森の影を追って8☆
「ショーマ!」
叫び声が後ろから響く。
と同時に風がうなる。
「くっ!」
間一髪の飛び下がり――それまでいた場所に蔦が叩きつけられる。
躱して懐に飛び込む――先読みしたかのように蔦に遮られた。
まるでそれ自体が意思を持った生物であるかのように、二本の蔦が暴れまわり、近づこうとするほどその動きが激しさを増す。
「ちぃっ!!」
その猛攻に思わず下がり、それを狙っていたかのように再度毒の煙が吹きあがる――今度は中央の人型も口から同じものを吐き出す。
「風よ!我は乞う!我らを侵さんとするあらゆる害毒をその清浄なるを持って払い給え!」
再びのセレネ。
風が毒花粉を吹き飛ばして無力化するが、それだって奴に何かダメージがある訳ではない。
奴の花粉がどれほど残っているのかは分からないが、今の一発で打ち止めではないという事はなんとなくわかる。
「はぁ……はぁ……」
そしてこちらにあれを防ぐ手段はセレネの魔術だけだが、その打ち止めが迫っているのは、彼女の消耗を見れば明らかだ。
――長期戦に持ち込む訳にはいかない。
そのことに気づいたのは俺一人ではなかった。
「なら……っ!」
飛び下がったすぐ近くで、フレイが再度杖を突きあげる。
「雷よ、その光破邪の刃となり、我に――」
詠唱が響きはじめたその瞬間、俺の頭によぎったのは先程のヴィーラの姿だった。
「フレイ待って!ダメだ!」
「えっ!?」
雷はまずい。
もう一度アルラウネの方を見る。どうやら奴の本体も川に浸っているようだ。
もしこの状態で奴に電撃を加えたとしたら、そのままヴィーラまで巻き込んでしまいかねない。
彼女の姿が見えない以上、その危険を冒す訳にはいかない。
「けどショーマ……」
彼女が何かを言いかけた。
気持ちは分かる。俺だってヴィーラの姿がよぎらなければ撃ってもらおうとするだろう。
「ヴィーラを巻き込むかもしれない」
「あっ……!」
その名を聞いてフレイも俺が躊躇する理由を理解したようだった。
杖を下ろし、それを体の前に構えながらも、何かを詠唱できる訳でもなく、ただ奴を睨みつけるしかできない。
「でも、それじゃどうすれば……」
俺たちのやり取りを聞いていたセレネが泣きそうな声を上げた。
その理由=アルラウネがこちらに向かってきている。
こちらが仕掛けられないことを理解したのか、四本の蔦を器用に動かして川の中に波を起こしながらこちらとの距離を詰めてくる。
手が出せまい――そう勝ち誇るかのような表情のアルラウネ。このまま毒を浴びせて溶かすつもりか、或いはその蔦で叩き潰そうというのか。
だが、当然こちらもやられるつもりはない。
「フレイ、セレネ。頼みがある」
頭の中に明滅する作戦。
無茶ではあるが、一回限りなら有効だろう。
ならその一回で終わらせればいいだけだ。
「セレネ、確か加速の魔術は使えたな?」
加速の魔術は、その名の通り被術者の動作を一時的に高速化する魔術だ。
そしてそれはセレネの得意とするもののひとつであったはずだ。
「う、うん」
「なら俺にそれをかけてくれ」
その時点で彼女は俺が何をしようとしているのかは分かったようだ。
「えっ、でも――」
それにはあえて答えず、すぐにフレイに目を向ける。
「フレイは俺が合図をしたらアルラウネ本体の視界を封じるように攻撃用の魔術を放ってくれ。当てなくていい。というか当たらないように」
「ショーマ、あなた……」
どうやら姉妹そろって気づいているようだ。その無謀さも。
だが、それだからと言って辞めることはできない。
「もし失敗したら、その時はすぐに逃げてくれ」
そんなことを想定したくはない。
――正直にいう。置いていかれたくはない。
だが、そう言っておかないと動くことはできない。誰より自分が。
「よし、行くぞ!頼むセレネ!」
返事を待たずに二人に背を向け、奴に向かって剣を向ける。
「天上の者よ、勇敢なるものに翼を授けたまえ――」
詠唱をスタートの合図にして俺は走り出す。
狙うは向かって右、残っているもう一つの花弁。
「っ!おおおっ!!」
走り出した瞬間、背後から何かが俺を通り抜けていくような錯覚を覚え、同時に自分の体が羽毛のような軽さに思え始める。
そしてその感覚までは錯覚ではないという事を証明する様に、世界が急速に縮まっていく。
「くぅっ!」
アルラウネの反撃――しかし躱せる。先程までより余裕を持って。
一気に懐に飛び込むと、花弁の中央に狙いを定める。
「はあああっ!!」
そのまま、魔術を上乗せで加速した突きを、花の中心に叩き込む。
「フレイ!今だ!!」
直ちに引き抜き同時に叫ぶ。
その時には既に激昂したアルラウネ本体がこちらを睨みつけ、今すぐにでもこの小癪な生き物をぶち殺したいという意思をむき出しにしている。
「雷よ、その光破邪の刃となり、我に迫りし敵を討て!」
そのアルラウネを挑発する様に一筋の閃光が俺と奴の間――正確に言えばだいぶ奴より――を駆け抜けていく。
注文通り、奴の鼻先をかすめていく閃光。
そして見込み通り、奴はその一瞬に隙を生じた。
「はああっ!!」
剣の能力を最大限引き出す。
今しがた花を破壊した蔦の上に足をかけ、ほとんど動きのないその上をかけてからそれを思い切り蹴りつけて飛び上がる。
アルラウネがいつの間にか目の前に現れた脅威に反撃体勢を取ろうとする――が、遅い。
セレネの魔術と俺の能力。そしてフレイによる視界封じがしっかりと奴の動きを鈍らせている。
普通の人間と同様に両腕で顔を守ろうとするアルラウネ。
――その腕の下を潜り抜け、首に切っ先をめり込ませる。
「ギイイィィィィッ!!」
奴の咆哮。
両手で喉元に抉り込んだ剣を、しっかりと十分なダメージを与えたことを確かめてから引き抜く。
奴の背後へ着地。意外な事実=奴が最初に鎮座していた場所はすぐ目の前で、そことその周りは足がつかない程に深くなっている。
そのぎりぎりの場所に着地しながら、俺の意識はすぐにそれから別に移る。
「どうだっ!!」
次の関心事=奴の生死。
すぐに振り返ると、ゆっくり、ゆっくりと世界が動いていた。
アルラウネの本体は大きくのけ反り、それを巻き戻すように元に戻る軌道を取りながら、しかし元の位置を通り越して前に丸まっていく。
その周囲の花弁もまた、その上半身部分に連動するようにして一枚、また一枚と川にその先端を着けていく。
振り上げられていた蔦も既にばしゃんと音を立てて川底に没した。
本体の動きは止まり、上半身もピクリとも動かない。
「は、はは……」
思わず笑いが漏れる。
俺たちはアルラウネに勝ったのだ。
(つづく)
今日も短め
続きは明日に。




