森の影を追って7☆
「さあて――」
覚悟を決める。
何匹相手にすればいいのかは分からないが、どれだけ出てきても無限ではない。
そしてこいつらも――そうは見えないが――知能は持ち合わせている。
とても自分たちでは敵わないと判断すれば撤退するか、それが出来なくても手を出しては来なくなる。
そうなれば後は本体を落とすだけだ。
小さく息を吐く。
そうなるまでは相手をしてやる。
「ショーマ!下がって!」
その覚悟を決めた瞬間、セレネのその叫び声に呼び戻された。
樹人たちとの距離はまだある。安全を確保してから振り返ると、岸辺でこちらに呼びかけているセレネの隣で、その姉が空に向かって杖を突きあげていた。
「光よ、邪悪を払う聖なる閃光よ――」
そしてその姿勢のまま、厳かな詠唱の声を辺りに響かせる。
不思議な感覚――樹人たちの足が川の水と立てる音が絶え間なくなっているにも関わらず、彼女の声はよく通っている。
「ショーマ早く!巻き込まれる!」
そうだった。感心している場合ではない。
「分かった、ちょっと待て……っと」
そこでようやく追いついた樹人の2位グループの一体が襲い掛かってくる。
それをいなして足を払い、間抜けに転んだそいつを尻目に岸辺に駆ける。
「――その力を我らに貸し与え、我と我が盟友とを守る力とならん――」
バシャバシャと足が音を立て、その間にも詠唱は続く。
先程の雷のそれと比べて――いや、これまで聞いたどの詠唱と比べてもかなり長い。
以前聞いた話では、魔術の詠唱とは強力なものになればなるほど長大な詠唱と、強い集中力が必要となるものらしい。
という事はこの長さは――?
「――その力は即ち清浄の刃なり。その刃即ち我らに迫る者を払う破邪の剣なり!」
詠唱の終了と岸への到着はほぼ同時。
そして、杖を突きあげたフレイの周囲を――対面のアルラウネの花弁がそうなっているように――放射線状の光の杭が無数に空を向いて現れるのも、また。
そしてそれを認識した時には、その光の杭の一本一本が空に吸い込まれるように飛び立ち、切っ先を下に向けた剣の形となって降り注いだ――樹人たちの頭上に、正確に。
「凄い……」
その呟きが俺のものだったのか、或いはセレネのそれだったのかは分からない。
剣の形をした光の雨は、樹人たちを一匹ずつ正確に打ち抜き、一撃のもとに粉砕していく。
何が起こっているのか分からない者。状況を理解して逃げ惑う者。逃げ惑う事すら無駄だと悟ってしまった者――十人十色の反応を示しながら、樹人たちは次々と倒れていく。
光の剣はその一本たりとも外れることはなく、正確に対象を打ち倒した。
やがて墓標のように残っていた光が消えると、あとに残っていたのはその墓標の主たちだけだった。
「流石姉さん!」
「ふぅ……」
はしゃぐセレネの声に大きく息をつくセレネ。
口にこそ出さないが、その表情はどこか自信を感じるものだった。
「これで一掃しました。あとは――」
「待った!」
俺とフレイ。気づいたのは同時。
「くそっ、あいつもか!」
先程まで立ち昇るだけだった左右の花の花粉。
それが噴水――いや、爆発とさえ言っていい勢いで吹き出している。
そしてそれが黄緑色の煙となって辺りに広がり、全てを飲み込んでいく。
ゆっくりと、しかし地上の何も残さず飲み込む煙。それに包まれたアルラウネ本体の近くの木が傾いて、これまたゆっくりと崩れ落ちていく。
「な、何だ!?」
「気を付けて!あれを吸っちゃダメ!」
蘇る記憶――そう言うほどに古い記憶ではない。
道の真ん中に倒れていた木々。その上に咲いているあの花。
そして今まさに朽ちて倒れた木。
あの煙を吸えば、俺たちだって同じ運命を辿ることになりそうだ。
「くっ……、逃げ――」
「私に任せて!」
避難を決定しようとしたその出鼻を挫いたのはセレネだった。
振り向いた俺をすり抜けるように俺の前に飛び出すと、こちらは地面と水平にした杖を煙に向かって突き出す。
「風よ!我は乞う!我らを侵さんとするあらゆる害毒をその清浄なるを持って払い給え!」
風よ。その呼びかけにまさに答えた突風が俺たちを包み込む――台風の目にいるというのはこういう感覚なのだろうか。
「よし!」
ガッツポーズのセレネ。
彼女を中心に俺たちの周囲で吹き荒れる風が、毒の煙を巻き上げて霧消させていく。奴の毒よりもセレネの風が上回った。
――なら、俺の仕事はもう決まっている。
「ショーマ!発生源を!」
「あの花をやっちゃえ!」
「おう!!」
叫んで答えた時には、既に足は川の中で音を立てている。
まだ吹いている守りの風を纏い、転がる樹人たちを飛び越えて、距離の近い左側の花へ。
「っと!!」
距離を詰めた俺を迎撃=振り下ろされた蔦。
それを間一髪でかわして、川底にめり込んだそいつが再度振り上げられる前に飛び越える。
「たああっ!!」
その着地点=例の花の目の前。
懲りずに充填され始めた毒花粉が俺の纏った風によって吹き飛ばされ、無防備な花弁が晒される。
そこへの一撃。花粉症患者なら胸がすくような体験だろう。
「はぁっ!!」
花の中心に刃を突き入れる。
まるで動物=花弁がビクンと脈打ち、剣を包み込むように――或いは傷口を庇うように――閉じようとする。
それに巻き込まれないように剣を引き抜くと、それに引き寄せられたように、閉じた花弁がぼとりと落ちる。
それがこいつらの生態なのか、或いは今の一撃で全ての花弁が分けられたのか、川に落ちたそれは着水と同時にすべての花弁がばらばらになって流れていく。
まるでガラスを地面に叩きつけたように壊れたその姿に、俺は自分の一撃が十分な威力を持っていたことを知った。
「よし!」
なら、あと一か所。
――いや、そうではない。
「あれはっ!?」
フレイの声。
恐らく俺と同じものを見ている。
「へっ、余裕なくなってきたのか?」
中央の巨大花が動いている。その花弁が傾斜角を減少させ、ほぼ水平まで下がっていく。
と、同時に現れる女性的なシルエットの人の上半身。
だが、人らしいのはシルエットだけだ。その肌は真っ青で、眼球は真っ白に白濁している。
人で言えば耳の辺りまでバックり開いた口は、頬が裂けているというよりも端から頬を持っていないように思える。
唯一シルエット以外で人間のものに似ていなくもない髪の毛――だと思われる繊維状のもの――はヴィーラのそれのように濡れて、体中に張り付いている。
アルラウネ。その本体がついに姿を現した。
(つづく)
今日は短め
続きは明日に。




