森の影を追って10
「そういう事か」
これで奴らの当てた一山の正体が分かった。
それにしても幽霊とは……。まあ、私みたいな者があれこれ言うのはおかしな話だろうが。
「なあ、スイ」
「なんですか?」
念のための補足。
というより、今思いついた仮説を確認する。
「天魔樹脂というものを知っているか?」
私の知識もこれに関しては奴と一緒だった。
だが餅は餅屋だ。彼なら何か知っているかもしれない。
「話には聞いたことはあります。実物を見たことはありませんが……」
見習いとはいえ高等術官であっても実物を拝んだことはないようだ。
やはりそれなり以上に貴重品なのだろう。
「そうか、因みにだが、あれを人が作ることは出来ると思うか?」
「人が、ですか。……うーん」
ただの思いつき。というよりも直感。
「恐らくは出来ないと思います。もしやるとすればモンスターを養殖して……という方法になると思いますが、未だにどのモンスターの体内で作られるのか、どういったメカニズムで生まれるのかについては分かっていなかったはずですから」
「そうか……成程な」
ついでにもう一つ聞いておく。
「ついでに教えてくれ。人間がモンスターを養殖する技術というのは確立しているのか?」
「出来ない訳ではないですが、ごく限られた種族だけです。先程の樹人みたいなのは例外ですね。一応そういう研究は過去には、それこそロストールの時代にはあったようですが、ついに成功には至らなかったと聞きます」
外れた直感:ここがアルラウネを育成して天魔樹脂を量産する施設。
先程の人造樹人の例からしてこいつも……と思ったが、どうやら違ったようだ。
となると、奴は単純に幸運によって一山当てたという事になる。人間の運不運というのはよくわからないものだ。
「そうか、分かった。ありがとう」
「いえ。でもどうしたんですか急に」
「いや、大したことじゃない」
これで何者かが天魔樹脂の生産方法を確立し、利益を独占するためにそれを隠し、人を近づけないようにモンスターを配置していたという今思いついた仮説は早速不成立となった。
という事は、ここは何か別のものを隠しているという事になる。
「なら……一体何が」
私の呟きはスイには聞こえていなかったようだ。
「それにしても」
「どうした?」
横を向いていたその本人が、歩いてきた上流から向かっている下流に向かって川を眺めながら呟く。
「この川……自然のものとは思えませんね」
言われてみて初めて気づく。
ほとんどは崩落するか、植物や土に埋もれてしまっているが、所々岸壁が整備されていた名残がある。
「昔は水路か水濠だったのかもな」
彼に相槌を入れながら同じように目を動かす。
石を組み上げた――それも、几帳面にも均質にブロック状に切り出したものを使用してだ。明らかに人間の手によって造られたか、或いは整備された水路だったのだろう。
奴はあの幽霊の少女を追いかけることに夢中で気づいていなかったようだが、川底に目を凝らすと所々同じような石が露出している部分が見える。
しっかりと掘り返してみれば、案外まだ川底にはしっかりと舗装された部分が残っているかもしれない。
「案外、この森自体何者かが人工的に生み出したものだったりしてな」
「それは……どうでしょうね」
案外あり得ない話ではないだろう。
その理由は樹人と同様に今のところ不明だが。
そんなやり取りをしながら川を下っていく。
過去の映像では奴は走り抜けていたが、こちらは慎重に、辺りを警戒しながら進む。
やがてデモンスパイダーに襲われた木のあった場所にたどり着いた。
「……」
流石にそこまで同じではないと思いながらも無意識に腰間のものに手が伸びる――杞憂に終わってそっと手を放す。
「あれは……」
スイが声を上げた。
ああ、そうか。彼はここで何があったのか知らないのだ。
「デカいな。アルラウネか何かか」
話を合わせておく。
つい先ほど奴の視点で見ていた巨大生物の残骸は、今でもしっかりと川の真ん中辺りに残っていた。
奴が見ていたように既に花はなく、同量の金より高価なお宝を抱えていた人間部分も消滅していて、代わりに何か別の苔か何かがその上を覆いつつある。
植物とは、自然とは凄いものだ。
あれだけ暴れまわった化け物でさえ、死んでしまえばそれを飲み込んで自分の一部にしてしまうのだから。それも川の真ん中で、植物の上に植物が根を張るという離れ業までやってのけている。
「既に死後しばらく経っているようですね。一体誰が……」
「私の追っている相手だよ」
そう伝えると、足が濡れるのもお構いなしに川に入っていた彼は驚いた顔で振り向いた。
「えっ!?お知り合い……なんですか!?」
「いや……ああ、まあ、知り合い……みたいなものかもしれないが」
先程の映像から考えるに、そして態々討伐依頼を出されていたという点からも、アルラウネはそれなり以上に脅威と判断されているのだろう。
「一体どういう……あ、いや。秘密でしたね」
「よく覚えていたな」
そう言ってから、一言付け足しておく――彼の驚きと戸惑いの表情を見て思いついた。
「安心しろ。君には危険がないようにするよ」
「べっ、別に僕はそんな心配は……」
やはり、彼も男だ。それに若い。
女の私にそう言われるのを、はいそうですかと聞き入れるのにはまだ抵抗があるのだろう。
「フフッ、そうか。それは頼もしいな」
極力馬鹿にしているように見えないよう意識した口調でそう言っておく。
誤解を招くのは望むところではない。雇用関係だからとはいえ、せっかく協力してくれているのだ。
「あ……えっと……、え?」
その意識がしっかり表に出たのか、彼も少しはにかんでぶつぶつ言っていたが、不意にアルラウネの残骸の向こうへと目を向けた。
「どうした?」
「今、何か声がしませんでしたか?」
そう言われても、私には彼がもごもご言っていた以外には鳥のさえずりぐらいしか聞こえなかった。
「あっ、あれ」
しかし何か聞こえたという彼には何か見えているらしい。
目の前にだらりと広がっているアルラウネの蔦の向こうにその何かを認めて足を向ける。
「何かいるのか?」
「子供です。小さい女の子が――」
そう言って彼が指をさすのは、アルラウネの残骸の後ろ――ちょうど、最初にアルラウネが鎮座していた辺りだ。
「子供……?」
直感:ヴィーラ。
まだ成仏できないのか?
「ねえ、ここで何しているの?」
そちらに声をかけながらアルラウネの蔦を乗り越えようとするスイ。
彼の背中越しに幽霊少女が佇んでいる。
「お父さんかお母さんは?」
スイが蔦を乗り越える。
少女は答えず、代わりに小さく手招きするような動作。
川の中で、奴と出会った時と同じような格好で。
そう、川の中だ。
「……ッ!!」
先程の映像が頭の中で再放送される。
あそこはアルラウネが最初に鎮座していた場所だ。
そしてそれを見た奴は気付いていた。
子供の足がつくような場所ではない、と。
「スイ、待て!」
彼はとぼとぼと近づいていく。
「ッ!」
その時私は確かに見た。
手招きするヴィーラ。その口元は――まるでアルラウネのように――頬まで裂けていた
(つづく)
今日は短め
続きは明日に。
誤字報告頂きました。
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