表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

32/173

森の影を追って5

 だがまだもう一匹、殺した相手を踏み越えてスイのもとへ――行こうとしたところで足が止まる。

 「スイ?」

 彼は杖を手放していた。恐らくは魔術には必須だろうそれを。

 まだ樹人との距離はある。5mかそれ以上。


 何をする気だ?その答えはすぐに本人が示した。

 鞄から取り出した何か――テニスボールサイズのそれから伸びている紐を反対の手で持つと、勢いよくその紐を引きちぎり、ボールの方をよろよろと近づいてくる樹人に向かって放り投げた。


 ゆるい放物線。

 ゆるいスピード。

 これまで見てきた彼の――正直に言って――決して優れてはいない身体能力に相応しい軌道のそれでも、それに輪をかけて緩慢な樹人には十分なものだったようだ。

 玉は樹人の頭上にふわりと飛び――そして爆ぜた。

 爆発、というよりは内側から何かが広がっての破裂と言った方が近いだろう。

 碌に音もせず、火も光も出ない。


 しかし代わりに現れたネットは、それ以上に強力なものだった。


 「なっ――」

 思わず声を漏らす。

 樹人に覆いかぶさったそのネットが眩く光ると、その下のターゲットはビクンと一際大きく痙攣してから、重力に抵抗することをやめて大の字になった。

 「……よし」

 投擲した本人はその効果を確認してから足元の杖を拾い上げ、それからビクビクと不規則に痙攣している樹人をその石突で小突いて危険を確認している。


 「……凄いな」

 思わず漏れた声は、彼に聞こえていたのだろうか。

 「死んだのか?」

 こちらは少なくとも聞こえていたらしい。

 「いえ、全身を麻痺させただけです。このネットで体内の魔力を奪っているだけで」

 その答えを聞きながら周囲を確認する。どうやらこの二匹しかいないようだ。

 杖の先を奴から離してこちらを振り返るスイ。その目は真剣で、私を見たことでどこか安堵しているようにも思えたが、同時に恐怖は感じていないようだった。


 戦闘は苦手とこの前言っていたが、そのための道具を使うのは――或いは、そして恐らく作るのも――その限りではないのだろう。


 「殺さなかったのか?」

 「僕の攻撃魔術の腕では、こいつらを倒すことはできませんから……。それに――」

 そこで言葉を切って鞄から今度はナイフを取り出す。

 「こいつには、少し気になるところがありましたので」

 「気になるところ?」

 オウム返しに答えた私に、少年はうなずいてからもう一度ネットの下の樹人を見下ろし――そこで初めて不安を表情に浮かべた。


 「待て、今止めを刺す」

 元々、荷が重ければ私がやるしかないと思ってもいたのだ。手間が省けたぶんこれぐらいはやってやろう。

 「あ、すいません」

 「こいつの急所は……ここか?」

 人間で言えば頭に当たる苔玉やよく分からない花が群生した辺りを切っ先でなぞる。

 「その少し下に、柔らかくなっているところがあると思います」

 そう言われたのと、触れた感触で反射的にそこに刃を突き立てたのは同時だった。

 ビクン――もう一度大きく痙攣。そして黄緑色の噴射。

 それで動かなくなった。


 「ありがとうございます。助かりました」

 「それで、何が気になるんだ?」

 ナイフを片手に屈みこんだスイは、奴の胸の辺りに手を伸ばす。

 「これです」

 樹齢を重ねた木がそうなるようにねじ曲がってうろが生まれている樹人の胸の辺りにナイフを突っ込むと、中をこするようにそれを動かしてから手を突っ込む。


 「これを見てください」

 引き抜かれた手に持たれていたもの=繊維の塊。

 ワイヤロープのように細い繊維を何本も束ねたそれは、寺にいた頃に何度か目にした線香の束を彷彿とさせた。実際に長さもそれぐらいだ。


 「……良く持てるな」

 その周りには、恐らくうろの中に固定しておくためだろう蜘蛛の糸のように粘りのある糸がまとわりついているが、スイがそれを気にする様子はない。

 「毒はありませんから大丈夫ですよ」

 「あ、そう……」

 戦闘での優劣が勇敢か否かを決めるとは限らない。


 「これはバルビルという植物の樹皮を繊維状にして、それをよって作ったものです」

 「バルビル?」

 再びオウム返し。私の知識には存在しない名前だ。

 「主に南方の、湿気の多い地域に生息する木で、芽を発酵させたものを炒ると睡眠薬とすることが出来ます。ただ、炒った時に強烈な臭いを発しますが……」

 「昨日の宿屋みたいな?」

 木賃宿での一夜を思い出す。とんでもないアンモニア臭がして暖炉の前から退散したのだった。

 「ええ。あの時は気付きませんでしたが、あれは恐らく誰かが眠り薬としてこれの芽を炒っていたのでしょう……話が逸れましたが、バルビルは他にもう一つ、樹皮が魔力を溜め込みやすいという性質があります」

 ちょうどこのネットの材料も同じバルビルです。と付け加えながら、指先で手の中のものをコツコツと叩く。


 「そして……本来バルビルはこの辺りには生息していません」

 一番大事なところ――そこで一拍置いたことからも、それの意味するところからも。

 「つまり、この樹人は本来ここには存在しないはずのものを抱えていた、と」

 頷きが返ってくる。

 その後解説が続く。

 「樹人は、魔力を溜め込んだ古い木々が周囲の魔物を取り込んで生まれると言われています。魔力を人間で言う筋肉や血液として使用することで動くようになると。ですが魔力を持っていない木でも、外から魔力を与えてやることで作り上げることが出来ます」


 つまりこういう事だ――ここの樹人は何者かによって造られた存在。


 「何者かがこんなものを生み出してまで、ここに人を近づけたくなかった……という事か」

 つまりこいつらはさしずめ警備ロボットと言ったところだ。

 戦闘能力自体は――今の戦いでも分かる通り――大したことはないが、それでも人を近づけないという意味では効果はあるだろう。


 だが何のために?

 何を隠している?


 「他に何か分からないか?」

 その問いに手の中のものから周囲の壁に目をやりながら、スイは首を振る――横に。

 「今のところ他には何も。兄もここには来たようですが、その後で追跡を振り切る手段を講じたようです。ここで途切れている」

 彼の行方も分からない――恐らく樹人の件より、その事の方が重要なのだろう。スイ区長は最後の部分を口にする際には意気消沈という状況をよく表していた。


 「そうか……」

 気の毒ではあるが、だからと言って何かしてやれる訳でもない。

 「まあ、とりあえずここに来たことは間違いないのだろう?」

 「ええ」

 「そしてここには何かが隠されている」

 「……ええ」

 その何かが彼の兄に繋がる可能性はゼロではない――そのことはきっと彼も分かっているだろう。なんとか気を取り直そうとしているのは声で分かった。

 ――あえて言わない。ここで消された可能性は。


 「なら、まだ希望はあるさ」

 そう言ってやるのは、ただの気休めに過ぎないかもしれない。

 だが、それでもまるっきり効果がなかった訳ではないようだ。


 「そうですね。……ありがとうございます」

 「とりあえず、森はここだけじゃない。他も少し探ってみよう」

 と、同時に自分の用件にも結び付けて行動再開。

 どうやらこの遺跡は奴らのぶつかった川に程近いようだ。私とぶつかった樹人が来た方向に目をやると、遠くでキラキラと水面が光っていた。


 「あっちに行ってみよう」

 「川……ですか?」

 敵の出てきた方向に進むという事で警戒を強めながら進むが、幸い何にも出会わずに例の川にぶち当たった。

 それから下流に向かって歩く。

 どうもここの辺りは映像の場所より上流にあったようだという事は、少し歩いてから気付かされた。


 「あれはここだったのか……」

 映像の場所を特定するために歩き回る。まるでロケ地を巡るファン。

 まあ、ある意味正解だ。私は奴の追っかけのようなことをやっているのだから。


 それから更に下る。謎の少女と出会ったあの場所から更に下流へ。

 川原――と呼んでいいのか分からないような砂地と、それに並走している細道。

 どちらもモンスターに襲われる危険があるが、今更それで足を止めることもできない。


 「周囲に気を付けてくれ。見ての通り、この辺もそれほど逃げ場がないからな」

 後方のスイにそう言ったが、半分ぐらいは自分に向けたものだった。

 危険を警戒しつつも足を止めることはできない。だが、そのすぐ後に私は足を止めた。例の足跡が川の横で光っていた。


 (つづく)

今日はここまで

次回は4/4(日)の午前0時頃の投稿を予定しております

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ