森の影を追って4
過去から現在へ。
辺りを見回すが、恐らく奴らが通った場所はここではない。
「どうしました?」
「いや、大丈夫――」
振り返りながらそう言って、そこで初めて彼が何をしているのかを知った。
「なんだそれ?」
杖の先端に取り付けられた青銅の輪飾り、その根元の辺りに鞄から取り出したのだろう部品を取り付けている。
鍔?鉤?同じく青銅製と思われるそれは、翼のように左右に張り出していて、杖の輪飾りの方に向けて前進翼型をとっている。
「これは魔術師相手の捜索用の道具です」
そう言いながら一対の青銅製の翼を慣れた手つきで杖に取り付けるスイ。
杖本体に締め金具のようなもので留められたそれがつくと、輪飾り以外は十文字槍のようにも見える。
そしてそれが正しく装着されたことを表すかのように、翼に幾筋もの光る線が、血管のように浮き上がっていた。
「魔術を用いると、そこには魔力がかなり長い時間痕跡として残ります。これはその魔力の痕跡を探し出すことのできる道具です」
そういって再び杖をまっすぐに立てる。
「成程、探し出すためにね」
その姿は妙に納得がいくものだった。
レーダーマスト――と言っても、スイには何のことか分からないだろうが。
「そんな便利なものがあるなら普段から使っていればいいものを」
「そうしたいのですが、これはあくまで探知用の魔術を恒常的に発生させるだけの道具で、使用している間は常に使用者の魔力を消費し続けます。今の僕では日常的に使い続けることはできません」
便利なだけではないという事か。
だがという事は、あまりここでも長居は出来ないという事だ。
「そういうことか。なら、あまりここでゆっくりしている訳にもいかないな」
魔物に囲まれたところで魔力切れではシャレにならない。
そのことはスイも分かっているようで、私のそれに黙ってうなずいた。
それを合図に再度足を動かす。
しかし同時に周囲への警戒も怠らない。
今しがた見ていた過去の映像でも、この辺りにモンスターが徘徊しているのは分かっている。
慎重に辺りを見回し、それから現在位置を確かめつつ足を進める。
向かうは例の遺跡の方向だ。
先程の映像から、内環の正体は空堀だろう。それなら目にすればすぐにわかる。
「……と」
その予想通り、正面に古ぼけた石壁が現れるまでにはそれからそんなに時間を要さなかった――その手前の切り立った崖もまた。
「よし、ここだな」
「この堀に降りてみましょう」
スイの方もその考えはあったようだ。こちらが動くより前にその言葉が背後から発せられた。
「周囲に、特に頭上に注意しろ。この通り左右には逃げられないからな」
降り立ってまず警戒するのはそこだ。
映像と同様、ここの左右もむき出しの石垣が私の頭ぐらいの高さまでの壁となって道を挟んでいる。
幸いこの辺りも映像と同じぐらいの幅はあるものの、それでも窮屈に感じるのは変わらない。
「ここ……一体何のために堀なんて設けたのでしょう?」
「さあな、祭祀場だったなんて話を聞いたことがあるが、どうだか」
フレイとかいう娘の受け売り。
自分でそう言いながら、すぐ横の石垣の上にそびえる壁を見上げると、やはりその説を疑わしく感じてしまう。
ボロボロの石壁。長い間ここに放置されていたため所々崩落し、元がどういう形だったのかは分からないが、その頂上に生えているは植物ではなく、恐らくは金属のスパイクだ。
祭祀場。つまり宗教施設。あえて大雑把に言えば寺や神社にあたるもの。そこにどうして忍び返しなど必要なのか。
その怪しげな施設を囲むように設けられているこの内環=空堀は、過去の映像とは異なるところで、映像と同様に行き止まりにあたった。
「どこかに……」
が、そうそういつも都合よく倒木が転がっている訳でもない。
「足場になりそうなものはありませんね……」
スイも同じように辺りを見回しているが、二人で見ても結果は同じだ。
――なら、仕方ない。
「ちょっと待て」
適当に一番石垣が低そうなところに見当をつけ、刀ごと刀帯を外す。
「メリルさん?」
スイは何をするのか分からないようだが、説明するより見せた方が早いだろう。幸いこの刀、刀身だけでなく外装もしっかりしている上に、鍔は刀身と一体成型だ。
一番低い石垣=建物側の、一か所崩れたそこの足元に鞘のこじりを立てかける。
「よ……っと」
そのまま鍔に片足をかけ、勢いをつけて上によじ登る――手の指に刀帯の端を絡めておくことも忘れない。
「おおおっ!!」
下でスイが歓声を上げる。
ひょいと刀帯を引き上げて再び腰へ。
恐らくしているだろうドヤ顔を努めて元に戻し、辺りを見回してから振り返る。背中をやられる危険はなさそうだ。
「さ、上がってこい」
そういって腕を伸ばすと、スイの細い指がそれを包み込んだ。
「行くぞっ!」
「うっ……よっと。ありがとうございます」
脱出完了。改めて周囲を見回す。
どうやら本来なら壁の内側の場所なのだろうということは、周囲にある崩壊したそれらでなんとなく分かった。
「建物があったようだな」
「ですね。これが遺跡――」
言いかけて、それから弾かれたように自分の杖を見上げるスイ。
耳を澄まさずとも、それが発している一定の間隔で金属を叩くような音は隣にいる私にも聞こえた。
「反応している!?この近くに兄がいたようです」
そう言うと興奮気味に歩き出す。
「待て待て慌てるな」
言いながら彼の後を追う。
それまで歩いてきた森の中とは異なり、ここは遺跡の中だ。転がっている床石やそれらを突き破って生えてきた木々に足を取られやすい。
「あ、すいませ――」
「ちぃっ!」
そして勿論、モンスターの存在も忘れていない。
かつてはもう一つ部屋があったのだろう奥の壁。その切れ目からつい先ほど映像で見た歩く木がのそのそと姿を現す。
「こっちも!」
スイを背後に隠すように前に出たところで、その背中から声。
一瞬振り返ると、どこから現れたのかもう一匹が、木のゾンビと言った方がよさそうな動きでこれまたのそのそと距離を詰めてくる。
「後ろは任せるぞ!」
言いながら返事も聞かずに抜刀し、正面の奴と正対する。
「さて、斬れるかな……」
言いながらしかし、胴体をターゲットから除外する。
多少それより細いとはいえ、木でできた――というか木そのものの――奴の胴体は人のそれとあまり変わらない太さだ。
それも所々草が生え、周囲の木と比べても違いはぱっと見では分からない――つまり生木だ。
人の胴体程の太さの生木。刀で一刀両断にするには少し厳しい。
なら、狙いは別だ。
だが、別だと言ってすぐに斬れる訳ではない。こいつだって的ではない。
「くっ!」
その証拠に突然大きく一歩踏み込んできたかと思うと、薙ぎ払うようにその腕枝をぶん回してくる。
体に対して妙に長いその腕を刀身で払うが、すぐに反対の腕が同じように動く。
体よりは細いとはいえ、それでもあれの直撃は木刀で殴られるようなものだろう。
「ちぃっ!!」
だが、黙って殴られてやる義理もない。
ダッキングして躱しつつ同時に人間で言う足首に切っ先を突き立てる。末端は体や腕より更に細い。刀身が乾いた音を立てて足の枝を断ち切る。
「はあっ!!」
木でも痛みがあるのか、のけ反った隙を見逃さずすれ違いざまに一息に切り上げると、たった今私を殴ろうとした奴の腕の、人間で言えば二の腕にあたる部分を寸断する。
更にダメ押し。背後に回り込むと同時にもう一本の腕も同様に切断。今度は唐竹割りに斬り捨てた。
両方の断面から黄緑色の胞子のようなものが勢いよく吹き出す。
それが何なのかは分からないが、どうやら致死量が流れ出たようだ。樹人は振り返ることもなく、糸が切れたマリオネットのようにぐたりと崩れ落ち、そのままうつ伏せになってただの倒木の仲間入りを果たした。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に
明日も同じ時間帯の投稿を予定しております




