森の影を追って2☆
食事を終えて、すぐに出発――とはならなかった。
「すいません、少しだけお時間いただけますか?すぐに済みますので」
フレイがそう言って頭を下げる。
「え?別にいいけど、どうしたの?」
「少し装備を整えますので」
そういって部屋に戻った姉妹は、最初に言った通りすぐに戻ってきた。
「お待たせいたしました」
部屋から戻った二人の姿に、俺は思わず言葉を失った。
それまで身を包んでいた旅装を脱ぎ、普段宿や町の中で着ている薄着の上に裾の長い羽織のようなものを纏っている。
その膝の裏辺りまである長い裾や、帯を使って腰の辺りで留めている姿はガウンのようでもあるが、ガウンとは異なり前をゆったりと開いていて、素材も反対側が透けて見えそうな程に薄い。
その薄い繊維は光を受けて不思議な光をほのかに発し、それぞれが持っている杖の輪飾りと同じ図案が、複雑な文字のようなものに混じって染め抜かれている。
先に部屋から出てきたのはセレネだった。
彼女の健康的な褐色の肌と銀色の髪に良く映えていたが、その後ろから現れ、こちらに声をかけたフレイが、俺の言葉を完全に奪っていた。
「あれ?おーいショーマ」
「……ショーマ?どうかなさいましたか?」
透き通るような白い肌と金色の髪、それらと羽織った装備が相まって全体的に光っているような錯覚を受ける。
――もし天女というものが存在するのなら、こういう姿なのかもしれない。
そんな感想が思わず喉まで上がってくる。
「あ、ああ……。良く似合っているよ」
ぎりぎりでそれを飲み込んで、当たり障りのない感想を述べる。
「えへへ、ありがと」
セレネはその言葉にも素直に喜びの声を聴かせてくれる。
姉の姿が様になっているのは間違いないが、彼女もまたどこかエキゾチックな魅力を放っていた。
「えっと、それは?」
この見たことのない二人のいで立ちに、頬が赤くなっていくのが自分でも分かって、努めて平静を装って質問する。まさか見た目だけのものではあるまい。
「これはスペルオーブといって、私たち魔術師の能力を引き出す装備です」
「能力を引き出す?」
やはりただの装飾という訳ではないようだ。
オウム返しに尋ね返した俺に、フレイは更に続ける。
「私たちが使用する魔術は、一度の詠唱で発揮できる魔力に限りがあります。このローブを纏う事で、一度の詠唱でより多くの魔力を放つことが出来ます。つまり、詠唱をより強力なものにできるという事です」
つまり魔術の威力を底上げできるという事だろう。
モンスター退治という依頼にはうってつけの装備だという訳だ。
「成程、便利ものがあるんだね」
「ですが、いい事ばかりでもありません。このローブは使用者の魔力を増強するのではなく、あくまで眠っている魔力を引き出して使うだけ。その分、使用者の精神力に負担を強いる形となります。これまではそのデメリットのため使うのは控えておりました」
「この模様で私たちの正体がばれちゃうかもしれなかったしね」
姉の説明に補足するセレネ。
杖と揃いのその模様を古巣である兄弟団の人間が見れば、恐らく彼女らの正体にピンとくるのだろう。
――そんな装備を解禁するという事は、既にそれらの心配がなくなったという事を意味する。
「つまり……それはあまり長い時間は使用できない?」
「そうなりますね。今回のように活動する範囲が限られている場合なら問題はないと思いますが」
最初に出たデメリットを確認する。
それへの対策は当然用意しなければならない。
――だが、それは決して難しいことではないだろう。少なくとも、あの決闘とその後俺たちが受けてきた依頼の実績がそう自信を持たせてくれる。
「大丈夫だよ。そんな時間はかけないし……それに――」
とはいえ少し恥ずかしい気もするが、言いかけてしまった以上は飲み込めない。
「魔術が使えなくなっても無事に帰れるようにするさ」
誰が?誰を?という部分をぼかしたのは、そんな恥ずかしさが故だった。
だがそれでも、二人には十分に伝わっているようだ。
「そうですね。それじゃ、私たちは準備できました」
「よし!なら出発だ」
今度こそ宿屋を出る。
向かうは町の東に広がる森林地帯。
古い遺跡が残るというそこに流れる川の水を組み上げて陶器の作成に使っているらしいが、最近その流域に現れるようになった強力なモンスターを退治してほしいというのが今回の依頼だ。
「本当にいるのかな……、アルラウネ」
森に向かう坂道を下りながら、セレネがそのターゲットの名を口にする。
アルラウネ。現れるようになったというそのモンスターは決して数こそ多くないものの、きわめて強力なモンスターだと言われている。
それがこの森にすみ着いている。報告では一匹とのことだが。
「いる……と考えていた方がよさそうだな」
森に足を踏み入れてすぐ、俺の口からは彼女の言葉に応えるようにそう漏れた。
いかにも何かいそうな森だ。鬱蒼とした木々が日の光を遮り、かつて誰かが切り拓いたのだろう道をも所々で横切っているそれらの根っこ。
何かが潜んでいると言われてもまったく不思議な感じがしない。
「……ッ!」
そしてその感覚は決して間違いではないという事は、外縁を回っている道を南に進み始めてすぐに悟った。
「ショーマ……」
「ああ……」
俺とフレイとセレネ。背中合わせにそれぞれの方向に目をやる。
音、気配――確かに近づいている。
何かが、それなりに大きい何かが草木をかき分け進んでくる音。
それが明確に意思を持ってこちらに向かっているという気配。
その二つが時間と比例して大きくなっていき、そして――。
「来たぞッ!」
剣を抜き、同時に叫んだ。
巨大な蜘蛛が一匹、目の前の木によじ登り俺の頭目掛けて飛び降りてくるのは、その叫びとほぼ同時だった。
「くそっ!」
デモンスパイダー――わざわざデモンとつけなくとも、その見た目の気持ち悪さは苦手な人からすれば悪魔以外の何物でもないだろう。俺とてその例外ではない。
カチカチカチッ!!何が鳴っているやらそんな音を立てながら、この八脚の肉食生物が落ちてくるのを認識すると同時に、体はそれを紙一重でかわして真っ二つにしていた。
同時にもう一つの気配を感じて背後に振り返ると、セレネが丁度杖を構えたところだった。
「雷よ、その光破邪の刃となり、我に迫りし敵を討て!」
その叫びと同時に杖の先端からスパークが走る。
一瞬の青い閃きと轟音。それが飛び込んだのはいつの間にか背後に現れた人の身長ほどある木だった。
目を離した一瞬のうちに生えてきた?勿論そんなことはない。
その証拠に、その根は人の足のように地面を踏みしめ、コケと葉の塊のような体はそれを貫いた電撃に大きくのけ反って、そのままひっくり返った。
そのままジタバタと、まさに枝と根としか言いようのない手足を痙攣させ、それが終わるのと同時に黒煙の噴き出る胴体をぱっくりと割り、その中から黄緑色の胞子のようなものが空気中に噴き出る。
樹人。この不思議な――そして排他的、攻撃的な――二足歩行植物の、それが死の証拠だった。
確かに、彼女の纏っているスペルローブは効果を発揮していた。
俺も魔術師ではないので詳しくは分からないが、一撃で樹人を黒焦げにするほどの雷の攻撃魔術はめったにお目にかからないだろう。
「ふぅ……」
ため息を一つ吐き杖を下ろすフレイ。今の樹人で敵の気配は消えた。
「よし、先に進もう」
剣を腰に収め、それから二人に告げて歩き出す。
アルラウネがいるかは分からないが、少なくとも安全な森ではないという事だけは確かだ。
(つづく)
投稿遅くなりまして申し訳ございません。
今日はここまで。
続きは明日に。




