

 「うん?」

 セレネが不思議そうに俺を見つめてきて、そこで初めて俺は彼女たちを自分が見つめていたことに気づいた。

 「どうかしたの?」

 「いや、何でもない」

 ――ふと思い出していた。

 こちらに来て冒険者を始めてすぐの頃、仕事の後に仲間たちと酒場に集まってこうして成功を祝っている連中をよく見たものだ。

 日本の居酒屋にいたサラリーマンたちと同じようで、でもより陽気で声がデカくて、どちらかというと体育会系の大学生のような集まり。

 その姿に、なんとなく憧れというか、漠然とした目標のようなものを感じていたのが、今では随分昔のように思える。


 おかしな話だが、日本にいた時はそんな気持ちになることはなかったし、きっと今後も一生涯そんな気持ちにはならないだろうと思っていた。

 そもそもそんな飲み会をするような人間関係もなかったし、そういうノリを嫌ってもいたし、そうやって騒ぐ連中を内心馬鹿にしてもいた。

 ――だがそれがこちらに来ると妙に輝いて見えたのだ。置かれる環境が変わると人間は考え方まで変わるものなのかもしれない。


 「そうなの?ならいいけど」

 「ああ、うん。……何でもない」

 嘘だ。

 こちらに来て新たに得た憧れ。

 そんな憧れた光景が、今こうして目の前に広がっている。

 それも赤の他人のそれを眺めているのではなく、こうして自分が仲間に囲まれて、その光景の真ん中にいる。

 パーティーを追放された時には、もう二度と縁のない存在になってしまったようにさえ思えたそれが、今こうして手に入ったのだ。


 世の中、よく分からないものだ。

 ――幸せとはこういうものなのかもしれない。そんな恥ずかしいようなセリフが喉まで出かかったが、流石に恥ずかしくなって口は閉じている。


 「っん……」

 そしてそれを押し流すようにコップの中身を一気に干した。

 酒は決して強くないが、こうして飲むのも悪くないと思えた。


 もっとも、その後酔いとなってしっかり体には効いていたのだが。


 「ふぅ……」

 テーブルの上を三人で平らげてから、俺は宿の外に出た。

 酔い覚ましに夜風に当たるのは、フレイとセレネと出会った日以来だ。


 「ショーマ」

 「え?」

 こうしてフレイに後ろから呼び止められるのもまた、あの日と同じだ。


 「大丈夫ですか?顔が赤いですよ」

 「ああ。ちょっと酔ったかな……セレネは?」

 「先に部屋に戻っています。あの子、夜は布団に入った途端に眠くなる質ですから、今頃はぐっすりだと思います」

 そういって控えめに笑うフレイ。


 「……少し、ご一緒しても?」

 「え、あ、ああ……うん」

 自分の頬が赤く、熱くなるのを感じる――酒のせいだけではない。

 宿から漏れる明かりに浮かぶ彼女の頬もまた、ほんのりと朱がさしている。


 「「……」」

 そうして俺たちは二人並んで――ただ黙って月を見ていた。

 何か言うべきなのだろうか。いや、だが何も思いつかない。

 時折視線を下におろして昼間歩き回った森の方にやると、街の明かりの全く届かぬその辺りは真黒に染まっていて、成程樹海という表現は正しいと思える程に夜の海に見えるなどと現実逃避を始めている自分に気づく。


 「……」

 ちらりと、盗み見るようにフレイを見ると、彼女もまた決めかねているように思えた。

 相変わらず白い頬に朱にして、もじもじとしながら時折月を見上げている。

 何か言うべきか、だが何を?

 多分、彼女も同じことを考えているのだろう。

 だが、ここは俺がやらなければならない――なんでかは分からないが、そんな義務感のようなものが湧き上がってくる。


 「……」

 だが同時に、どうしていいか分からないというのも事実だ。

 ――そして、猛烈に恥ずかしい。


 「ふぅ……」

 だが、それで義務感が消えるものでもない。

 むしろその逆、何か言わなければという思いが焦りとなって更にせかしてくる。

 「「あっ、あの――」」

 二人同時に発した声は、奇しくも同じような考えで弾き出されたような声だった。

 「あ、どうぞ」

 これを先に言ったのは俺だった。

 「あ、あ、あの……えっと……」

 それから少しだけフレイが先程までと同じようにもじもじと視線を振り回す。

 今のは彼女に押し付けるべきではなかった――何を言うべきだったのかすらショックで飛んでしまったくせに、そんな後悔が込み上げてくる。


 だがその間に、フレイは言葉を絞り出してきた。


 「……その……月が綺麗ですね」

 「えっ!?」

 他意はないだろう。

 ただ単純に言葉通りの意味だろう。

 だが、それについ反応してしまうぐらいには俺も余裕はない。


 「え、あっ、あ、うん!そうだね――」

 慌てて同意する。

 彼女は普通の、日常の会話をしているだけだ――早鐘を打つ心臓にそう言い聞かせながら。


 「本当に……月が綺麗だね」

 噛み締めるようにそう付け足す。

 見上げた先には、話題の月が満月に少し足りない姿でぼんやりと浮かんでいた。

(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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