森の影を追って12
「なに!?」
手応えはあった――水袋を破ったそれだったが。
確実に貫いた。
なのに刀身には何もついていない。
「キケッ!!」
だが不思議がっている場合ではない。
奴がブレイクダンスのような動きで起き上がりつつ斬りつけてくる――その動きにダメージは見られない。
「くっ!」
飛び下がって離れ、その着地点から跳ね返るようにして再び飛び掛かる。
「はああっ!!」
今度は刺突ではなく、大上段からの振り下ろし。
奴も起き上がりざまに防御を試みるが、僅かに私の方が速い。
「ギッ!?」
頭の半分ほどに刀身がめり込む。
再び水袋のような手応え。
そして再び、一滴も血が流れない。
「どうなっている……?」
そして頭に刀身が入ったまま、平然と反撃に転じてくるのを危うく飛び下がって躱す。
不死身?一瞬よぎるが、すぐに訂正する。
刀身には水がついていた――血のついているはずの部分全てに。
そして何より奴の足元。一方向に流れていた水が、まるでそこだけ凍っているかのように水面の上に立っている奴の足の下だけ渦を巻いている。
その渦に巻き込まれた落ち葉が一枚、くるくると流れに沿って回りながら奴の足に吸い込まれていく。
「キッ……」
奴の声、今しがた開けた喉の穴からその葉っぱが飛び出すのと同時。
その時も当然、一緒に出るのは血ではなく水。
――ああ、そういう事か。
「てめえ、水が血ってか」
だとするとここで闘うのはまずい。
奴の体内に水が巡っていて、傷口が出来てもそれを全身から吸い上げることで傷を塞げるのだとすれば、ここは最悪の場所だ。
何しろ川なのだ。枯れない限り奴は無限に回復し続ける。
「メリルさん!」
そこまで考えたところで、私の名を呼びながらスイがこちらに近寄ってくる。
「スイ!ダメだ!離れろ!陸へ――」
陸へあがれ。その言葉まで奴は待ってくれなかった。
再び水の上を滑るようにして、一瞬で間合いを詰めてくる。
と、同時の刺突――喉と下腹部の二本同時。
「くぅっ!!」
横にすっ飛んで紙一重にかわすが、それだけでは奴は止まらない。
突いた腕が一切止まらずに跳ね上がり、或いは振り下ろされる。
「ぐっ!!」
回避は間に合わない。ならば刀身で受けるだけ――だが、間に合ったのはほとんど幸運によるものだった。
間違いなく、先程までよりスピードが上がっている。
「メリルさん!!」
再びスイの声。
だが反応している余裕すらない。
この動きを見せる相手に、私と彼の二人が共に無事に岸まで戻れる可能性――限りなく低い。
「キケケッ!!」
そしてその事を知ってか――或いはそうなることを狙っていたのか――奴は勢いづいて躍りかかる。
右、左、右、左、右、左――高速の剣舞が私の刀との間でカッと音を立て、手に嫌な手応えを伝えてくる。
「この……っ!」
そのうちの一撃、右から左へ真一文字に放たれた斬撃を受け流してから反対に胴を払うが、やはりただ水が流れるだけ。奴の動きも変わらない。
「ケケケッ!」
反撃への更なる反撃=再びの二点同時突き。
「ぐうっ!!」
下腹部に鋭い衝撃が突き刺さる。どちらも避けるのは不可能だった。
致命傷になりかねない喉を優先して守り、胴鎧を信じて下腹部のそれを受けるが、当然ながら刺さらないだけだ。
「かっ……あっ……」
重く鋭い衝撃が体を貫いていく。
奴がもう少し力が強ければ、そのダメージだけで倒れていたかもしれない。
――だが幸いそうはならなかった。なら、止まっていられない。
「ぐっ!!」
止めとばかりに振るわれた斬撃を、川底を転がって躱して距離を取る――立ち上がると同時に鋭い痛みが腹を駆け抜ける。
「ぐ……うっ!」
思わず声が漏れる。
噛み締めた歯が音を立てるのが自分でも聞こえた。
「キキ……ッ!」
その絶好のチャンスに奴は飛び下がる。
一瞬前まで奴がいた場所に光のネットがふぁさりと落ちた。
「くっ、外れた!」
その主=スイの声が背後で聞こえる。
外れたが助かった。
「スイ、それまだあるか」
奴の動くスピードにあれを当てられるとは思えない。
だが、もし上手く当てることが出来れば――そして奴が私の考えている通りの性質の持ち主なら――形勢逆転も可能なはずだ。
推測:奴は水で体を構成している。
先程から与えている攻撃の際に流れ出た自ら考えてもこれはまず間違いないだろう。
それがモンスター故の生来の性質なのか、或いは魔力によってそうしているのかは分からないが、とにかくそうなっている。
次の推測:奴は周囲の水を吸収することによって即座に傷を塞ぎ回復することが出来る。
これも状況からの判断だ。あの落ち葉が足の裏から吸収され――恐らくは不純物として――傷口から出てきたこともそう判断する一因だ。
そして恐らくこれに関しては魔力が必要だ。
で、あるならば、魔力を吸収できるあのネットをかぶせることが出来れば、奴の一番の能力を奪うことが出来る。
恐らくスイも同じ結論に至ったのだという事は、今の行動からするとおかしなものではない。
「はい!あと一個だけですが」
その声もまた私が自分と同じことを考えていることを理解していた。
あと一個。つまり失敗は許されない。
「よし、分かった」
まあ、大した問題ではない。
どの道戦闘だ。命と命のやり取りだ。
失敗が許されないことなど当たり前だろう。
「ならもう一度頼む。私が合図する――」
だが奴は速い。恐らく普通に使っては100回投げても当たるまい。
「私が奴を止める。そこで使え!」
それなら選択肢は一つしかない。
ベタだが、私が奴を止めるだけだ。
「さて……」
ネットを警戒したか、奴は容易には飛び込んでこない。
両腕をだらりと下げた構えのままで正対している。
「ケッ」
その奴が動く。
左に振って右へ。一瞬のフェイントを交え、それをフェイントだと理解した瞬間には目の前にいる。
「シャッ!!」
右腕の斬撃が鼻先を掠めていく。
直後に左の突きが下腹部に二発目を見舞いに来るが、流石に単発なら躱せる。
刀身でツキを受け流し、そのまま奴の左腕の上に乗せるようにして突きを返すが、それより早く奴が後方へ飛んでいる。
相変わらず速い。
――だが、最初のやり取りで仕留められなかったのは奴の失敗だ。
こちらも慣れてきている。
奴を捕らえる手は十分にある。
(つづく)
今日も短め
続きは明日に




