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森の影を追って11

 「スイ!おいスイ!止まれ!!」

 しかし声は届いていない。

 直接取り押さえるか?そう考えたがしかし、すぐにそれが無駄であると気づく。


 「君、一人なの?お父さんかお母さんは?」

 スイは彼女――と呼んでいいのかどうかは分からないが――をじっと見たまま、足元を確認することもなく吸い寄せられていく。

 その声はまともで、意識ははっきりしている。

 つまり催眠や人格を乗っ取られている訳ではない。

 そんな難しい手段ではなく、より簡単で単純で、故に厄介な手段だ。


 「くそったれ!」

 毒づいて足を止める。


 こうなった人間を止めるのに最も確実な方法を採用――術者を殺す。


 ナイフを抜いて通常と逆、即ち刃を指で挟んで振りかぶる。

 私だって元々はあちらサイドの存在だ。故に分かる。

 操って引きずり込むタイプの奴にとって、相手の意識の有無は問題ではない。

 人間の精神というブラックボックスをいじくりまわすリスクを冒すことなく希望する方向に操るには、むしろ意識をしっかりさせたままその相手の善性や常識を逆手にとって罠にはめるのが確実だ――ちょうど今のように。


 「そいつを放せ!」

 叫び、そしてナイフを投げる。

 回転する刃が真っすぐに目標に吸い込まれていく。

 狙うは奴の顔面。こちらには気づいていない。


 「ギッ!?」

 そして目標過たず。

 短い悲鳴を上げながら奴の頭が空を向く。

 次の瞬間、スイの足がぴたりと止まった。


 「えっ、あっ!わっ!?」

 その時初めて彼は気が付いたようだった。あと少し歩を進めればそのまま溺れ死んでいたことに。

 「なんで……僕」

 「意識誘導だ」

 意識誘導。要するに術者が指定したもの以外目に入らなくするというもの。

 極めて大雑把な言い方をすれば手品と同義だ。


 「ま、もう使えないだろうがな」

 それを使って彼を殺そうとした張本人は、顔面に突き刺さったナイフの柄を空に向けたまま停止している。

 「いや、そうでもないか……」

 直ちに自分の発言を訂正したのはそれを認めた直後だった。


 天を仰いでいた奴の首が動く――更に後ろへ。

 「なっ……あっ……!!」

 スイが声を上げる。

 無理もない。ついさっき、ほんの一瞬前まで人間の少女だと思っていたものの顔面にナイフが突き刺さり、その顔が人間の体では考えられない曲がり方をして背中に吸収されていくのだから。

 「コッコッコッ……」

 鶏のそれを甲高くしたような鳴き声が、首から上を失った胴体から発せられる。

 ――或いはそれはカウントダウンだったのか。


 「コッコッコッ……カァッ!!」

 一際甲高い声。

 それと同時にそれまで首が繋がっていた胸の間から映像にあったアルラウネと変わらない化け物の顔が姿を現す。

 ――いや、こいつに比べればアルラウネですら上手く人を模していただろう。


 こいつの新しい顔には一切それらしさがなかった。

 瞼がない真っ白に白濁した眼球。

 一切の毛髪の類が存在しない頭。

 頬まで裂けた口にびっしりと並ぶ、鏃のような牙とその間をせわしなく動く二股の舌。


 それが埋め込まれた体もまた同様に、人間のそれとかけ離れている。

 青白いを通り越して魚の腹みたいな体色。

 直立した状態でかかとを触れそうな程長い腕。


 「化け物……」

 スイの漏らした正直な感想を意識したわけではないのだろうが、その気味の悪い頭を本来の頭の位置にまで戻すヴィーラ改め化け物。

 「正体表したな。ええ?化け物ちゃんよ」

 私が誰かを化け物呼ばわりすることがあるとは思わなかったが、今の私とこいつならどちらがより化け物らしいかなど一目瞭然だ。


 「カカカカッ!!」

 笑っているのか怒っているのか、鳴き声を上げる顔にズブズブとナイフが沈んでいく。

と、その攻撃を学習したようにひょろ長い腕の先端が変化した。

 人間で言えば肘から先に当たる部分が、丁度今しがた投げたナイフの刃と同じような形に。


 と同時に奴が突進――いや、正確には水面を滑ってこちらへ向かってきた。

 「くっ!」

 咄嗟に抜刀して切り結ぶ。

 刀で防いだ奴の右腕が、その見た目とは裏腹の硬質な音と手ごたえを返してくる。

 「カララッ!!」

 「くうっ!」

 叫び声と同時に左。

 独楽のように回転しながらの斬撃を躱すと、回転を止めずに右の裏刃が通り抜けた左と同じ軌道で突っ込んでくる。

 「ちぃっ!」

 刀身で受け、そのまま奴の右腕の上に乗せて首に向かって薙ぎ払うが、直前で空を切った。


 「カカッ!」

 どうにも始末が悪い。

 どうやら水の上は奴の戦場らしい。奴の足は水上を滑るように移動してくる。

 「まあいいさ」

 だが、それだけなら対処は可能だ。

 ――そう思った瞬間、奴が腕の先端を水中に沈めた。


 「ッ!」

 直感:仕掛けてくる。


 「スイ!逃げろ!」

 叫びながら飛び下がる。

 結果から言えば、その叫びは不要だった。攻撃は私の方に集中していたのだから。


 飛び下がった瞬間、それまで私がいた場所に二本の線が突きあがった。

 丁度私の首の高さで交差する二本の線――先端はナイフ形に尖っている。


 「メリルさん!」

 「大丈夫だ。陸に上がれ!」

 振り返らずに叫び、自分でもそれを実行しようとしてすぐに中断する。


 「カケッ!!」

 腕に引き込まれるかのような奴の突進が目の前に迫ってきていた。

 「くうっ!!」

 右、左、右、左――まるで踊るかのような二刀流の斬撃が途切れることなく繰り出される。

 「ちっ!」

 だが、やられてばかりという訳でもない。

 奴が両手を広げて一歩踏み込む。


 左右からの挟み込み――回避不能な攻撃に見せかけた悪手。


 「……っの!」

 左手を刀から離して、右腕一本で斬撃を受け止め、同時に空いた左手を奴の右腕=刀で受けていない方の斬撃に向かわせる。

 ――勿論、斬撃を腕で受けないように。


 「おらっ!!」

 「グッ!」

 斬撃の根本――まだ人間らしさを辛うじて保っている部分に手刀を当てて受け止め、同時に下腹部を蹴り上げる。

 水の入った袋を蹴ったような微妙な手応え。しかしそれで蹴りを無力化されたわけではないという事を伝える僅かな崩れ――それこそほんの一瞬の。


 それで十分だ。


 そのまま奴の右腕を掴み、一気に引いて崩す。

 勿論、同時に右手は刀の峰で奴を抑えている。

 「うらっ!!」

 そうなればやることは一つだ――体を入れて腰で投げる。

 奴と浅い川面とが音を立てる。水の上を滑れても重力には逆らえない。


 そして斬りあいの間合いにおいて、この状況は致命的だ。


 「ギゲッ!」

 奴の短い悲鳴――倒れた奴の喉元に刃を突き立てた。

 水袋を破った手応えが伝わってくる。

 刃を引き抜き、そして――。


 「!?」

 一滴も血がついていないことに気づいた。


(つづく)

今日も短め

続きは明日に。

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