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森の影を追って9☆

 「「ショーマ!」」

 二つの声が俺を呼びながら、水をはねる音と共に近づいてくる。


 「終わったよ」

 そちらに振り返りながら答えると、安心したような、信じられないというような顔と目が合った。


 「凄い……」

 そしてその認識が間違いではないという事を証明するフレイの言葉。

 今しがた俺たちが倒した巨体を見上げる彼女の視線を追って、俺も再度この戦果を確認する。

 人の身長を優に超える巨大花。乗用車と同じかそれ以上ありそうな、全ての縮尺が狂ってしまったかのようなこの巨大植物は、今や花弁が全て落ち、その下にあった葉っぱだけが重力によって悉く着水していた。


 そのさらに下、全ての蔦の始点となっている根の部分だけが奴の健在時と変わらないが、足代わりに動いていたそれすらも最早ピクリとも動かず、ただその重さで流されないだけの残骸となり果てていて、いずれはこの部分も腐ってなくなってしまうだろうというのは容易に想像できた。


 「あ、そうだ!」

 その姿を目に収めたところで、唐突にもう一つの事柄を思い出す。

 ヴィーラはこいつの後ろに連れていかれたのだ。


 「ヴィーラ!」

 たった今駆けあがった蔦をよじ登って後ろ側へ。

 「ヴィーラ!無事か!?」

 声に反応は返ってこない。

 「ヴィーラ!」

 もう一度、だが結果は変わらない。

 蔦から降りて残骸の後ろ=ついさっきまでアルラウネが鎮座していた辺りまで足を進め――ようとして止まる。

 アルラウネの重さで沈み込んでいた、という訳ではないのだろうが、その辺一帯はかなり深くなっていて、大人でも足がつかないような程だ。


 そしてその更に奥、岸辺があると思われていた辺りは対岸から想像していたのより川幅が広がっており、周囲の斜面を覆っている植物がその広がった部分にまで枝葉を伸ばして直下の川面に蓋をしている。

 ――当然、小さな少女がいるような場所ではない。


 「ヴィーラ……」

 一体どこに行ったのか。三度言葉にしたその名前はそれまでよりだいぶ頼りない声になっていた。

 「ショーマ、ヴィーラは……」

 後ろからのセレネの声に黙って首を横に振る。

 嫌な想像だけが頭の中に浮かび、彼女が見つからないという事実がその想像を更に補強していく。

 そんな筈はない――そう否定したくとも否定する材料が見つからない。そして否定する材料が見つからないという事実が、却って想像に更に説得力を持たせてしまっている。


 「そんな……」

 そしてどうやらセレネも同じ思考を辿っていたようだ。

 小さく漏らしたその声は泣き出しそうなものだった。


 そんな暗く沈んでいく俺たちに顔を上げさせたのはフレイだった。

 「二人とも、これを見て」

 妹より少し下流に立っていた彼女がそう言って俺たちを呼ぶ。

 彼女が立っていることで分かったが、どうやら深くなっているのはこの辺りだけのようで、少し下流では俺たちがいた対岸と同じように砂が堆積した浅瀬が形成されていて、その更に上には僅かだが草の茂った陸地が存在する。


 フレイが何か見つけたのは、その陸地のようだった。


 「どうした?」

 「何かあったの?」

 その呼びかけに応じた俺たちをブルーの瞳が横目でとらえ、それからそれが見下ろしていた呼びかけの理由に再度注がれる。

 「これ、今見つけたのですけど」

 そういってその視線の先を指さす。

 その先=草地に半分埋まっている状態の円筒形の物体。

 それが何でできているのかは分からなかった。外見からするに石や金属ではなさそうだが、陶器か何かだろうか。

 一人用のベッドを更に細長くしたような太さのその円筒の物体は巨大な亀裂が、見えている部分の半分ぐらいに走っていて、良く見えないが中身は空っぽのようだった。

 ――だが、目を引いたのはそこではない。


 その円筒の、亀裂の少し上に何行か彫られた文字が見えている。

 本当はちゃんとした文章があったのだろうか、所々潰れてしまっていたり、残っている文字も知らないものだったり――なぜかこの世界に来た時からすんなり読めたこの国の言語とは異なる文字だった――しているが、その中に僅かに現在のこの国の言葉と同じものが残っていた。


 「ヴィーラ……」

 その読める文字を口に出す。

 「ええ」

 フレイの声。

 「……推測ですけど」

 小さく息を吸って、それから用心深そうに彼女が続ける。

 「この筒、人が一人入りそうな大きさに思えませんか?」

 同意する。

 そして同時に頭の中に先程彼女から聞いた話が浮かび上がってくる。

 「ここ……祭祀場だったよな……」


 突拍子もない考え。

 だが同時にそれを後押しする考えも浮かぶ――魔術があってモンスターがいるような世界なのだからそれも不思議ではない。

 そしてその考えは、この円筒――恐らくは棺――の発見者も同意見のようだった。

 いや、俺よりそちらに傾いていたようだ。


 「……彼女、私たちに見つけてほしかったのでしょうか?」

 「もしかして、アルラウネを倒してほしかったとか?」

 「さあて」

 姉の言葉に同調した妹の仮説にどちらともとれない声を漏らしながら、俺はその棺の前に腰を下ろした。

 これがいつ頃からここにあるのはかは分からないが、恐らく昨日今日ではあるまい。

 その長い時間の中で中の肉体は恐らく風化するなり腐敗するなりして、或いは食物連鎖によってなくなってしまったのだろう。


 だが、それ以外の部分は残っていた。


 「まあ、何にせよ――」

 静かに手を合わせる。

 「これで成仏できるといいな」

 おやすみ。ヴィーラ。

 気が付くと、俺の両隣で姉妹が同じように跪いて祈りを捧げていた。


 「優しいのですね、ショーマ」

 祈りを終えたフレイが静かに俺にそう言った。

 「優しい?何が?」

 「だって、これがヴィーラの棺かもしれないって思った時、最初に冥福を祈ったのはショーマでしたよ」

 ああ、言われてみればそうかもしれない。

 なんとなく、自然に手を合わせていた。

 ヴィーラのことを知っている訳ではない。彼女が何者で、何故ここに葬られていたのかも分からない。

 だがそれでも、彼女が安らかに眠れるようになることを、俺は望んでいた――のだろうか。


 或いはただ単に社交辞令的にそう口にしただけだったのかもしれない。自分でもその辺はよくわからない。


 「別にそういうつもりじゃないよ」

 「そうですか?」

 正直な回答。だが照れ隠しもいくらか。

 そのやり取りに割り込んだのは、背後で何かが崩れ落ちる音だった。

 「「「ッ!!?」」」


 全員が音のした方へ振り返る。そこにあるのはアルラウネの死体だけ。

 ――いや、正確には違う。

 今は崩壊した花弁の中にあった上半身がなくなっている。


 「……」

 再び蔦をよじ登って奴の前へ。

 崩壊によって、最早維持できなくなったのだろう上半身が頭から川底に突っ込んでいた。

 そしてそれは魔物ゆえだろうか、少しずつその体が薄くなり、奴自身がぶちまけていた花粉と色違いの、白っぽい粒子となって消えていくところだった。


 「お……?」

 そしてその消えた跡に、何か光るものが突き刺さって、日の光を受けてキラキラ光っている。

 「なんだこれ?」

 俺の指先から肘ぐらいまでの長さと太さがあるハニカム構造の物体。

 琥珀色の透き通ったそれを日光にかざすと、中で虹色がキラキラと揺らめく。


 「それ……っ、天魔樹脂ですよ!?」

 その正体を――妙に興奮した様子で――教えてくれたのはフレイだった。

 「天魔樹脂!?本物の!?」

 同じく興奮した様子でセレネがのぞき込む。

 「って、なに?」

 その二人の興奮の理由が分からない俺。


 「同じ重量の純金より高価と言われる、一部のモンスターの体内からしか採取されない物質で、最高級の魔術道具の素材になるほか、その価格から宝石のようにも扱われます」

 その説明を受けた途端、手の中にずしりとした重量を感じた。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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